天肢、その孤独

第15話 正義の力

 アメリカ空母打撃群を襲ったのは、異世界のロボットなのか。

 生存者の通信から判断する限り、ほぼ間違いない。


 白い機体というので、異世界の人間の連合軍が、汎ユーラシア連邦軍に天肢てんしを貸し出したと考えられる。


 堕天肢と天肢は、実質的に同じ物を指す。人間の連合軍が天肢と呼ぶことから、その対抗として魔帝軍では堕天肢と呼ぶだけのことだ。


 しかし、魔帝国と定期的な連絡を取る中で、相手の天肢が減ったという報告はない。天肢や堕天肢は、異世界では最強の兵器としてほぼ前線に貼り付いており、人間の側に余剰はないものだと考えられていた。


 新しく増産したか、それとも汎ユ連と技術交換する中で、新しい兵器を代替に、巧妙にこちらへ回してきたのか。


「なんにしても、中西。これを機にルシフェル・ノワールの運用が変わることになる」

「そうだな。俺の主な役割は天肢を倒すことになるな。まずは契約者を突き止め、そいつの動きを逐一調べないといけなくなる」


 場合によってはバアルとカーミラを連れて、傀儡かいらい政権側の土地に深く潜入しないといけないかもしれない。


 そのときに気になるのが、週に一度は魔力を注入しないといけない対軍事衛星の結界のことや、ルシフェル・ノワールの留守をついた敵の大規模作戦だ。


ランスロットは大規模結界に注入するには魔力量が足りず、諜報戦に適した使い魔も持たない。


 扉がノックされる。

「亡命希望者です」

 久良岐が困ったような顔をして、すぐ頷いた。

「すぐ済ませる。どうぞ」

 扉が開き、護衛役の男の後ろにいたのは、泉砂羽だった。


「砂羽!」

「お兄ちゃん! 海賢君が……」

 続きを言いかけて、砂羽は口を閉じた。


「俺と久良岐と砂羽で三人にしてほしい」


 里中や護衛役のスタッフが部屋を出て行く。


「砂羽、海賢がどうしたんだ」

「海賢君が、命を削るような新兵器に乗るって。私に、さよならをしに来たの」

「何? 新兵器がどんなものか聞いたのか」

「兵器のこと自体は教えてくれなかった。でも、お兄ちゃんを止めるためだって」


 久良岐の視線を感じて、そちらを見る。

「そうなると、中西と同じ異世界の兵器なんじゃないか」

「どういうこと?」


「異世界のものと思われる兵器が、アメリカの空母打撃群を壊滅させた。真っ白な機体と飛行しながらの戦闘能力、そのあたりを考えると、恐らく異世界人類の連合軍が使用していたミシェル・ブランという天肢ではないかと思う」


「でも、海賢君はお兄ちゃんと違って魔法使えないんだよ」

「魔力に替えて生命そのものの提供で契約する場合もあるし、契約によって魔力が目覚めることもあるらしい」


「生命そのものを提供って……、海賢君が言ってたことと合ってる……」

「あいつなら、やりかねないな」

「海賢君を、助けて」


「……わかった。それにしても、お前、そのために亡命を?」

「お兄ちゃんにしか頼れなくて。海賢君には、子どものときからずっと助けてもらってたのに、私のせいで無茶するのを止めたい一心で……」


「そうか。わかった。久良岐、砂羽に仕事を割り振ってくれ。俺は少し、部屋で休んでもいいか」

「ああ。もちろんだ」



 ◆◇◆◇◆



「どうして?」

 ある程度の想像はしていたが、ここまではっきり嫌悪感を示すとは思っていなかった。俺が戻ったときに備えてコーヒーの入れ直しを準備していた若菜は、急に不機嫌になった。


 自室に戻り、砂羽の亡命の話をするなり、若菜は眉を吊り上げて怒り始めたのだ。


「海賢の命に関わることなんだ。若菜だって、海賢に格闘術や汎ユ連の制式自動小銃の扱いを習っただろ」


「でも、海賢さんは自分で選んで帰ったんですよ。今はもう敵じゃないですか」

「俺にとっては、幼い頃から何かと砂羽の面倒を見てくれた幼なじみでもあるんだ。なかなか割り切れないよ」


「そんな甘いことを言ってたら、海賢さんに殺されてしまいます。海賢さんは、砂羽さんを手に入れるためなら、なんでもする人ですよ」


「ああ、そうだな」

「きっと、砂羽さんを奪われたと感じるはずです。そんなことで憎まれて、肉親でもない、とっくに成人している妹に、どれだけ迷惑をかけられてるんですか」


 一人っ子で、核ミサイルで両親や故郷を一気に亡くした若菜に比べて、確かに砂羽には甘えが多分にある。しかし、その甘えこそが、家族だったり、同郷の幼馴染みだったりの本質で、決して悪いことでもないはずだ。


 ただ、それを話しても若菜にはわからないだろう。それよりも何が大事かを考えて、俺は若菜をそっと抱き寄せた。


「なんにしても、砂羽はあくまで妹であって、俺の恋人は君だってことを、周りの人は皆知っているし、俺もそう思ってる。俺の妹のために嫌な想いをさせてごめんな」


「卑怯者! こんなことされたら、いいよって言わざるをえないじゃないか」

「ホントにすまん。恋人は君だけなんだ」

「もう!」


 やっと笑顔が見られて、俺はホッとする。


「さて、また外に出て訓練をしようかな。海賢にやられないように」

「怪我や事故には気をつけてくださいね」

「ああ。可愛い恋人に心配掛けないようにするよ」



 ◆◇◆◇◆



 劉海賢は、航空部隊のスクランブル発進に合わせて翼を広げた。

 青森県の三沢航空基地に、J-20戦闘攻撃機のエンジン音が轟く。海賢は天肢ミシェル・ブランの翼で羽ばたき、地面を蹴る。見る間に地面が遠ざかり、津軽海峡と渡島半島が前方に見えてくる。


 敵はドッグファイトに定評のあるF-22戦闘攻撃機の編隊を組んでいる。

 味方のJ-20は早速、誘導ミサイルを放ち、散開する。F-22の編隊は、そのミサイルを躱しつつ、散開を始める。


 海賢は、そのうちの1機の後ろに回り込む。海賢が身体を前傾させるだけで、ミシェル・ブランのELクラフト機関が出力を増し、速度を上げる。


 急旋回するF-22に対して少しずつ距離を詰めていく。しかし、相手はフレアという、本来誘導ミサイルを惑わすための兵器を巧みに使い、ミシェル・ブランの視界を不明瞭にする。


 フレアが発する光と煙をサーベルで切りはらうと、敵本体のジェットエンジンの光が見える。思い切りサーベルを振り払うと、剣先がエンジンにあたり、敵機はそこから炎を吹き出す。


 次第に高度を落として行く相手を見切って、次のターゲットを探す。味方を追っている敵の意表を突いて前に回り込めそうだ。


 海賢は、一気にELクラフトを最大出力にする。


 目の前に迫ってきた敵のコックピットをサーベルで両断する。


 そして、また次の相手を探す。


 海賢は、1機ずつ敵の戦闘機を破壊しながら、ようやく反政府武装勢力が抑えていた北海道の制空権を奪えそうなことに狂喜する。


 これで、核ミサイルを使わなくて済む。味方が傷つかなくて済む。正義を歪めていた敵の力を、天肢の力が払ってくれる。


 逃げていこうとする相手に追いすがる。相手が旋回する前に剣先で相手のエンジンを切り裂く。

 黒煙を上げながら高度を落としていく相手に更に追いすがり、コックピットを両断する。


 これまでは、自分の部下を、味方を殺してきた異世界の力が、今は正義の名の下に自分が行使できる。それは海賢にとって命を削るのに値する大きな価値だった。


 アメリカの空母打撃群を壊滅させたとき、これによって北海道戦線が敵の優位に偏ることを防止したのだと、強いやりがいを感じた。


 正義の前に、アメリカ帝国主義の象徴である空母打撃群はあまりにも脆かった。

 海賢は、自分の正義を確信した。


 三沢航空基地が近づいてくる。あと少しで着陸できる。


 ELクラフトの出力を下げ、ゆっくり滑走路脇に着陸する。

 前かがみに膝を降り、コックピットの扉を開ける。

 ドクターやメディックの怒号が聞こえる。


 海賢は、自分に絡みついていた無数の管がドクターのメスによって切り裂かれるのを感じる。その度に飛び散る海賢とミシェル・ブランの血液。大量の血液がコックピットの床にたまっていく。


 どうにかストレッチャーに乗せられた海賢は、集中治療室に運び込まれる段取りになっている。その間も惜しんで、献血バッグがセットされ、輸血が始まる。


「なんて非道な兵器なんだ」

 ドクターが愚痴らしいものをこぼす。

「ドクター、俺は大丈夫です。あれは、正義の力です。俺はあれに乗れることを誇りに思います」

「お前さんみたいな真っ直ぐな男を喰わせて動く化け物なんて、正義の力なものか」


 海賢は、ドクターに向かって微笑む。この人は正義が力を持つことの大切さに気づいていない。


 最も、こんな危険な任務は自分だけで済ませたいとも思う。その点では、ドクターと自分は同じ意見だと、海賢は思うのだった。


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