第8話 異世界の白兵戦

 旧横須賀市役所前に車を置いた俺たちは、車を守るように外側を向き、小銃を持つ。

 俺とランスロットは、アジトで89式自動小銃の扱い方を習っている。その講師をしてくれた若菜もまた、89式を構える。

 バアルは急いで昆虫型の使い魔を展開し、カーミラは車のボンネットに軽く腰掛け、黒マントをはためかせている。


 警戒すべきは敵の思い切った攻撃だけで、後は時間さえかければ、バアルの使い魔が敵の探知と暗殺を実行してくれる。


 横須賀市の中心部は、JR横須賀駅と京浜急行横須賀中央駅の間にあるといっていい。係留中の日米軍艦を見られたヴェルニー公園、アメリカのベース、海上自衛隊の基地、ドブ板通り、官庁街、商業施設がここに集中しており、かつては観光客も多かった。


 非番の自衛官と見られる健康そうな若者や、制服を着て外出する新兵や、防衛大学校学生の姿も当たり前に見られ、賑わいのある街だった。


 今は放射性物質による汚染の影響でゴーストタウンと化しており、バアルの使い魔を殆ど全て使っても捜索に数時間かかりそうとのことだ。


 一箇所に注視せず、視野を広くして異変に備える。加えて、異世界で多くの経験を積んだ俺やランスロットたちにとっては、半径二百メートル程度の距離なら、人の気配を捉えることに難儀しない。

 そして、若菜もまた、幼い頃からの訓練でかなり広い視野に注意を払えている様子だった。


 やがて日が落ち、吹き抜ける風がひやりと感じられる時間になる。夏の暖かさ暑さにはまだまだ遠い、春の宵だ。


 俺たちは海賢と砂羽も一緒に、市役所内に陣を移動する。車は、敵が目印にしやすいようにそのまま置いておく。


 陣を移して二十分は経った頃か、バアルがようやく敵を捕捉する。


「敵はこちらに向かってきています。おそらく放射線対策と思われる特殊なスーツを着ているので、アサシン・フライの毒針は効かなさそうですな」


「そうか。白兵戦になるな。カーミラは遊撃戦をしてくれ。スナイパー対策をメインに頼む。バアルと若菜はこちらのスナイパーとして支援を頼む。ランスロットはおれと派手にやるぞ」


 仲間たちからの了解の返事を受け取る。早速、カーミラが黒い霧となり移動を始める。敵が狙撃手を用意していた場合に備えて、空から支援してもらう。


「翔吾さん、現代の白兵戦もできるんですか」

「ああ。向こうにも魔導銃というのがあるんだ。弾薬に魔法が仕込んであったり、弾道を変えられたり、なかなか厄介だった。俺が向こうにいった時点で、塹壕や遮蔽物を使った銃撃戦が一般的だったんだ」


「私、すっかり剣と魔法で戦うのかと」

「魔導銃も魔法で強化された代物だし、剣は使うぞ」


 そう言って、異世界の自宅から剣を召喚する。ソウルイーターの異名をつけられた魔剣だ。ランスロットもまた、ライフカッターと呼ばれている大柄の薙刀型の武器を召喚する。


「敵が構えましたな」

「了解。行くぞ、ランスロット!」


 俺たちが飛び出すと、若菜の短い悲鳴が聞こえる。その声を振り切って前進していると、敵の銃声が響く。瞬時に結界が作動し、銃弾を跳ね返す。


「そこか!」

 ビルに飛び込んだ俺を、恐怖の眼差しで見る敵がいる。魔剣で一閃すると、真っ二つになった小銃と、敵の首が転がり落ちる。


 他にいた二人も、ランスロットに幾つかの肉塊に変えられている。


「ボス、向こうにもいるみたいですよ」

「行こう」


 ビルを飛び出ると、無数の弾丸が飛んでくる。その全てを結界で弾きながら、真っ直ぐ敵のいるビルに向かう。


 重い物が落ちてくる音に少しだけ目をやると、カーミラに血を吸い取られたのだろう青ざめた死体が、屋上から投げ捨てられたようだった。


「化け物、来るなぁぁぁ……」


 北京語での叫び声がやむ前に、ビルに飛び込んだ俺が敵を縦に真っ二つにする。その返す刀で二人斬りつけると、残った一人が腰を抜かしたのか、床にへたり込んでいた。


 ランスロットがへたり込んだ男のクビに薙刀の刃を向ける。


「コロサナイデ、オネガイ」

「仲間は、何人いた?」

「ハ、ハチニンネ」

「スナイパーは何人いた」

「ヒトリ」


「嘘だな」

「ウソチガウヨ! コロサナイデ! ナンデモハナス。ミナトヲツブシニキタ。バクダンアッチノホウ。ゼンブハナシテル、コロサナイデ……」


 異臭がすると思ったら、特殊スーツを通り越して失禁した臭いが漂っているようだ。


「バアルの探知数とも一致してるか」

「じゃあ、戻りましょう」

 ランスロットはそう言うと、薙刀を引くついでに敵の首を落とす。


 怯えて興奮状態の捕虜など、役に立たない。そのくせ、悪巧みは働いて、逃げたり不意打ちを狙ったりする。殺しておくのが一番いい。


 自分たちの陣地である市庁舎に戻ろうとすると、まさにその市庁舎で銃撃戦が行われていた。


 道を挟んで向かい合うビルに敵がいるらしい。


 俺とランスロットで片づけようと近づく途中、黒い霧が俺たちを追い越していく。


「カーミラに任せるか」

「ですね」


 俺とランスロットは立ち止まり、カーミラがことを終えるのを待つ。じきに敵の銃声が聞こえなくなり、俺たちはまた歩き出す。


 途中、カーミラとも合流して市庁舎に向かう。乗ってきたバンには一つだけ銃創があったが、運転には支障がなさそうだ。


「翔吾さん、大変です」

 慌てた声に目をやると、若菜が青い顔で外まで出てくる。

「海賢さんが……」


 ――逃げたのか? 一瞬浮かんだ疑念はすぐに消える。海賢に流れ弾が当たってしまったようで、胸から血を流している。

 その隣では、砂羽が不安に満ちた表情で泣いている。


「若菜、落ち着け。助けられる。車から応急処置用の道具入れをとってきてくれ」


 傷はおそらく、右肺を貫いている。肺気胸の可能性もある。

「俺は大丈夫だ。見殺しにしてくれ」

「そんなこと、意地でもしないさ」


「翔吾さん、持って来ました」

「俺の手に消毒液をかけてくれ」

 消毒液で手を洗い、先ほどの戦闘でこびりついていた返り血を流す。


 続いてメスにも消毒液をかけ、清潔なガーゼで拭く。銃創に思い切ってメスを入れ、傷口を広げる。


「あああああ!」

海賢の苦しそうな声が建物の中に響く。


「お兄ちゃん? 何をするつもりなの」

 砂羽の咎めるような声に、大丈夫だ、とだけ返す。

 広げた傷口からピンセットを入れ、感覚を研ぎ澄まして銃弾を探す。


「見つけた」

 ピンセットでつかみ、ゆっくりと取り出す。続いて肺の傷口を縫い、肺の外に流れた血を吸引器で吸い出す。程々で終え、胸の傷を縫う。


「ランスロット、頼む」

 ランスロットの右掌が光り、回復魔法がかけられる。みるみるうちに傷が塞がり、海賢の苦悶の表情が緩んでいく。


「海賢、大丈夫か」

「ああ。異物さえ取り出せば、今の魔法でなんとでもなるのか?」


「そうだ。こっちの人間が思っているよりも、向こうの文明はかなり発展している。こっちの科学的知識も国を挙げて吸収しつつあるし、折衷した技術もどんどん出てきている。魔帝国が元の日本政府を支援する限り、連邦軍の被害は甚大になるぞ」


「それで脅したつもりか。まあ、礼は言う。ありがとう。命拾いをした」


「さて、完全な闇の中を帰るのも危険が伴う。バアルが使えそうなホテルを見つけたと言っていたし、そこに泊まろう」



 ◆◇◆◇◆



 建物は、人間と一緒に生きている。人間の出入りがなくなるなり、目に見えて劣化していくものだ。


 しかし、元がかなり綺麗だったのだろう、バアルが見つけたかつてのビジネスホテルは、良い状態を保っていた。


 中でも状態のいい三部屋に別れて宿泊することにして、バアルに部屋割りを頼んだ。


「で、なんで俺とお前が一緒なんだ」

「バアルさんに聞いて下さい!」

 頬を紅くした若菜が、目を逸らしたままそう言う。


 他の部屋は、砂羽とカーミラ、ランスロット・バアル・海賢の、二人と三人の部屋割りだという。


「ベッドの数と、水魔法の関係でこうなったらしいですけど……」


 確かに、水魔法を使えないと飲み水もないし、風呂にも入れない。


「私は『まだ子ども』だから、大丈夫だっていうし」

「お、おう……」


 今夜は複雑な心境に陥って眠れそうにない……。

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