北海道臨時政府を救え

第21話 傷跡

 北海道臨時政府。

 親中国派の日本新政権が成立したのとほぼ同時に成立した、自由な日本を取り戻すための臨時政権だ。


 保守派やリベラル派の政治家や、官僚、自衛官、民間活動家たちが北の大地に集結して、日本の自由のために戦っている。


 アラスカ方面からの海上輸送コースが比較的安全なため、米国からの軍事援助も日常的に行われ、これまでは汎ユ連と互角に対峙してきた。


「白い頭つきのSAスチールアーミーが先陣を切り、月光型SAと戦車隊の大規模揚陸作戦を許してしまったようだ」


「白い頭つき……」

 地球で開発されたSAには頭部に見える機構はないため、ミシェル・ブランが出撃していたことがわかる。


「糞っ、太平洋上で大ダメージを与えたことで油断してた。こっちが混戦になっている間に出撃したのか」


「どうもそのようだ」

 久良岐は厳しい表情を崩さない。


 北海道臨時政府が新政府と互角にやり合ってきたから、横浜や沖縄のパルチザンが全力で潰されることがなかったのだ。


 もし北海道臨時政府がやられるようなことになれば、次は横浜、さらには沖縄とドミノ倒しで潰されていくことは容易に想像できる。


 俺は力の入らない身体を無理矢理起こして、ベッドから降りようとする。


「お兄ちゃん、だめ!」

 ベッド脇にいた砂羽が俺の肩を掴んでまた寝させようとする。堪えることができず、俺はベッドに押し付けられる。


「カーミラさんに聞いたよ。今は魔力が切れて、命を削ってあの化け物を動かしてるんでしょ。今は休まなきゃだめ」


「砂羽、劉海賢は元から命を費やしてミシェルを動かしてるんだ。あいつのことが心配じゃないのか」

「心配だけど……。でも、お兄ちゃんが危険な目に会う必要はない。海賢くんの説得なら私がする」

「あいつを止められるのは俺だけだ。海賢のことだから、血液の最後の一滴までミシェル・ブランに吸わせちまうだろう。俺が、それをなんとか食い止める」


 俺は砂羽の手を払うと、なんとか身体に力を込めて上体を起こす。足をベッドの脇に投げ出し、手すりを掴んで立ち上がる。


「お兄ちゃん!」


 砂羽の甲高い声が部屋に響く。


 若菜がさっと俺の二の腕を掴み、介助してくれる。

「ありがとう」


「あんた、こんなになってるお兄ちゃんをまた戦場に送り込もうっての?」


「翔吾さんが戦うというなら、私はそのサポートをします。翔吾さんは優秀なパイロットです。北海道臨時政府の仲間も、あなたの幼馴染みの劉海賢さんも、絶対に誰も見放したり出来ない人でしょうから」


「魔族に操られているだけよ! お兄ちゃんは、暴力で物事を解決するような人じゃなかった」


 若菜は俺の介助を久良岐に託すと、砂羽の目の前で仁王立ちになる。


 大きな音が響き、若菜の左頬が赤くなる。若菜は動揺もしない。

「翔吾さんは仲間を大切にする人です。異世界では、たまたま魔族の仲間になった。こっちの世界では、祖国日本の仲間を大切にしているだけ。さっきの発言、取り消してください」


 また大きな音がして、若菜の左頬が少し腫れ始める。

「あんたなんかに、お兄ちゃんの何がわかるの」


 更に大きな音がして、砂羽の左頬も紅く染まる。

「少なくとも私は、今の翔吾さんを、貴方よりは理解していると思います」


 ポロポロ涙を流しながら、砂羽はまた若菜のほおを打つ。若菜は無表情のまま、砂羽の頬を叩きかえす。

 何度か頬の打ち合いが続き、砂羽が泣き崩れた。

「お兄ちゃん、行かないで。もう遠くに行っちゃうのはやだよ」


「すぐ帰る。海賢もきっと連れてくる。もう二度とお前を一人にしない。……久良岐、外まで連れて行ってくれ」

「ああ」


 若菜が小走りに追いかけてきて、俺の身体を支えてくれる。

「すまない。頬の腫れは、後でカーミラに頼んで治癒魔法をかけて貰うといい」

「はい。ありがとうございます」

「砂羽も、意地を張らずに治して貰えよ」


 両側から支えられて歩くうちに、砂羽の泣き声が少しずつ遠くなる。


 カーミラが魔力を補充してくれたからか、次第に足と意思が噛み合ってくる。


 魔力は通常、意思の力から生成されている。魔力が空っぽの状態からある程度供給されると、意思の力が効率良く回復し始める。


 久良岐に教えられ、俺はSA整備用のガレージに着く。

 そこには、異世界でルシフェル・ノワールを整備してくれるはずのスタッフたちがいて、技術士官の指示のもと整備作業が行われていた。


 整備スタッフといっても、異世界で尊敬を集める魔術師や錬金術師の集団だ。


「ライラさん、久しぶり」

 小柄で、耳の上部が尖っている女性だ。ライラ技術士官は丸眼鏡をあげつつ、俺を軽く睨んだ。


「ボンジュール! こっぴどくやられたもんだね!!」

「申し訳ないです」

 両脇を支えられつつ、俺は可能な範囲で頭を下げる。

「相変わらず、変な言い訳をしないのが君の美点だね。相当な数の敵に新兵器を食らったんだよね。状況は教えて貰ったよ」


 ライラさんは数人のスタッフに出撃準備の指示を出すと、また俺の方を向いた。


「まぁ、魔帝陛下のご心配が的中したってことだね。私たちが派遣されたからいろいろなんとかなったよ。でもさ、ルーちゃんの記憶も確認したけど、相手の作戦は君をジワジワ削ることに特化してたよ。今のコンディションでミーシャと戦うなら、最悪、君の電池切れで死ぬ可能性もある。それでも、行くのかな?」


「はい。北海道臨時政府がやられるのも困るし、ミシェル・ブランのパイロットを見捨てる訳にもいかないんです」


「そういうとこ、変わらないね、君は。ルーちゃんのためには、もう少し要領よくやって欲しいけど……。まあ、幾つか対策も立てておいたよ」


 ライラさんは次々にルシフェル・ノワールの改良点を説明してくれる。俺が意識をなくしているうちに日本に来るなり、よくもそこまでと思うほどに多くの新技術を詰めこんでくれている。


「それにしてもさ、敵の防空圏を力技で突っ切るのは無駄な力を使いすぎるだろうね。ステルスだっけ? レーダーに引っ掛からないで翔吾クンを送れるヒコーキはないのかな」


「それなら、私が!」

 耳慣れた声に振り向くと、カーミラが右手を挙げてアピールしている。


「なるほど。吸血鬼ちゃんが運んであげるのか。悪くないね」


「ついでに、我々も同行しますよ」

 バアルとランスロットがカーミラの後について歩いてくる。


「待ってくれ。俺がいないあいだの守りはどうするんだ」


「中西。俺たちもそろそろ君たちへのおんぶに抱っこから卒業させてくれ。装備は充分過ぎるほど揃ったんだ。なんとか自分たちの力で守り抜くさ」


 久良岐はそう言うと、目に強い光りを宿して俺を見据えた。


「決まりだね。現地に着いてから召喚するなら、もう少しいじれそうだ」

 ライラさんが嬉しそうに目を輝かせる。


 久良岐と若菜は俺を外まで支えて連れ出すと、カーミラに預ける。

 外は既に日が落ち、被爆地域は深い闇に包まれていた。


「中西、いつも負担をかけてすまない。武運を祈る」

「翔吾さん、必ず生きて帰ってください」


「ああ。バアル、ランスロット、準備はいいか」


「「はい、ボス」」


「カーミラ、頼む」

「はいよっ」


 カーミラが黒い翼を広げ、後ろから俺を抱きかかえる。

 バアルはランスロットを抱え、羽根をひらく。


「行こう」

 俺の一言でカーミラとバアルが地面を離れ、見る間に速度と高度を上げていく。

 充分な加速をしたところで、少し高度を下げ、よりレーダーに引っかかりにくい低空での飛行を始める。


 敵の目視での警戒も避けたいので、東京湾を越え、房総半島も抜けたら海上を進む。


 暗い海の上から遠く離れた陸地の灯りを眺める。

 そこでは、多くの人々が中国社会党による支配の元で日々の生活を送っているのだろう。


 本当にそれでいいと思っているのか。それとも、核兵器で攻撃されるのを恐れて従っているのか。


 アジア太平洋戦争の敗戦によって長い平和を享受した日本人には、自由は命懸けで戦い、守り、奪われたなら取り返さないといけないという意識が足りていないのかもしれない。


 そんなことを感傷的になって考えているうちにも、カーミラとバアルは本州太平洋岸を飛び、北海道への距離を詰めていく。


 カーミラが力強く抱いていてくれるからか、生きるギリギリまで消耗していた体力が少しずつ回復していくのを感じる。


 北海道についたら、また、命懸けの戦闘になる。


 俺は目を閉じる。


 異世界で生死を共にした仲間がいてくれる心強さを噛み締めつつ、戦いへの覚悟を深めていく。

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