3. 核の応酬

土星の衛星エンケラドゥスからガニメデに斥候兵として送り込まれていたバズルという少年が、ファボルとリムルの会話を立ち聞きした。バズルもまた最新の量子力学に深い関心を持つ物理学徒だった。彼はファボルの言っていることの重要性をたちまち理解し、真っ青になった。

バズルは土星共和国連邦政府の戦争技術省に子細を報告した。

土星共和国連邦は危機感を抱き、木星連合国より先に、その平行世界分岐装置を完成させるべく、ただちに開発に着手した。


「土星共和国連邦が何やらおかしな施設を作っている。」

「おかしな施設とは?」

「巨大な核シェルターのようなものだ。」

木星連合国参謀本部は偵察衛星で土星連邦の動きを察知してたちまち大問題になった。

「まさか土星め、核戦争を準備しているのか。無駄なことを。シェルターなど、数万ギガトンの劫火ごうかに焼かれれば、あっという間に虚無にかえる。」


Return To The Void。虚無に還れ。

戦時中の重苦しい空気の中で、21世紀に流行ったメタルバンドの曲がリバイバルしていた。


「いやしかし、あれはただの核シェルターではありませんね。」

「どういうことだ。」

「電磁場を内部に閉じ込めるためでしょうか。核融合炉に使われる、トーラス形の磁気絶縁装置に似ている。」

「それは、外界からの核攻撃を遮断するためだろ?」

「いや、それだけではなさそうです。詳しい調査が必要です。」


ファボルの父はジャーナリストで、政府が極秘に調査したその情報を掴んだ。

ファボルは父のパソコンをハックしてその機密情報を知り、愕然とした。

「大変だよ、父さん。土星が開発しようとしているものは、実はかくかくしかじか。」

「つまり、お前と同じことを考えついたやつが土星にいたというわけか。」

「違うよ。あり得ない。理論ってやつは、違うやつが独自に考えつけば、その人なりの理論になるはずだ。」

「しかし結論は同じになるはずだろ。科学的事実ならば。1+1=2のように、誰にも自明な。」

「そう、最終的にたどりつく事実は似たり寄ったりになるかもしれないが、切り口が違うんだよ。問題の捉え方というかなあ。

同じ山の頂上に登るにもいろんなルートがあるようなものさ。

あれはまったく僕が考えた理論と同じだ。ロジックの積み上げ方からなにから全部。」

「では、おまえの理論が、なんらかの理由で、土星に漏れた、ということか。」

「そうさ。」

ファボルの父は参謀本部に報告した。


「土星の連中が我々より先にその装置を完成させ、先制攻撃を仕掛けてきたら、我が木星連合国だけが人類史上から抹殺ターミネートされかねない。」

こうして、土星ではバズルを総監督として、木星ではファボルの設計に基づいて、大急ぎでPWBM (パラレル・ワールド・ブランチング・マシーン)が開発製造された。


木星と土星はどちらも焦っていた。どちらも相手が抜け駆けすると恐れていた。

1年後、両陣営はPWBMをほぼ同時に完成させた。

ファボルは全人類に向けてSNSで意見を発信した。

「PWBMは抑止力です。これで人類は永遠の平和を手に入れたのです。これ以上の戦いは無意味です。」

しかし、彼の言葉は無視された。

両者がほぼ同時に核ミサイルを相手に向けて発射した。

木星と土星。近いようで遠い。ミサイルが到達するまで数十分がかかる。ほとんど全人類がシェルターに避難した。



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