第17話 悪い思い出
「翔吾さんは、その、姉とはどういう……」
俺が純人族の都から逃げ出し、カーミラと共に魔帝国を目指す旅の途中、ラミィと出会ったのだった。
ラミィと母親がささやかに暮らす人里離れた小屋に匿ってもらい、カーミラは敢えて封印しておいた自分の力を解放しに出かけていた。
「仲間、かな。互いに純人族に酷い目にあわされてて、協力して逃げ出してきたんだ」
「そうなんですか。姉の命の恩人なんですね。ありがとうございます」
「どちらかといえば、俺が助けられることが、殆どだったけど」
「なあ、俺とカーミラが居なくなることで、君とお母さんに迷惑がかかるかもしれない。おそらく、数日後には追っ手がくるだろう。一緒に逃げないか」
「母は病弱な純人族なんです。吸血鬼の王だった父と恋をしたくらいですから、魔族を見下したり敵意を持ったりはしていないのですが、あの地の瘴気に当てられて病気が悪化したから、ここで暮らすようになったんです」
俺は当時、魔族の地に行ったことが一度もなかったため、瘴気と言われるものがなんなのか知らずにいた。
実際には、エネルギーをため込んだエリクシウムがプラズマ化したもので、大量に吸入し続けない限り人体に害はないのだ。
「そうか。瘴気か……」
確かに魔帝国には幾つか瘴気を発する鉱山がある。当時の俺は、それ以上何かを言える知識を持っていなかった。
すると、奥の部屋から咳き込みながら話し声が聞こえる。
「ラミィ、私のことは放っておいて、そのお方とお姉様と一緒に逃げなさい。純人族は、ハーフヴァンパイアのあなたに容赦しないから」
「ダメだよ。お母さんがひとりぼっちになっちゃう。もう一人では水くみも炊事もできないのに」
ラミィの言葉の重みを感じながら、この親子を守ってやれない自分に苛立ちを覚える。
結局、膨大な魔力を取り戻して帰ってきたカーミラと一緒に説得しても、聞き入れられなかった。
ラミィとその母を置いて、俺とカーミラは旅だった。もちろん、親子の平和を祈りながらだ。
しかし、俺とカーミラはやがて、大切なものは祈るだけでは守れないことを思い知る。
◆◇◆◇◆
乱立する魔王国の平定を達成し、帝都マラシャトの宮殿で祝いの宴が開かれていた。
俺は魔族同士の諍いを引き起こす元凶である純人族の諜報員を倒す役割を果たし、魔帝陛下の信頼を勝ち得ていた。
その俺に至急確認して欲しいことがあると、衛兵が一人、俺に状況を報せにきた。
地下の牢獄に案内され再会したのは、ラミィだった。宮殿の門番に、しつこく俺とカーミラに会わせて欲しいと訴えたことで、怪しまれて牢に入れられたらしい。
「済まない、彼女は本当にカーミラの妹で、俺の知り合いだ。牢から出してやれないか」
「一度ぶち込んでしまうと、なかなか手続きが面倒なんですが……」
衛兵はそう言いつつ、上目づかいで俺の顔色を窺っている。
「今度、日の丸亭に連れてってやるから、頼む」
日の丸亭とは、ランスロットのお姉さんが経営を始めた和食店で、紹介がないと入店できない人気店だ。
「お約束、お忘れにならないでくださいね」
衛兵は満足そうに頷くと、鍵を開けてラミィを出してくれた。
「翔吾さん!」
ラミィは俺の胸に顔をうずめて、力強く抱きついてきた。温かな胸の感触と共に、流れ落ちた涙の冷たさが俺の心を強く揺さぶる。
「お母さんが、お母さんが……」
「何があった」
「お母さんが、純人族の王に囚われて……」
ラミィが言うには、俺とカーミラを人類側連合に取り込むことができれば死罪を免れるだけでなく、一流の医療魔術師による持病治療も受けられるとのことだった。
「つまり、俺たちが純人族に付かないと、お母さんは殺されてしまうんだな」
ラミィは泣きながら頷く。
すぐにカーミラに相談をしにいこうとするが、ラミィが俺にしがみついて離れない。
「でも、ダメです。翔吾さんとお姉様を縛ってはいけないと、母が」
「だけど、それじゃあ」
「母も、私も、翔吾さんとお姉様が間違ったことをしている訳じゃないとわかっているんです。正義は、二人にあると」
「俺たちは正義なんて大袈裟なものに縛られてる訳じゃないよ。自分と、自分の大切なものを守りたいだけ……」
俺の話を聞いていたラミィの顔が近づいてきて、柔らかい唇が俺の唇に重ねられる。
「そんな優しいから、好きになってしまうじゃないですか!」
「いや、その、すまん……」
そばで目を反らしていた衛兵が、わざとらしく咳払いをする。
「なぁ、ラミィのことを、どこか控室みたいなところで休ませてやれないか」
「そ、それは別料金です。あと、人間に人質を取られてしまった件も秘密を守りますよ」
「わかった。日の丸亭には、カーミラを同道させるよ。ファンなんだろ」
「おお! わかりました。カーミラさんの本当の妹さんなら、私にも保護する責任があるので」
現金な奴だ。
それはいいとして、やはりカーミラを連れて魔帝陛下に相談すべきことだと思い、宴半ばに魔帝陛下に小さな紙切れを渡す。
その後、宴会場を早めに出た魔帝陛下に深夜まで相談し、俺たちが純人族の王都にいく許可が降りた。
俺とカーミラとラミィは夜明けと共に出発し、王都を目指す。長い旅路の中で俺とラミィは打ち解けあい、次第にカーミラ公認の仲になっていった。
王都に着き、差別の眼差しに囲まれながら形ばかりの歓迎会があった。特に、人間同士の派閥争いのどちらにつくか早速も迫られたときには、人間というものに辟易した。
到着して2週間が経つ頃には、俺とラミィの婚約話が持ち上がり、曲がりなりにも王臣として周囲に溶け込み始めてきた。
そして、ある夜、俺とカーミラはラミィの母親を助け出してルシフェル・ノワールを召喚し、魔帝国の帝都まで帰った。
ラミィは、自分の意思で王国に残った。
「必ず、正義の鉄槌をあなたたちに下す」
そう言いながら。
ラミィの母は、高度な魔法で延命されている状態で、生きることにずっと辛さ苦しさを感じていたらしい。俺とカーミラは、本人と話し合った末、延命治療をやめた。数日後にラミィの母は魔帝陛下から尊厳ある死のための秘術を賜り、手厚く葬られた。
◆◇◆◇◆
「どうしてお母様を殺した」
ミシェル・ブランが初めて俺と対峙したとき、パイロットのラミィはそう叫んだ。
「ラミィ、お母さんは生き残ることを望んでいなかった」
「望まないからって、家族がいる人間を殺していいものか!」
「奴らは、お母さんを人質にしておくために、死期が訪れているのを無理矢理生かしていたんだ。お母さんはとても苦しんでいた」
「魔界の瘴気にあてられて悪化して亡くなったものを、よくもいけしゃあしゃあと嘘をつく! お前らが暴挙に出なければ、お母様は……」
ミシェル・ブランは、他のどんな天肢よりも強かった。夜明けと共に現れて、街を焼き、村を踏み潰し、何千もの魔族を魔法で焼き払った。
すぐに俺が出動してミシェル・ブランに当たる。
「正義のない魔帝国の犬め!」
ラミィの叫びが互いの刃を通じて聞こえてくる。
「世の中にもし正義があるとしたら、身近な人を守りたい気持ちだけだ」
「私の母を殺しておいて、お前が言えたことか」
ミシェル・ブランの刃が振り上げられ、横向きに構えたルシフェルのサーベルに叩きつける。
「俺は君を守りたい」
「私はお前を裁き、死を与えたい」
「あんなに苦しがっていたお母さんを、それでも生かしたかったなら、もっと早く魔帝国にくれば良かったんだ。手遅れにならずに済んだかも知れないのに」
そして、俺は心の底から湧き上がってきた言葉をそのままぶつける。
「今度は君の番だ。魔力を暴走させながらそんな機体に乗っていたら、近々命の危険も出てくる。ラミィ、俺は君を失いたくない」
「私は命に代えてもお前を地獄にたたき落としたい」
ミシェル・ブランに大きな魔力の渦を感じる。雷魔法を付与したようだ。俺は慌てて、結界の魔法をサーベルに付与する。
ミシェルのサーベルが振り上げられ、全力の雷と共に振り下ろされる。
それを受け止める俺のサーベルにも結界が形成される。
結界にぶつかった雷が周囲に分散され、その威力で畑を焼き、森を燃やし、岩を砕く。
一通り雷の雨を周囲に降らせたミシェル・ブランの目が光を失う。
俺は急いでコックピットを開け、ミシェル・ブランのコックピット近くに飛び乗る。レバーを身体強化魔法の力も込めて無理矢理こじ開ける。
そこには、無数の細い触手に絡み尽くされたラミィだったヒトの形がある。おれはナイフを取り出して触手を切っていくが、ラミィの身体を覆い尽くすほどに浸食した触手をラミィから剥がすことができない。
やがて触手はラミィの身体だったものを持ち上げ、自らの肉の壁に吸収を始める。俺はラミィの右手をつかんだままだったが、やがて壁に飲み込まれてしまった。バランスを崩した俺はミシェルのコックピットから転げ落ちる。
地面で呻く俺を見下すように顔をさげていたミシェルの目が光る。
別の場所に召喚されたようだった。
「ラミィーーーーーー!」
俺が叫んだとき、ミシェル・ブランは跡形もなく消え去っていた。
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