2. 平行世界

木星の衛星ガニメデに17才の聡明な少年が住んでいた。彼の名はファボル。ガニメデでは珍しくない名だ。

ファボルは理論物理学を学んでいたが、ある朝、人類が永遠に戦争から解放される方法を思いついた。

ファボルは双子の弟、リムルに相談した。

「いいかね、リムル。かつて、第2次世界大戦は原爆の使用とともに終わった。その威力はTNT火薬換算で22キロトンに過ぎなかったが、まもなく水爆が開発され、その破壊力は、100メガトンに達した。ところが今、木星連合国や土星共和国連邦が保有している核兵器の威力は1ギガトンを超えている。しかもその1ギガトンの核弾頭ミサイルを、両国合わせて数万発も保有しているんだ。

もし土星連邦が木星にそのミサイルをぶち込めば、木星を構成する主成分である水素は核融合反応を起こして第2の太陽になってしまう。同じように土星も、木星連合に仕返しされて、第3の太陽になってしまうだろう。いや、太陽と化すばかりでなく、そのまま爆発して超新星か、宇宙の塵になってしまうかもしれない。衝撃波が太陽系全体を襲って、今度こそ人類は滅亡だ。」

「そうだね、ファボル。僕もそうなるのが怖くて仕方ないよ。」

「でもね、僕は良いアイディアを思いついたんだ。その、巨大な破壊力を利用して、平行世界を分岐させるんだよ。」

「ファボル。平行世界は決して互いに認識できないから平行世界なんだ。ある世界から別の平行世界へ行き来したり、一つの世界が分岐して二つの平行世界になるってことは、すでに理論的に否定されているはずだぜ。」

リムルもまた、ファボルと同じくらいに物理学に精通していた。

「それは古典的なアインシュタイン物理学にとらわれているからさ。僕はひらめいたんだ。そして計算してみた。1立方メートルの空間にわずか1.5ギガトンのエネルギーを閉じ込めれば、我々の世界と瓜二つな平行世界へ、この世界を分岐させることができるんだ。」

「かりにその理論が正しいとして、どうやって1.5ギガトンのエネルギーを発生させるのさ。」

「だから核兵器によってさ。」

「核戦争によって世界を破壊させちゃもともこもないだろ。」

「そう思うか、リムル。」

リムルは、そこではっと気づいた。

「そうか。核戦争が起きた瞬間に、その核エネルギーを使って平行世界を分岐させて、そっちの世界に逃げれば良い。そう言いたいんだね。」

ファボルはにっこりうなずいた。

「土星から木星にミサイルが撃ち込まれたらみんなで核シェルターに避難する。木星が大爆発したらそのエネルギーでシェルターはすこしだけ過去の平行世界へワープする。少しだけ?まあ1年くらいでいいんじゃないか。

つまり、1年さかのぼって平行世界を分岐させる。こっちの世界は核戦争で滅亡するが、あっちの世界はまだ滅亡まで1年の猶予がある。1年後にミサイルを撃ち込むやつを殺してしまえば、人類滅亡は未然に防げるってわけさ。」

「それって1年前に時間旅行することとどうちがうんだ。」

「同じさ。時間旅行とはつまり平行世界を行き来することだ。同じ世界上では決して時間を進めたりさかのぼったりすることはできない。一つの世界は一つきり、変更は不可能だから。」

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