第18話 悪夢の余韻
「ボス、大丈夫?」
「ラミィ!?」
振り返った俺は、思わずそう呟いていた。そんなはずはないのだ。
「……カーミラ」
「しっかりして! 今日はもう大丈夫そうだから、ゆっくり休ませてもらいなよ」
「いや、大丈夫だ」
「大丈夫な顔色じゃないでしょ」
そう言ったカーミラは俺の手を取る。
「ほら、寝室まで一緒にいってあげるから」
年の離れた姉に手をとられる子供のように、俺はカーミラに導かれて艦内を歩く。
寝室につき、俺をベッドに寝かせると毛布をかけてくれる。
「まずは、休んで」
カーミラの唇が俺の額に触れる。柔らかさや温かさがラミィにどことなく似ている。
「じゃあ、私は艦橋行ってくるね」
◆◇◆◇◆
俺は夢を見た。
ラミィの夢だ。彼女は軽やかに空を飛んでいる。
「翔吾さん、どこ」
俺は手を挙げて、ラミィを呼ぶ。
「ここだよ、ラミィ」
俺の声が聞こえなかったのか、ラミィは俺の頭上を通り過ぎていく。
「ラミィ、どこに行くんだ。俺はここだよ」
「翔吾さん? どこ? どこにいるの」
「ここだ、ラミィ」
「どこなの、翔吾さん」
ラミィは空中を旋回しつつ、俺を捜している。俺の姿が見えていないのかもしれない。
「ラミィ、ここだ。ラミィーーーー!」
その声が届いたのか、ラミィは嬉しそうにこちらに向けて飛んでくる。
「そうだ、ラミィ。俺はここだよ」
俺の手前で止まったラミィは、宙に浮いたまま、こちらを見ている。赤い瞳がまっすぐこちらに向けられている。
「翔吾さん、そこなんだね。やっと見つけた」
「そうだよ、ラミィ。会いたかった」
「私も。翔吾さん、愛してる」
そういっておれの目の前にラミィが降り立つ。
「……から、絶対許さない」
突然、無数の触手が現れ、ラミィの身体を覆っていく。そしてそれは、ラミィを全て飲み込んで、ミシェル・ブランに変わる。
「やっと復讐できる」
俺は飛び起きて、自分が護衛艦まやのベッドで寝ていることを思い出す。全身が嫌な汗で濡れ、非常に不快な感覚だ。
艦内にサイドパイプの音が響く。
<合戦準備、訓練ではない。合戦準備>
俺は立ち上がると、第一甲板を目指して走っていく。昨日のうちに、室谷海士長に何度も確認して最短距離のコースを教えて貰っていた。
第一甲板に通じる道を海士に開けてもらい、外に出る。ちょうどVSLからミサイルが打ち上げられ、空をめがけて飛んでいく。
目を閉じて、気配を探る。海風の中に隠れている、敵の存在を感じ取る。
来た、と思う間もなく、後方を航行していたアーレイバーク級駆逐艦の上に、何かが落ちてきた。轟音と共に、真っ二つに裂けた船体が水を吸うように、裂け目から沈み始める。
ミシェル・ブランは、こちらに反応して目を光らせる。
「畜生!」
俺は甲板の端から柵を越えて飛び出すと、ルシフェル・ノワールを召喚する。現れたルシフェルに翼を広げさせ、飛行を始める。
ミシェル・ブランはこちらに振り向きもせず、もう一隻のアーレイバーク級を狙って剣を振り上げていた。
俺は今回から配備されたミサイルポッドから、短距離ミサイルを発射する。自衛隊の短距離ミサイルを元に、異世界の技術者が開発したものだ。
気配を察した様子のミシェル・ブランは、アーレイバーク級への攻撃をやめて飛び上がる。それに対して方向転換をして迫るミサイルを、ミシェル・ブランは難なく切り払う。
ミサイルは爆発し、赤い液体がミシェル・ブランに大量に付着する。
俺はミシェル・ブランに向かって斬りかかる。そのまま、数合剣を合わせるが、海賢と思われる相手もかなりのやり手のようで、互いに隙を見せない展開となる。
「海賢、海賢なのか」
返事はない。そして、こちらに斬りかかってくる。
「海賢、そのままじゃ、お前、死ぬぞ」
相手から返答はない。
「海賢、命を食われているのがわからないのか。砂羽を悲しませるつもりか」
「お前が言えたことか!」
力強い一振りを剣で受け止めると、オリハルコン同士が強くぶつかったときに特有の青い光が発生する。
俺はとっさにルシフェルの体勢を変えて、ミシェル・ブランに蹴りを入れる。腰部に命中するも、ミシェル・ブランはすぐに体勢を整え、俺の隙をついて日米合同艦隊に向かって飛んでいく。
ミシェル・ブランが巻き起こした風が、波をまくしあげて白い壁を作り出す。
「やらせるもんか」
俺も急ぎ艦隊に向かう。
同時に、ミサイルポッドから再び短距離ミサイルを発射する。
ミシェル・ブランはとっさに振り向いて結界を展開する構えを見せるが、同時にほぼ透明な炎がミシェル・ブランを包み込む。
先に発射したミサイルに仕込んでいた赤い液体が、結界の魔力と反応して燃えているのだ。
それは煉獄の炎より熱いとされ、ミスリルでさえ数秒で溶解を始める温度だ。
海賢は炎を散らそうと思ったか、焼かれるミシェル・ブランを高速で飛ばす。
「違う! まだ艦隊を狙うのか」
俺もまた、必死に追いかける。
ミシェル・ブランのあちこちの装甲が融解し始めている。
「まさか……」
ミシェル・ブランは一気に高度を落とし、艦隊間近の海に飛び込む。同時に、大爆発が起こり、真っ白な爆煙が辺りを包み込む。
「水蒸気爆発か」
超高温の物体と水が触れあったときに起きる爆発は、かなりの威力を持っている。しかし、ミスリル合金装甲が完全に剥がれたわけではない海賢の命は大丈夫だろう。
問題は、艦隊だった。
ルシフェルで近づくと、護衛艦ふゆづきが横転して乗組員が避難を始めていた。俺はすぐに旗艦まやに連絡をして、乗組員の安全を確保してふゆづきの向きを変える方法について相談をする。
念のため、ソナーやレーダーを使ってミシェル・ブランへの警戒も怠らないよう伝える。
相手が俺に対してというより、艦隊への攻撃を優先したことを考えれば、この被害はマシなのかもしれない。しかし、既に死者がいることが分かっているのに、これで良かったとは決して思えなかった。
◆◇◆◇◆
護衛艦ふゆづきの復旧とアーレイバーク級駆逐艦乗組員の救助に数時間をかけ、ハワイへ戻るふゆづきに別れを告げて、艦隊は日本へ向けて出発した。
三浦半島が近づけば、今度は制空権の一時的確保のための戦いが控えている。
見たところでは、ミシェル・ブランがその作戦時に現れる確率は低そうだった。体表の約半分が炎に包まれ、装甲が溶けかかっていたからだ。
もしその予想が正しければ、制空権確保も、揚陸作戦も随分楽になるだろう。
しかし、どちらにしても作戦完了まで気を抜くことは許されない。
「ボスは、今でもラミィのことを気に掛けてくれてるんだね」
見張り役の交代時、カーミラが唐突にそう言う。
「どうしてそう思ったんだ」
「私を見て、ラミィって呼びかけたじゃん」
「ああ、寝ぼけていただけだよ」
「それでも嬉しいよ。妹のことを覚えていてくれたなんて」
「忘れる訳がないだろ」
俺は少し苛つきを覚える。ラミィのことを忘れるような男と思われていたのか。
「そうだよね。でも、もしボスがラミィに悪いと新しい恋を避けてるなら、それは違うと思うよ。生きているものは、生きているもの同士で幸せになればいい。だから、帰ったら若菜ちゃんに優しくしてあげて」
「わかった。わかってるよ。俺のこと餓鬼扱いして」
カーミラが朗らかに笑う。
「見た目が十七歳じゃ、子ども扱いもしたくなるよ!」
俺もつい笑ってしまい、頭をかく。
「まぁ、カーミラもスパイ衛星対策で疲れているようだな。ゆっくり休んでいてくれ」
寝室を出て、艦橋に向かう。艦長が待ちわびたかのように、話しかけてくる。
「硫黄島が見えます。日本の国土です」
汎ユ連の攻撃から、自衛隊と米軍で守り抜いたのが硫黄島だった。ここで相手レーダーを狂わせるためのジャミングを行いつつ、戦闘攻撃機用の滑走路を整備し、来るべき反撃のときを待っている。
逆に言えば、この先は汎ユ連に支配されている領域内ということだ。いよいよ、大規模揚陸作戦が始まる。
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