第26話 ばかとあほ(美久里)

「馬鹿って言うなよ! 阿呆の方がマシだ!」

「どうしてですか? どっちも一緒でしょう?」

「違うって言ってんだろ!?」

「あ、あの〜……二人とも何してるの?」


 萌花との言い合いに、美久里が不安そうに入ってくる。

 美久里の様子に勢いをそがれた朔良は、険しい顔のまま萌花から顔を逸らした。

 萌花も気まづそうに目をしきりに動かしている。


「じ、実はね……些細なことで……その……朔良ちゃんに『馬鹿ですね』って柔らかい意味で言ったんですけど……でも……」

「馬鹿って言われたくないんだよなー。阿呆の方が何倍もいいよ」


 申し訳なさそうに顔を俯かせる萌花と、まだ怒りが抜けていないらしい朔良。

 そんな二人の様子を見て、美久里は不思議そうに首を傾げる。


「……馬鹿と阿呆って、同じじゃないの?」


 馬鹿と阿呆はどちらも、共に『愚かなこと』『愚かな人』を表す言葉だったはず。

 一体何が朔良をそこまで機嫌悪くさせるのだろうか。

 だが、美久里の言葉が不満だったようで、朔良は顔を逸らして視線も合わせずに言う。


「同じじゃねーよ。いいか? 阿呆にはないが馬鹿にはある言葉の意味ってのがあるんだよ」

「へー……そうなんだ……」


 それは初耳だ。

 純粋にそれは興味があった。

 阿呆にはなくて馬鹿にはある言葉の意味……どんなものが隠されているのだろう。


「それはな――度が過ぎていることや社会的常識に欠けている、って意味もあんだよ」

「……え、それ本当?」


 朔良は物知りらしい。

 美久里は心の底から感心した。

 つまり馬鹿という言葉にはそれがあり、阿呆という言葉にはそれがないようだ。


「それなのに萌花が馬鹿って言うからさー……」

「そ、それは……! 全然知らなくて――っていうか細すぎませんか!?」

「じゃあお前は馬鹿って言われたいか?」

「うぐっ……そ、それは……その……」


 まあ、この二人なら仲裁しなくてもそのうち仲直りするだろう。

 美久里は一つ賢くなった気がして、賑やかなその場を離れた。

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