第12話 策謀

 劉海賢りゅうかいけん泉砂羽いずみさわが解放されてから、1週間が過ぎた。車でみなとみらいまで連れて行き、あとは特別自治政府のテリトリーまで歩いて帰らせたのだ。


 まだ取り調べ中だろうか。

 うちで見て聞いたことは全て話していることだろう。そうでもしないと、裏切りの汚名を着せられてしまう。


 こちらでは間もなく、大規模な作戦がスタートする。そのときには、まだ牢屋にいてくれた方が都合がいい。

 喧嘩別れをしたといっても、顔を合わせて戦うのは御免だ。


 傀儡かいらい政権の中心は東京だ。そこからほど近い横浜のパルチザンが掃討されていなかったのは、放射性物質による汚染が主因だ。


 汚染地域に無理をして攻め込まなくとも、という打算があったからこそ、生かされてきた面を否定できない。


 しかし、日本人パイロット養成施設襲撃、空爆と、こちらの完全勝利が続いている。連邦軍も本腰を入れてくるだろう。


 次は大規模な地上戦が行われる見込みが強い。うちのパイロット候補生の初陣もあるかもしれない。


 里中一平インストラクターによる訓練も佳境に入っている。


 ノックがあり、返事をすると、若菜がいたわるような笑顔でこちらを見ている。

「新しい資料です。入ってもいいですか」

「ああ」


 二人きりになるとキスをするのが当たり前になってきつつある。今度の作戦を終えたら、関係性をはっきりさせる必要もありそうだ。



 ◆◇◆◇◆



 留置所の狭い檻の中で、劉海賢は腕立て伏せや腹筋など、器具のいらないトレーニングで汗を流す。


 この檻を出たその日に、中西翔吾か里中一平と戦うことになるかもしれない。いや、むしろ、そのタイミング以外に外に出られるきっかけがないように思われる。


 独裁政治というものは、裏切りを極端に警戒する。権力の集中するたったひとつの椅子を取り合うゲームを生きているからだ。

 だから、どうしても海賢でないといけない戦いのときに、開放されるのだと予想する。


 鉄柵の扉が開く音がする。カツカツと革靴の音が近づいてくる。

 その音が自分の檻の前で止まったため、ベッドに足をかけて腕立て伏せをしていた海賢は顔を上げる。


「なかなかいい目つきじゃないか」


 海賢は立ち上がり、明らかに自分より上官であるその男に会釈をする。男は社会党幹部、かつ、高級将校であることを示す特別人民服を着こなしている。そして、背中にマントをひるがえす。


「劉海賢中尉。君が敵地で捕虜生活を送りながら生き延びたという男だね」

「はい」

「敵はSA-04Bよりも月光の操縦法を気にしていたと」

「はい」


「そこから導き出される、敵の次の作戦はなんだと思うかね」

「月光の奪取です、が、なかなか頭の切れる連中のようなので、そのような単純なことをするかどうか」


「ほお。それは興味深い発言だ。別室でゆっくり聞かせてくれ。私は日本特別自治区最高全権顧問の朱陸しゅりく・チュウリウだ」

 朱陸が鍵に手をかざすと、認証され解錠される。

「頼りにしているよ、劉海賢クン」



 ◆◇◆◇◆



 数週間ぶりに月光に搭乗した劉海賢は、夕陽を浴びて赤く染まったビルを遮蔽物に、敵の動きをサーチしていた。再び与えられた中隊の部下たちを絶対に死なせたくない。


 今回の作戦に関連して、虫と蝙蝠こうもりの存在に気をつけることを関係各署に通達してある。バアル、カーミラという化け物の使い魔対策のためだ。


 気をつけるといっても、目視で確認することしか出来ない。殺虫剤は効かず、通常小型昆虫の天敵とされるカマキリもトカゲも逆に殺されてしまう始末だ。夕闇に舞う蝙蝠を捕まえようにも手間ばかりかかる。それでも、存在を全く知らなかったときよりは、いくらかマシだろうといった程度か。


 今回、空輸で新しく補給された月光12機を厚木基地の隅に並べている。その一連の活動を虫が聞いていたのも確認済みだ。


 奴らはきっと、月光を欲しがっている。だから、この罠にかかってくれる可能性はある。


 夜の闇が少しずつ広がり、その深さを増す。特に警戒すべき時間に入りつつある。中西翔吾は、特に夜戦が得意だ。あのルシフェル・ノワールという兵器自体が、夜戦向きの機体と思われる。


 突然、近距離会敵アラームが鳴る。続いて、ダメージアラーム。落下していく感覚があり、すぐに地面に叩きつけられたとわかる。


「両脚がやられた!?」


 なんとか敵の姿を捉えようとするが、脚がない状態ではそんなことすらままならない。


 とにかく、部下たちに報せなければ。


 そう思い、警戒するよう伝えようとするが、通信状態が異常なほど悪い。


「何が起きている!?」


 海賢は怒りからモニターを叩く。また自分は何も出来ずに、部下を殺されてしまうのか。


 それを思うと、悔しさが込み上げてきて、海賢は喉が枯れるほどに叫んだ。



 ◆◇◆◇◆



 神様とやら、ありがとよ。

 初手で海賢の裏をかけたことを神とやらに感謝する。俺は多数の日本人同様に、宗教に定見がない。とにかく、成功確率の低い難事に挑む前後だけは、よくわからない神に祈り、感謝を述べる。


 召喚と同時の居合抜きが成功したお陰で、海賢と戦わなくて済む。彼は、難敵であると同時に、義妹である砂羽のフィアンセなのだ。


 ルシフェル・ノワールを夜陰に紛れさせる。まずは中隊長直属小隊のパイロットたちを静かに、着実に殺す。そして、次は小隊毎に、考える隙を与えず、死の恐怖すら感じるまもなく処理していく。


 内側の包囲網を倒しきったところで、厚木基地の月光に目をやる。予想外の展開になってなお、だれも乗って戦おうとしない所を見れば、ロックがかかっている可能性がある。ならば、リスクを管理するため、今のうちに全部を壊しておきたい。


 少し長い詠唱をすることで、大規模魔法に相応しいエネルギーがサーベルに付与される。


 それを12機の月光にぶつけると、次々に誘爆して全てを壊すことができた。その音に気づいた外側の包囲網を作っていた連中が、少しずつこちらに近づいてくる気配を感じる。


 バアルとカーミラが逐次敵の位置を通信魔法で報せてくれている。常に相手の裏をつき、反撃の間を与えない。淡々と戦闘は続き、ほぼ片付いたと感じて、足を止める。


 今日だけで70機ほどの機体と、そのパイロットを殺している。すでにこれまでの戦闘の効果は現れてきて、外の包囲網の連中には明らかな新兵が数人混ざっていた。


 数機が撤退したと思われ、近隣から敵機は消えた。しかし、ひとつだけ独特の気配がかなりの速度で近づいてくる。


 頭上に不思議な圧を感じて確認すると、脚のない月光が機関砲を放つ。


 急いで後退するが、左足にダメージを受けてしまう。俺の左足にも痛みが走る。


 動かないほどではないが、繊細な動きは難しい。


 敵の存在感は一度離れていったが、また近づいてくる。


 海賢だ。足がなくなり軽くなったことを利点にし、ハーケンとケーブルだけで移動しているようだ。


「化け物が」


 もう撤収すべきか。異常な執念を見せる海賢に付き合っていては、こちらが大怪我をする確率も高そうだ。


「ボス、空爆です!」


 しまった。ここが放射性物質汚染区域ではないので、空爆はないと決めてかかっていた。厚木基地から数十メートルは立ち入り禁止区域になっていたようだが、住民らしき姿は見えており、そこを空爆するはずはないと思っていた。


 周囲に爆煙が上がり、それが立て続けに来る。


「市民も巻き添えか、糞政府め」



 ◆◇◆◇◆



 夜陰に沈む三浦海岸。遠浅な砂浜にずらりと並んでいるのはSA-04B三十機と、整備用部品のコンテナが二十。


 久良岐はコンテナを運ぶトラックの座席から、補給艦「ましゅう」の資材揚陸作戦を見守っていた。


 沿岸でカーミラが乗艦し、軍事衛星とレーダーから姿を隠し続け、三浦海岸一体にも同じ結界を張っている。


 カーミラは合わせて中西翔吾の作戦も手伝っており消耗は激しいそうだが、もう少しでそれも終わる。


 待ち望んでいたSAの大増員だ。これで今後の作戦の幅が大きく変わる。


 このあと、SAはパイロットたちが操縦して本牧に用意した整備基地に入れる。そして、コンテナは十台のトラックで、手分けして運んでいく。


 これで、やっとまともに敵とやり合える。そう思うと、今までの戦いで失われた仲間たちの姿が思い出されて、涙が流れそうになる。


「いや、感傷の涙なんて、囮をやってくれている中西と会ってからだ」

 久良岐はそう自分に言い聞かせて、涙を拭く。


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