横濱決戦!

第19話 対潜戦

 制空権の一時的確保は、比較的順調に進んでいた。


 トマホークミサイルなど艦対地ミサイルや、海上自衛隊のF-35Bによる長距離空対地ミサイル攻撃によって防空設備や滑走路をできる限り無力化してある。


 次には米海軍のFA-18と、俺のルシフェル・ノワールが敵の航空基地の完全な無力化を目的に深く敵防空圏内に入り込んでいく。


 いつか配置航空機がほぼ全滅したはずの百里基地や厚木基地の航空機はすでに補充されつつあったが、相手の出足は鈍い。前回、ルシフェル・ノワールの空戦能力を思い知ったからだろうか。


 いずれにせよ、滑走路に大穴を開けておけば、臨時補修を済ませるまで飛行機を出せない。

 情報のある限り、航空機や滑走路補修用の工事車両が入っている格納庫も空爆する。


 ミシェル・ブランは、こちらで見込んだ通り、出撃してこない。


 ミサイル攻撃で二日、航空機爆撃で三日を費やし、当面の制空権を確保することに成功した。


 そこで、横須賀軍港跡を使用した大規模な増援と補給が素早く実施される。


 俺は、汐汲坂ベースの後方支援部隊と日米合同艦隊の通信を時々確認しつつ、空から敵の動きを探る。


 制空権については、ルシフェル・ノワールの姿を見せておけば、おいそれと戦闘機を飛ばせない様子だ。

 まして、滑走路を慌てて修復してまで飛ばすメリットがあるかとなると、連邦軍も二の足を踏むだろう。


 ミシェル・ブランとの洋上対戦のあと、自衛隊の技術を取り込んで異世界で開発した新型レーダー機器がルシフェルに搭載されていた。


 今回の哨戒任務に非常に役立っており、敵の動きが手に取るようにわかるようになった。

 金属に反応するだけでなく、魔力やエリクシア交換反応なども察知出来るため、ミシェル・ブランが青森の三沢基地にいることもすぐにわかった。

 今の時点では、全く動きはない。


リマ、L、合同艦隊から支援を要請する、どうぞ」

「こちらL、通信良好、どうぞ」


 リマは、ルシフェルのアルファベット表記の頭文字をとった通信用の呼び名だ。


「敵潜水艦を探知したがロスト。至急対潜戦の支援を要請する、どうぞ」

「L、了解。通信終わる」


 やはり、ただで作戦を終了させてくれるつもりはないらしい。

 合同艦隊旗艦まやにいる間、室屋海士長から、海戦について色々教えて貰うことが出来た。


 現代の海戦で最も大きな鍵になるのは、空母でもイージス艦でもなく、潜水艦だと室屋海士長は断言していた。


 潜水艦から放たれた魚雷が船底に命中すれば、水上艦は致命的なダメージを負う。当然、今回の大規模補給・増援作戦の成否に関わる重大事だ。


 ルシフェルの方向を変え、徐々に加速して、三浦半島の山々を越え、海に出る。


 数分の後、青い海に展開する日米合同艦隊が見えてくる。すでに艦載のヘリコプターや、艦尾から集音器を曳航しながらの探査が始まっている。


「L、貴艦上空に到達。これより潜水し、目標の捜索に加わる」

「まや了解。通信終わる」


 減速しながら高度を落とし、ルシフェルを入水させる。異世界の錬金術師たちに事前に頼んでおいたソナーが起動する。


 音だけではなく、エリクシア交換反応も探知可能だ。人体では、少量のエリクシア交換反応が起きている。そのため、敵の乗員が発生させる極小のエリクシア交換反応を探知して潜水艦を見つけることができる。


 薄暗い海中で、太陽からの一筋の光だけが視界に揺れる。周囲の音やエリクシアの反応を視覚化したディスプレイが、俺の視野に映し出される。


 対潜戦に関する事前の取り決めで、俺の見たデータはカーミラの魔法通信を利用して、ヘリ空母の「ひゅうが」に設置した受像機に届けられる。それを見ながら、「ひゅうが」のソナー員が艦隊全艦に連絡してアスロックと呼ばれる対潜ミサイルを放つことになっている。


 俺は薄い光の翼を広げ、艦隊の周辺をぐるりと回るように進んで行く。エリクシアクラフトという飛行機関は、そのまま海中でも使えるのだ。


 薄暗さに目が慣れた頃、ソナーに僅かな変化が現れる。数百メートルの近くに音波での反応がひとつ、二千メートルほど離れた場所にエリクシア交換反応がひとつ。


 俺は息を飲み、「ひゅうが」にいるカーミラに念慮で声をかける。

〈これ、違うのか?〉

〈今、自衛隊の人も集中してるみたい〉

〈了解。つかず離れず追跡する〉

〈待って。動かないで欲しいみたい〉

〈おっと、了解した〉


 俺は移動をやめ、海中に留まる。視界の端、海面近くでは銀色に輝く小魚の群れが見える。ソナー員の邪魔にならないよう静かにしていると、海がうねる音が聞こえるような気がする。


 そこに「ポーン」と鐘を鳴らすような音が二回、僅かに響く。


 しばらくして、カーミラからの連絡が入る。

〈今、アスロックとかいうやつが飛び始めたよ〉

〈そうか〉

〈……向こうからも撃ってきたって〉

〈何?〉


 確かに、二十ほどの音源が近づいてくる。

〈俺が迎撃する。伝えておいてくれ〉

〈了解〉


 サーベルを召喚し、全力で魚雷と思われる音源に向かう。空を飛ぶときと比べると、速度が遅い。水の抵抗を感じながら、魚雷とのエンゲージポイントを探る。


 視認できるまで近づいた魚雷を、サーベルで一閃する。次、次と切り払う。

 魚雷は爆発せず、尖頭部は沈み、後部は軌道を変えて進み続ける。


 見える限りの魚雷を処理したつもりが、また違う方向からたくさんの音源が近づいている。距離の遠い相手から放たれたものだろう。


 急いで音源が辿るコースに回り込もうとする。タイミングからして、先ほどより俺の判断が遅れている。


「くそっ、行かせるか!」

 先回りまではできず、少し追いかける状況で魚雷を破壊していく。


 残り二本になったところで、どうしても追いつけないとわかる。


 魚雷と艦隊との距離が刻一刻と縮まっていくのを見ながら、必死に追いかける。


 ――どうすれば、落とせる?

 二年の異世界生活で身につけた色々な知識や技をおもいだしてみる。


 ――水魔法!

 とっさに水魔法の水弾を放ってみると、魚雷の片方に命中してプロペラを破損できた。魚雷はバランスを崩して沈んでいく。


 もうひとつも水弾で狙ってみるが、射線に味方艦隊が入ってしまい、手が出せない。


 魚雷は角度からして、ヘリ空母「ひゅうが」に向かっている。カーミラが乗っている艦だ。


〈カーミラ、逃げろ! 打ちもらした〉


「カーミラ……」

 突然、胸に穴でも開いたかのように、ひやりとした微風が俺の心を冷やす。

 二年間、苦楽を共にした仲間が危険にさらされているのに、俺には何もできない。


「カーミラ……、カーミラ、逃げるんだ。カーミラ!」


 そのとき、ひゅうがから何かが投下される。よく見ると、プロペラが付いており、大きな音をたてながら艦隊とは違う方向へ進んで行く。


 その音に反応したのか、魚雷の軌道が逸れていく。


「良かった。デコイか……」

〈ボス、必死すぎだよ……。室屋くんが対潜兵器のこと、いろいろ教えてくれてたでしょ?〉

「ああ、そうか……。そうだな」

 俺は自分で自分の視野の狭さに苦笑いをする。


〈ボス、こちらランスロット。敵スチールアーミーの大部隊が接近中〉

〈了解。急行する〉


 対潜戦で生じた僅かな隙を狙っていたのか、いずれにせよ、またも一刻を争う事態だ。


 急浮上し、水面を破る。

 高く上がった水柱を押さえ込むように、光の翼を大きく広げ、一気に加速する。


〈ボス、気をつけてね〉

 カーミラの声が届く。

〈補給艦隊のことは頼んだ〉

〈もちろん!〉


 数分で三浦半島の根本、横浜中心部に出る。そこにはビルの陰に待機する20機ほどのパルチザンのSAスチールアーミーを取り囲みつつある、連邦軍のSAが100機ほど見える。


 まずは、ルシフェルからの空爆だ。

 この戦いが終わり、大規模な補給を成功させれば、横濱パルチザンの戦力は大幅に拡張される。


 俺はサーベルに雷魔法を付与する。敵SAからこちらに向けて無数の短SAMが放たれ、こちらに向かってくる。


 勝つ。絶対に勝ってみせる。そう自分に言い聞かせる。


「うおおおおおおおりゃああああ!」



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