第11話 ふたり

 やりきれない気持ちを抱えたまま司令室に入るのが厭で、廊下の隅に立ち止まる。

 こちらの戦力をまともに把握せず数で押し切ろうとした相手司令官の責任もあるだろうが、実際に手を下したのはこちらだ。


 おそらく百近くの命を、つい先ほどこの手で地獄に叩き墜としただろう。だが、魔帝軍として、もっと沢山の人間を殺したこともある。


 あのとき……俺が魔帝軍の味方をしようと決めたあのとき、魔帝軍に正義があると感じていなかったわけではないが、主な動機は復讐だった。


 俺の妹をさらいに来て、代わりに俺を連れて行き、奴隷として虐待した男への、そして、その制度の中で弱者を踏みつけることを娯楽にしていた人間共への復讐を果たすために魔帝軍に協力することにしたのだ。


 そもそもの動機が憎しみからくる以上、今日のような地獄絵図を俺が描き続けるしかないのだろう。


「お兄ちゃん」

 振り向くと、砂羽が俺の頬を掌で力強く打った。

「逃げる相手を追いかけてまで殺すなんて、人間のすることじゃない!」


 多分、俺は酷い顔をしていただろう。醜悪な笑い声が自分の身体の中から聞こえた。


「だから、俺、魔帝の食客なんだって。向こうの世界で化け物の味方して人を殺す側だったんだよ。万をくだらない数の人間殺してきたんだよ。だからこそ、帰って来られたんだ。望んでたお兄ちゃんと違うならさっさと居るべき場所に帰れよ。連れてきて悪かった」


 砂羽が言葉を失う。

 俺は黙って背中を向け、司令室の扉をノックする。内側から開けられた扉の中に滑り込むように入る。


「中西、大丈夫か」

 久良岐が心配そうにこちらを見る。

「ああ。作戦は大成功だ。汎ユ連全体に影響するくらいの航空戦力の損耗のはずだ」

「お前、強くなったな」

「鈍くなったんだよ」


「砂羽さんのことも、劉海賢のことも、あいつらの好きなタイミングで逃がしてやっていいと関係各所に伝えてある。今は距離を取った方がいいかもしれんな」


「気を使わせて済まない。まぁ、どちらにしても俺は大丈夫だ。それより、今回の作戦成功を北海道とアメリカに伝えられそうか?」


「ああ。伝書鳩の数羽も飛ばせば問題なく伝わるだろう」

「そこからが本番だな」


 何年もかけて整備した主力戦闘機とそのパイロットを百近く失ったのだから、相手にとってかなりの痛手だろう。今回の空爆用に極東周辺の基地から集めた戦力だろうから、他から回して補充するにしても、他のパワーバランスを崩しかねない。


 汎ユ連は中央アジア方面、インド方面、東シベリア方面、そして極東と、規模は違えど四方面も戦線を抱えている。今回の戦果が、どれかの戦線を大きく動かすかもしれない。


「中西」

「なんだ。次の作戦か?」

「まぁ、そうだ。休め」

「こないだ休暇を貰ったばかりだ」


「いいから、休め」

 久良岐が真剣な表情でそういう。

「中西、次の作戦はもっと大規模な作戦になるだろう。今は休め」

 俺は思わず微笑んでしまう。


「済まない。じゃあ、今日は」

 久良岐の視線を感じながら扉を出て、自室に向かう。


 砂羽に叩かれた左頬が、すこし腫れたのか肌が固く感じられた。



 ◆◇◆◇◆



 自室に戻った俺は、いつものようにテーブルの上の書類に目を通す。対空爆戦がうまくいったときに検討されうる、米軍による大規模補給作戦が現実味を帯びてきている。


 原子力空母や原子力潜水艦を数隻展開し、三浦半島周辺の制空権・制海権を一時的に取り戻す。そして、SAを始めとした投下では補給できない物を一気に補給するという作戦だ。


 まだ実施に時間がかかると思われるが、それが実現すればテリトリーの防衛をSA部隊に任せて、俺は積極的に敵戦力の掃討に取りかかることもできそうだ。


もっとも、砂羽が望んで傀儡政権に肩入れしている今、俺の戦う動機は大半失われている。魔帝陛下が日本にもどる許可をくれたのは、祖国を救うために行けというものだった。

しかし実際には、俺は砂羽を守るために帰ってきたのだ。


 扉が開く音がしたので顔を向けると、若葉が笑顔でこちらを見ている。

「あっ、不意打ち失敗」


「ノックくらいしてくれよ」

「うわっ、つまんないおじさん要素出たー」

「失礼な奴だなぁ」

 俺が笑うと、若菜はニコニコしながら俺の隣に座り、身体を寄せてくる。


「お疲れさまでした。辛い戦いでしたね」

 意表を突かれた俺は言葉を失う。

「私も、この歳で何回か人殺ししてるので、ほんの少し、本当にちょっとだけですが、翔吾さんの気持ちがわかる気がします」


「パルチザンには、いつから?」


「両親が死んだことが信じられなくて、避難勧告を無視して自衛隊横須賀病院を手伝いながらずっと捜してたんです。あんな湖になるような爆発じゃ、一瞬で蒸発しちゃったんだろうって、今はわかりますけど。当時は遺体を見つけるまでは信じたくなくて。そのあとは、ドクさんと一緒にパルチザンに合流して、久良岐さんが母の従弟いとこだとわかって。お願いして活動に参加させて貰いました。両親の復讐をしたかったんです」


「そうなのか……」

「そうなんです。だから、翔吾さんの気持ちが少しだけわかるって、言ってもいいですよね?」

「ああ、そうだな。心配してくれてありがとう」


「良かった。中学も行かず、同年代の男の子と会う機会もなくて、翔吾さんのことは会ってすぐから結構意識していたんです。イケメンってほどでもないけど、そこそこの見た目だし、強いし、優しいし」


「そこそこの見た目な」

「ごめんなさい」

「いや、事実だから仕方ない」


 二人して乾いた笑い声をあげる。気まずいような、気楽なような。


取りあえず、若菜の復讐のためにも、ここで戦おうと思える。一度戦友となった久良岐への義理だってある。


 そこでカーミラから魔法で連絡が入る。劉海賢による最後のレクチャーが始まるということだった。


「海賢の最後の授業だと。若菜も行くか?」

「はい」


 いよいよ、あいつらが連邦に帰る日が近い。



 ◆◇◆◇◆



 ベースから出ると、SA-04Bと月光が模擬戦を行っているようだった。

 始めから見ていた候補生によると、互いにハーケンとケーブルを活用して裏の取り合いを続けており、まだ一度も模擬弾を使っていないらしい。


「ミサイルも使ってないのか?」

「はい。ダメージもないのにやたらミサイル撃っても当たらないですから、お二人とも」

「海賢と里中か」

「他のやつじゃ今頃、中で内臓吐いて死んでますよ」


 正に機体の能力を最大限に使いこなした戦い方であり、軽戦車並みの重さがあるスチールアーミーが飛行能力を持つかのようにビルからビルへ飛び移り、相手の隙をうかがっている。


 だからこそわかることだが、SA-04Bの方がわずかに操縦補助システムに優れているようだ。

 おそらくハーケンを使った立体機動が、ソフトウェアに組み込まれている。


「どっちが勝つと思いますか」

 若菜が興味深そうにこちらを見ている。

「海賢だな」


 パイロット候補生が驚きの声をあげる。

「どうしてそう思われるんですか」

「里中は機械に勝手に動かれて難儀してる。そろそろ、隙も生まれるだろう」

「はぁ……」


「来る!」

 里中が乗るSA-04Bがビルの壁面に足をつけるのを失敗する。

 そこに月光が機関砲とミサイルを同時に発射して突進する。


「外した?」

 パイロット候補生が驚いている。

「違う。退路を押さえているだけだ」

 海賢がその場から逃がさないために機関砲を敢えて外して撃っているのだ。


 勝負ありと思われた瞬間、里中が巻き取ろうとしているハーケンが月光の左肩に直撃し、月光は足がもつれて倒れる。


 SA-04Bは別のハーケンを打ち込んでおり、それを活用してミサイル着弾ぎりぎりで避けることに成功する。


 弾けた模擬ミサイルのペンキが、前向きに倒れている月光を覆う。


「里中、あいつ、わざと隙を作ったのか」

「ええ!? そんな、いくらなんでも」

 パイロット候補生が困惑する。

「長期戦を嫌って賭けに出たんだろう」

「えー、マジ凄ぇ」

「凄ぇな。本当に」


 その後行われた候補生同士の模擬戦では、いつになく気絶者が多発した。もちろん、海賢と里中の模擬戦に影響されてのことだ。


 この日のトレーニングの最後、海賢はパイロット候補生全員の前で、もうすぐ帰るつもりであることを発表した。

「戦場で会ったときは、お互い迷いなく殺し合おう」

 海賢らしい別れの挨拶だった。

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