第16話 白昼夢

 北海道の制空権が傾きつつあるという連絡を受け、久良岐と俺はミシェル・ブランと決戦できる方法について考えていた。


 北海道臨時政府は、早くから移転させていた航空自衛隊・海上自衛隊の航空部隊を擁して制空権を維持していた。

 特にF-22ラプターの部隊が強力で、ドッグファイトを制してきた。


 そのラプターがほとんどミシェル・ブランにやられ、F-15Jの部隊も消耗が激しいという。


「要点は、ミシェル・ブランを確実におびき寄せることだな」

 俺がそういうと、久良岐が大きく頷く。

「だが、相手にとっては、ある程度習熟するまではルシフェル・ノワールとぶつかるのを避けるのだろうな」


「その可能性はある。ルシフェルが現れるリスクがあっても、それをおして出撃すべきタイミングは……」

「次の補給作戦か」

「そうだな」


 俺たちは、米軍から伝書鳩を通じて渡されていた暗号文を解読した文書に目をやる。

 日米混成艦隊で横須賀港に効率良く荷揚げするための大規模作戦が計画されている。


 原子力空母ロナルド・レーガン、軽空母いずも、かがを中心に、護衛艦まや、ふゆづき、あさひ、アーレイ・バーク級駆逐艦2隻、ヘリ空母ひゅうが、輸送艦おおすみなどからなる艦隊らしい。


 連邦軍は、これだけの規模の補給作戦を、黙って見過ごしはしないだろう。一時的に制空権を奪うための航空部隊を迎撃し、艦隊そのものもできるだけ削りにくるはずだ。


「先日、三浦海岸での補給がうまくいったときのように、カーミラが軍事衛星からの監視を妨げる必要はあるな。できれば、俺自身も艦隊にいて、いつでもルシフェル・ノワールを召喚できるようにするといいんだが」


「かなりの距離があるが、敵に見つからずに艦隊に合流できるのか」

「カーミラに運ばせればいい」

「カーミラさんに?」


「三浦海岸のときは、あいつ自分で飛んでいったんだろ」

「ああ、多分。でも、中西まで運べるのか」

「ああ。あいつ、久良岐の前ではか弱い女を演じてるけど、すげぇ怪力なんだぞ」


「そ、そうなのか……」

 複雑な表情の久良岐を横目に、俺は前回の補給で増設された小型イージス・アショアから得られる情報を確認する。


 SAをほぼ壊滅させた浜川崎基地に、また新しく月光と思われる影が無数に並んでいるようにみえる。

 戦前の見立てから憂慮されていたらしいが、汎ユ連は技術的にやや劣っているとはいえ、豊富な人的、物質的資源を活用して数を揃えることを得意とする。


 こちらもある程度は数で勝負しないと、勝ち目はない。まして、ルシフェル・ノワールがミシェル・ブランを相手に忙殺されることになる。そうなると、相手と互角まではいかなくとも、数で押し切られ圧倒されない程度の戦力が最低限必要となるだろう。


 相手もそれをわかるだろうから、ミシェル・ブランをぶつけてくるに違いない。

 パイロットが劉海賢なら、なおさら、我が身の危険は度外視してやってくるだろう。


 ある程度考えをまとめた俺と久良岐は、どのタイミングで艦隊に向かうか考えつつ、その日の話し合いを終えた。



 ◆◇◆◇◆



 久々にカーミラに抱えられて夜空を飛ぶ。海上自衛官用の外套を借りてはいるが、初冬の洋上は酷く冷える。

 カーミラの胸が柔らかく温かいため、つい意識がそちらに向かいそうになるのを、理性で押しとどめる。


 夜の海には月明かり星明かりが静かに揺れるばかりで、あとは絶対的な闇が支配している。


 数時間後に見えてきたミッドウェー諸島の明かりが、闇の中に浮かんで見えた。その近くにある艦隊の明かり。米空母ロナルド・レーガンでは夜間離発着訓練の最中らしく、F-35Cがタッチアンドゴーをして再び飛び去っていく様子が見えた。


 カーミラは日米混成艦隊の旗艦となる護衛艦まやの後部甲板に着地する。

「カーミラ、ありがとう。お疲れさま」

「エロいこと考えてたでしょ?」

「な、そ、そんなことはないぞ」


 カーミラが俺を揶揄うが、真面目顔の海士長が駆け寄ってきて敬礼をしたため、二人して会釈をする。

「お疲れさまです。長旅ご苦労さまでした」


「ありがとうございます、というか、自衛隊さんと仕事をするのは初めてなんですが、俺らも敬礼とかしたほうがいいですか?」


「いえ、お二人は幹部待遇、要は士官待遇なので、海士、海曹に対してはフレンドリーに接していただいて結構です。幹部に対しても敬礼などは不要です。民兵だということは皆わかっているので、欠礼とは思われないかと」


 艦長室に向かう途中、室谷と名乗った海士長は、艦内の大雑把な配置を教えてくれた上で、イージス艦用のレーダーを動かすときは第1甲板に出ないよう教えてくれる。人体に影響があるかもしれないくらいの強い電磁波が発生するらしい。


 その後は、艦長室で艦隊司令の眞鍋海将と作戦の概要を確認しあい、また室谷海士長の案内で居住区に連れていかれた。


 六人分のベッドがある部屋を俺とカーミラのためだけに用意してくれており、特別待遇への感謝を室谷海士長に伝える。


「横浜を民兵の皆さんが必死で守っているお陰で、日本はかろうじて戦争を続けることができていると司令以下、全乗組員が理解しています。狭い艦内ですが、日本近海までは寛いで過ごして下さい」


 室谷海士長は戦争が始まったとき、間もなく三等海曹に昇進するための訓練を受けられる予定だったらしい。

 昇進に合わせて横浜在住だった恋人と結婚する計画だったが、それができなくなった。彼女の行き先どころか生死すらもわからない中、自分にできることをするだけだと割り切って自衛官としての任務に当たっているとのことだった。


「感じのいい若者だったね」

「ああ。自分だって重たいものを抱えているのに、民間人だからと俺たちに最大限の気遣いをしてくれている」

「あんな子も戦ってるんだね」

「ああ」


 俺は適当に選んだベッドに横になる。

 室谷海士長は日本の海上自衛隊の一員だ。しかし、敵対する連邦軍にも、室谷海士長と同じように善良で真面目な若者がいるのだろう。俺はきっと、そんな若者を敵だからと、容赦なく殺しているのだろう。


 悶々としつつも、身体はかなり疲労している。俺はあっという間に眠りに入ったようだ。



 ◆◇◆◇◆



「ボス、もうすぐ日の出だよ」

「おお、済まない」


 しまった。暗いうちに食事を貰っておくつもりだったのに、逃した。


「食堂の人が、おにぎり作ってくれたよ。私はもう行くから、トイレだけ済ませておいで」


 カーミラに言われるまま、トイレだけ済ませて艦橋に向かう。イージス艦3隻体制でレーダー監視する上、肉眼での監視もおこたれない。それくらい、ミシェル・ブランは明るい空に隠れやすい機体なのだ。


 艦橋の艦隊司令や艦長に断りをいれて、握り飯にかじりつく。塩味が強めで、疲れた身体によく馴染む。


 ミシェル・ブランは機体自体が白の多い塗装で、僅かに発光する上、ELクラフト機関も発光するため、夜の隠密行動は苦手だ。

 一方で明け方の空や太陽に紛れるのは得意とする機体なので、今はかなり危険な時間帯だ。


 目をこらして、水平線の向こうに意識を向けながら、俺はまたミシェル・ブランと戦うことになった奇縁にうんざりする。


 ミシェル・ブランは、正にルシフェル・ノワールに対抗して作られた天肢だ。空中戦能力や機動性を活かした作戦能力、太陽と共に突然現れる隠密性、どれもルシフェルの鏡映しといっていい類似性のある機体だ。


 ルシフェルとの主な違いは、搭乗者の攻撃性を増長する性質があること。そのために、精神に異常をきたしたパイロットがどれだけいたか。

 それが、なんらかの物質の投与によるものか、ミシェルが見せる幻覚によるものかはわからない。とにかく、パイロットたちは最後、悪夢にうなされるように異常行動を起こし使い捨てにされていた。


 ――ラミィも。

 カーミラの腹違いの妹で、ハーフヴァンパイアの少女。

 母をひとりぼっちにさせないため、人類側についた半分魔族の若い娘。


 今は感傷に浸っている場合じゃない。そう思い、俺は両手で自分の頬を叩く。

 しかし気づけば、悪夢に迷い込むように記憶の沼に溺れていた。

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