第13話 弱い者が弱い者を叩く

 SAスチール・アーミー補給作戦から三日、久良岐は忙しい日々を送っていた。

 汐汲坂しおくみざかベースに置けるのは、鹵獲ろかくした月光も含め5機、残り28機は本牧ほんもくのベースに置くことになる。こちらも、高台の下に作った地下基地である。


 その作業を、青葉若菜も手伝っているが、顔色が悪い。最近、中西との仲が進展したような噂は聞いていたので、おそらく心配して夜も寝られていないのだろう。


 バアルやカーミラによると、中西はルシフェル・ノワールを召喚解除し、空爆をビルの地下でやり過ごしたあと、劉海賢に身柄確保され、今は浜川崎基地にいるらしい。


 いざとなればどうにでも逃げられると、中西の部下ふたりはろくに心配もしていない様子だが、若菜にとっては胸がいたむところだろう。


 久良岐にとっても、大丈夫だと言われても気にかかるのであり、帰って来るまではSA補給作戦の祝勝会も開くことはできないのである。



 ◆◇◆◇◆


 留置所の鉄扉てっぴが開けられ、甲高い足音が近づいてくる。

 四肢を鉄球に結びつけられた俺は、顔だけを足音の主に向ける。


「おや、まだ死んでいませんでしたか。まぁ、ゴキブリがしぶといのは古来からの常識ですからね」


 数人の取り巻き達がクスクス笑っている。


 俺を見下ろす数人の中央にいるのは、日本特別自治区最高全権顧問の朱陸だ。日本人の中から任命される行政長官よりも遙かに大きな権力を与えられている。中国社会党の日本におけるトップ、そして、日本駐留連邦軍の総司令でもある男だ。


「俺たちが二人の捕虜にした人道的な待遇と、同じにしてくれていいんだぜ」

「あの待遇は、あなたの縁者だったからでしょう。中国社会党にコネがなくて残念でしたね。ゴ、キ、ブ、リ」


 朱陸が鍵を開けると、扉を開けて取り巻きふたりが入ってくる。その手には鞭が握られている。ひとりがさっそく鞭をあげ、俺の身体に強く叩きつける。


 灼けるような痛みと同時に、皮膚が裂けて血が流れ始める。もうひとりもまた、俺の身体を鞭で打つ。


「さて、鞭の痛みを思い出しましたか。では、聞いていきましょう。あなたたち武装勢力の真の目的はなんですか」

「日本の独立だ」


 また鞭が叩きつけられ、肉が裂ける痛みが走る。


「綺麗事はいらないんですよ。有利な条件で新政府に参加したいのではありませんか」

「馬鹿馬鹿しい。全く関係……」

 鞭がまた俺の皮膚を裂く。

 先ほどまでの痛みに加わる苦しみに、呻き声が漏れてしまう。


「おやおや強情なことで。個人的にはこういうの、嫌いではありませんが、あなたが苦しいだけですよ。だって、あなたがどう言おうと、それをマスコミに流すのは私たちなんですから。無駄な意地っ張りはやめましょう」


「そのニュース、面白くなりそうだな」

「ええ。あなたたちのシンパは、そろって幻滅することでしょう」

「ふ、くっ、ははははは……」


 鞭が振り下ろされ、返り血が朱陸にまで飛び散る。

「おまえたち、劉海賢が命懸けで得た情報を軽視してるな」


「何をですか。余裕あるふりしても無駄なんですよ」

「俺はあいつに聞かせてやった。虫のことだ」

「くだらない。ここの警備は虫一匹入り込めない」

「ふっ、魔帝国の魔法技術も軽視してる」


「意味のわからないことを。我々の技術がおとぎ話みたいなものに負けるものですか」


 立て続けに鞭が飛んでくる。全身を火で炙られるように熱い痛みが全身を包む。


「その調子でしばらく可愛がってやりなさい」


 朱陸が悔しそうに去っていく。取り巻きから残ったふたりが楽しそうに俺を鞭で叩く。なぜそんなに嬉々として他人を鞭で打てるのか、俺には正直よくわからない。


 異世界に連れて行かれ、奴隷として数ヶ月を過ごしたときも、少しだけ格上の奴隷が楽しそうに俺を鞭で打っていた。


 弱い奴ほど、より上の誰かに虐げられる奴ほど、より楽しげに俺を鞭で打った。


 魔族が力で人間を奴隷にする姿は見たことはあるが、誇り高い彼らは無意味に弱者を痛めつける趣味は持っていなかった。


 なぜ人間だけが、同じ人間を無闇に痛めつけて喜ぶのか。


 俺が考えごとをしているうちに、やがて鞭を打つ手に力がこもらなくなる。

「どうした? もっと打ってもいいんだぞ」


「けっ、お前みたいな変態には、やり甲斐がねえんだよ。ゴキブリ野郎」

「そうか。日本語が分かるのはあんたの方だけか」

「なぜそんなことを聞く」


「俺はこのあと脱獄するつもりだ。軍用端末が与えられてるなら、それでしっかり施錠した証拠を残して、ふたりですぐにさっきの最高全権顧問さんに報告するんだ」

「何を言ってる。気でも狂ったのか」


「お前らじゃ、逆の立場は堪えられないだろ。弱い奴を無益に痛めつけるのは好みじゃない。大人しく言うとおりにするんだ」


 すると、男はもうひとりに北京語で指示をして、その男は慌てて出て行く。


 俺は大きなため息をつく。

「警告はしたからな」

「生意気が!」

 鞭が振り下ろされるが、それは誰もいない床を叩く。


 鉄球から抜け出した俺は、男の背後から首を固め、気を失わせる。


 そしてまた、瞬間移動の魔法を使い、一度塀の外へ出て、回復魔法を自分にかける。ルシフェル・ノワールを長時間使役するよりは、痛みも消耗もなんてことはない。


 今いる場所から確認できる月光の数は二十機程度。かなりが出払っているようなので、横浜が心配になる。


 敵はおそらく、俺のいない横濱パルチザンを襲撃しているだろう。


 月光に向かって走りながら、ルシフェル・ノワールを召喚する。

 サーベルを取り出し、詠唱をしつつ数機を切り刻んでいく。


 そして雷魔法を発動して、残りの月光を破壊し尽くす。


 月光の処理を終えたら、留置所の壁を壊して、ほかに勾留されていた捕虜たちに一緒にくるよう呼びかける。

 呼びかけに応じたものは、ルシフェルの指を器用に使い、檻を破壊する。


 十人ほどの捕虜をルシフェルの左手に乗せ、横濱に向け飛び立つ。捕虜を抱えているため、速度を落として三分以上かけてみなとみらいに着陸して、待っていたメディカルスタッフに解放した捕虜を引き渡す。


 バアルから連絡があり、旧横浜駅方面の友軍が苦戦中だという。俺は跳び上がり、戦況を上から観察する。どうやら、戦況が互角なところに、海賢の直属小隊が駆けつけようとしているらしい。


 俺は落下の力も利用して一気に速度を増し、海賢の乗る指揮官機に突っ込む。しかし、ハーケンとケーブルを使い、器用にかわされてしまう。


 俺はそのままの勢いで、海賢の率いていた小隊の1機に突っ込み、コックピットを貫く。そこから制動を始めて体を入れ替え、さらに1機を貫く。


 そこに、全方位からミサイルが発射されたようだった。

 パイロットを既に殺している2機を振り捨て、左腕で結界を大きく展開する。


 周囲が爆煙で覆われる。こういうとき、自分の姿は隠れていて、敵の場所はバアルが教えてくれる。俺はバアルのナビゲーションを頼りに、海賢機の右腕機関砲を狙う。


 しかし、読まれていたようで、海賢機は猛スピードで後退しつつ、機関砲を撃ってくる。

 俺はそれを結界でかわし、距離を詰める。すると、海賢機は器用におれの頭上を飛び越え、体を返して俺の背後から機関砲を撃つ。


 2発がルシフェルの背中に命中し、俺は激痛に悶える。なんとか堪えて身体の向きを替えるが、そのときには、海賢は姿を消している。


〈ボス、戸塚方面で勝利した味方がそちらへ支援に向かっています〉

「了解。海賢はなんとか食い止める」


〈敵が退却しています〉

「海賢も、か」

〈どうやらそのようです〉


 俺は背中の傷の痛みに耐えながら、腕をあげた海賢の強さと脅威について考える。

「もう手加減は通用しないな……」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る