第20話 総力戦
俺は数十発はある
レーダーはその向こうの地面から、さらに数十発の短SAMが飛んでくることを俺に伝える。俺は迷いなくその方向に雷魔法を放つ。
そして、ミスリル鋼にも神の腕から加工した筋肉組織にもダメージを与えることのない爆煙の中、それを隠れ蓑にして地面に向け高度を落とす。
ルシフェル・ノワール越しに届く強烈な熱さの感覚に苦しみつつも、爆煙を抜けて着陸態勢を取る。数機の月光が機関砲でこちらに狙いを定めている。
着陸寸前に左腕の結界を展開すると、無駄撃ちをせず一斉それぞれに一番近いビルの裏に回っていく。
過去の対戦から対策を立てているようで、一筋縄ではいきそうにない。
どう攻めようかと考えた一瞬、アラームに思考が遮られる。始めはレーダー、次には視覚で、頭上に無数のミサイルがあることを確認する。
すぐにエリクシアクラフトを起動して低空飛行で後退するが、ミサイルは地上にぶつかることなく、進路を変えて迫ってくる。
ビルの間を縫う低空飛行のまま、角度をつけて方向転換し、ビルとビルの狭間に逃げ込む。躱せたと思ったが、ミサイルは少し高度を上げて方向転換をし、変わらず追尾してくる。
「何回も方向転換できるパターンか」
雷魔法を放つと、幾つかが誘爆して数が減る。
しかし、多くが爆発せずにルシフェル・ノワールを引き続き追尾する。
「対魔法結界?」
稲光が命中したミサイルは破壊できたが、その他は光の壁を作って魔法を除けているように見える。
今から避けても間に合わない。
ルシフェル・ノワールの左腕を前に出し、結界を張る。対衝撃姿勢で構えるも、ミサイルの結界と左腕の結界生成機が中和作用を起こしてミサイルが結界内に侵入してくる。
炸裂したミサイルの破片がルシフェルの筋肉に傷をつけ、炎が装甲を熱する。
猛烈な痛みと熱さが襲ってきて、俺は呻き声をあげる。実際に俺の肉体が痛めつけられるわけではないが、ルシフェルの神経とアンビリカルコネクタを通して俺の脳内に痛みや熱さが刻みつけられる。
数個のミサイルが爆発したあと、呼吸を整えて、なんとか意識を正常に近づける。その間にも敵のロックオンを感知したアラームが鳴り響く。
とっさに左腕の結界を張り直して、機関砲の弾丸を防ぐ。しかし、すでに包囲されているのか、すぐに結界を張っていない方向からの射撃がルシフェルに命中する。
ルシフェルの装甲も筋肉露出部も機関砲の破壊力で傷つくことはないが、その衝撃は痛みに換算されて俺の精神にダメージを与える。
「ぐあぁぁぁぁあ!」
崩れかけの俺の精神とリンクして、ルシフェルが地面に片膝をつく。
機関砲の一斉射撃は暫くして止む。そこでまたミサイルのアラームが響く。
「これ以上は、食らうわけにはいかない」
コンマ一秒毎にせわしくなるアラーム音の中、目を閉じて息を吐き、自分に出来ることを考える。
とっさにサーベルを天に向け、半球状の巨大な結界を発生させる。左腕の結界生成機に頼らなければ、俺の魔力を直接送り込むことで形や大きさを自由にコントロール出来る。
ミサイルの結界に中和され突破されたところで、炎魔法を全身から放つ。ミサイルが温度に反応して爆発するが、俺が放つ炎に掻き消され、爆煙も破片もルシフェルまで届かない。
「見たか!」
またアラーム音が鳴り始める。
「何回でもやってやる」
強気の言葉で自分を奮い立たせる。
しかし同時に、明らかに異世界と現代日本の技術を折衷したミサイルを、敵が持っていることに動揺する自分がいる。
恐らく、異世界の人間勢力と汎ユ連の繋がりが強まってきているのだろう。地球でも、異世界でも、科学魔法学折衷兵器の開発競争と果てしない殺し合いが始まる予感に絶望を覚える。
アラーム音の高まりと、自分の不安をかき消すように、大きく叫んで大結界を張る。
「うおおおおおおお」
大結界と魔法によってミサイル対策をすることで、連邦軍ももう決め手がないように見えた。誘導ミサイル攻撃を何度か迎撃したところで、敵からの攻撃が止んだ。
すでに節々が痛み、アンビリカルコネクタが肉に深く食い込む感触に、歯を食いしばって耐える。
乱れがちな呼吸を整えて、俺はサーベルを構える。ビルの向こうに数十機の月光が隠れて、俺を包囲している。
疲労度は高いが、今回の作戦が終われば、連邦軍の攻撃に身をひそめるしかなかった横濱パルチザンが攻勢に出られるようになるだろう。
戦局を大きく変える瞬間が、今このときなのかもしれない。
今この瞬間が、自由で平和な日本を取り戻すための鍵なのだと考えて、声を張り上げて敵の中に突っ込んでいく。
策が尽きたのだろう連邦軍は、それでも月光で退避しつつも包囲を崩さずに反撃してくる。
追いかけっこが面倒だが、ミサイル攻撃以降、脅威に感じるほどの反撃はない。
俺は全身に痛みを抱えながら、逃げ回る敵を切り裂いていく。熟練パイロットを一人殺すごとに、味方の被害が減っていくのだ。
ふと見れば視線の先に、味方のSA-04Bが慎重に敵を追い詰めていく様子がみられる。
――無理をしないでくれよ。
そう思いながら、俺は自分の目の前の敵に迫る。こいつらに罪があるわけではない。ただ、不幸にして敵同士で出会っただけだ。
それでも、俺は味方のパイロットを生かすため、日本人の自由を取り戻すために、敵のパイロットを殺していく。
ビルの陰で飛び出すタイミングをずらして1機目を串刺しする。その勢いで真っ直ぐ2機目、そこで反撃の機関砲を左腕の防御結界発生機で防ぎ、そのまま前進して1機。
敵は立て続けに仲間がやられていく中、俺にかすり傷だけでもつけようというのか、しつこく戦いを挑んでくる。
「死ぬのが怖くない人間なんて、面倒くせぇよ」
汎ユ連の戦い方では、熟練パイロットが大量に失われることが明らかなはずだ。しかし、殺しても殺しても、次に補充されてくるパイロットはかなりの腕を持っている。
これが物量の差なのか。
汎ユ連には地下資源を始め、多くの資源があるにも関わらず、それでは足りないくらいの人口がある。その人的資源の裾野の広さこそが、汎ユ連の本当の強さなのか。
考えている間にも、次々に敵が現れる。1機ずつ確実にコックピットを貫きながら、この犠牲を払って手に入れたいものが、日本周辺の制海権と、海底資源に過ぎないことを俺は知っている。
シーレーン確保も、海底資源の開発も、汎ユ連経済にとって大きな利益になることはわかる。しかしそれは、こんなにたくさんの命を払ってまで手に入れなくてはならないのか。
まして、他国の市民から独立と自由を奪ってまで。
無間地獄のようにひたすら現れる敵を殺し続けた末に、ようやく終わりが見えてくる。
〈戸塚方面、作戦終了。横浜駅に向かう〉
〈鎌倉方面作戦終了!横浜駅方面、待ってろよ〉
次々に入ってくる方面群別の作戦終了報告を聞きつつ、俺も捕捉している限り最後の1機のコックピットを破壊する。
〈中西、作戦終了だ。標準稼働時間をかなりオーバーしてるが、大丈夫か?〉
俺は久良岐の通信に返信しようとするが、息が切れてなかなかうまくいかない。
〈おい、中西?〉
「だ、大丈夫……。死んではいない」
そう言った記憶はあるが、その後で俺は気を失ったらしい。
◆◇◆◇◆
熱い風のような空気の流れを感じて目を覚ますと、何かが俺の顔に覆い被さっていた。
柔らかいもので塞がれていた唇が自由になると、俺は仲間の名前を呼ぶ。
「カーミラ」
身体を起こしたカーミラが優しい眼差しでこちらを見ている。
「作戦は完了したのか」
「やだ、一言目がそれ?」
「魔力の補充ありがとう」
「少しは自分の身体を思いやってよ。ボスがそんなんじゃ、安心して別行動も出来やしない。作戦は完遂したよ。荷卸しも、配備も、合同艦隊の退却も、全部予定通り」
「良かった……」
「じゃあ、若菜ちゃんと砂羽さんを待たせてるから、呼ぶね」
カーミラはそう言うと、部屋の扉を開いて二人を招き入れた。
「お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「ああ」
走るように入ってきた砂羽は、俺の右手を取る。
「気絶したって聞いて、心配したんだから」
砂羽の両眼からたくさんの涙がこぼれ落ちた。
砂羽の後ろからゆっくり入ってきた若菜は、タイミングを逃して少し淋しそうにこちらを見ている。
「若菜、砂羽、心配かけてすまない」
俺は身体を起こそうとするが、カーミラに制止される。
「今回は魔力だけじゃなくて魂魄も相当失ってるから、まだ動いちゃだめ」
「だけど、なんだか廊下が騒がしいぞ」
「ボスは気にしなくていいの」
「そうよ、お兄ちゃんはもう充分に戦ったじゃない」
「なら、私が様子を見てくるね」
若菜がそう言って部屋を出ようとする。
「その必要はない」
そう言った久良岐が、厳しい表情で部屋に入ってくる。
「まだ動けそうにないな」
「なんだよ、もったいぶるなよ」
「北海道の臨時政府が潰れかけている」
「なに!?」
俺は重たい身体を起こす。
「どういうことだ」
久良岐の様子からして、尋常ならぬことが起きているのがすぐにわかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます