爆心地・横須賀

第7話 爆弾

 日本人パイロット養成施設襲撃から三日後、俺たちは汐汲坂しおくみざかのアジトに到着した。久良岐ほか古参メンバーは、里中一平始め新たに横濱パルチザンに参加するメンバーの受け入れ作業を始めた。


 襲撃作戦に参加していた俺たち異世界組と若菜は三日間の休暇を与えられ、手持ち無沙汰なまま、とりあえず俺の個室に集合した。


「ねぇ〜、どっか遊びに連れてってよぉ」

 いつになくリラックスしているカーミラは、マントを脱いでゴスロリファッション全開で椅子にだらしなく身体を預けている。


「遊びにったって、俺たちが自由に歩けるのは放射性物質の汚染地域だけだしなぁ」

 まるで、子どもをあやすみたいだ。


「ボスが海賢さんと砂羽さんの関係を心配してるんでしたら、二人も誘ってハイキングとかいかがですか」

 ランスロットがあくびを噛み殺しながら、健康的な提案をする。放射性物質汚染地域での話だが。


「そういえば、俺、二人を連れて行ってやりたいところがあった」

「お墓参り的なことですか」

「さすが、若菜は鋭いな。核ミサイルの爆心地、俺も行ってみたいし、二人にも見せてやりたい」


「あー、バクシンチって、破滅レベルの魔法をぶっ放すのと同じ目にあった場所ってこと?」

 カーミラは相変わらず崩れた姿勢を直す気がない。


「まぁ、そういうことになるか」

「私も、見たいです。元々は故郷ですから」

「じゃ、決まりだな」


 ついでにいくつかの作戦をこなすことを条件に、劉海賢と泉砂羽の二人も連れ出す許可を得て、俺たちは車で現地近くまで移動することにする。


 爆心地に直に向かうのは放射性物質の濃度の関係でやめろとドクに言われ、近くの山の上から見ることに決めた。


 七人もの大所帯になったため、バンを借りてかつて国道だった道路を走る。何気なく音楽配信サービスの電源を入れると、ロックバンドの曲が流れる。意外にもバアルがそれに食いつき、カーミラもランスロットも実に興味深そうに耳を傾けている。


「これはなかなか、興味深い音楽です。金属を掻きむしるみたいな不思議な音ですが、なぜだか心が躍る」


 魔帝国のインフラは、エリクシウムという仲介物質を活用した魔力で動いている。電気は雷魔法の上級者が実験半分でしか使っていない。だから、彼らは電気を使って音を出す楽器に目新しさを感じたようだ。


 音楽と話し声で賑やかになった車内で、海賢と砂羽は目を合わせず、お互い反対側の窓から外を眺めるばかりだ。


 やがて爆心地から数㎞離れた山の麓に車を置く。登山道が整備されている訳ではないので、獣道を見つけて辿るが、すぐに急な斜面に出くわす。


 若菜をランスロットが、砂羽をカーミラが補助して登る。海賢のそばにも念のため俺が付いたが、彼は最後まで自力で登りきった。


 再び獣道を見つけて歩いていくと、急に森が拓ける。木が折れ、腐っている。その向こうに爆心地があり、穿たれた地面に雨水がたまり、湖になっている。周囲には剥き出しの地面が延々と続き、かつては住宅街だった場所には何も残っていないのだ。


 若菜は自分の家があった辺りを見ているのか、鋭い眼光がひたすら一点に向けられている。

 劉海賢も砂羽も厳しい表情で核攻撃の結果を眺める。


 軍港の辺りを見ると、建物は無事で、護衛艦も幾つか残っている。除染する価値が低い旧型の護衛艦は放棄されたらしい。価値があると見込まれた艦は、命懸けのクルーたちの努力で太平洋を越え、今はハワイかサンディエゴで除染作業を受けているはずだ。


 日米で協力して運用したミサイル防衛システムは、懐疑論者の目論見を外れ、かなり機能していたらしい。


 アメリカの艦艇も含め、二十隻体制のイージス艦と、地上のイージス・アショア、PAC-3などの運用によって、無数の中長距離ミサイルの迎撃に成功していた。


 しかし、本来はミサイル防衛システムの一環を担うはずだった半島南部地域が、敵に寝返ったことが重荷となる。本来、味方のはずだった地域から放たれた核ミサイルを迎撃システムが補足しきれず、横須賀始め三浦半島全域が死の土地と化した。


 そのあとは、転げ落ちるように制海権喪失、イージス艦が展開できないことによるミサイルの脅威増大、敵の上陸作戦成功、革新系政党と追従者による赤化クーデターと、汎ユ連の思惑通りにことは進み、日本は降伏へと至る。


「ここが、終わりの始まりなんだな」

 俺がそう呟くと、砂羽と若菜が同時に頷く。


「砂羽、外務省に帰るのか?」

「わからなくなっちゃった。こんなもの見て、冷静でいられないというか」

「ダメだ。戻ろう、砂羽」

 海賢が強い語調で言いながら、砂羽の腕を掴む。


「汎ユ連はもう、その気になればいつでも日本中に核ミサイルを打ち込める。北海道も沖縄も変わらない。もう日本残党に勝ち目はないんだ」


「そんなの、アメリカだっていよいよ報復に核を使うわよ。それにどっちが勝つとか、人間ってそういう問題のためだけに生きるわけじゃないよ」

「ならみすみす、テロリストの汚名を着せられて死にたいのか」

「海賢くん、変わっちゃったね。日本人も中国人と変わらないって言ってた人が、この光景を見てまだ勝つとか負けるとかそんなことで行動できるなんて」


「死んだら何もかもお終いだろ? 幸せも何もない」

「その通りだ」

 俺は劉海賢に同意する。

「砂羽、お前は自分の幸せだけを考えてくれ。海賢が戻るなら、一緒に戻るべきだ」


 砂羽の目が涙で一杯になる。

「そんなことを言うために帰って来たの? 20年も私をひとりぼっちにしておいて、帰ってきて言うことは他の人と一緒に去れなの。そんなお兄ちゃん、帰って来なくて良かったのに」


 砂羽が走り出す。


「海賢、追わないのか?」

「砂羽が求めてるのは俺じゃない」

「そんなこと言ってないで来い」


 そう言って俺は砂羽を追いかける。登山用に整備された山ではないから、一人で森に入っていくのは危ない。


 走る俺の視界から、砂羽が突然消える。滑落の可能性を感じて、冷や汗が滲み出す。足元に気をつけて近づくと、幸い急な斜面に生えた木の根に助けられて、砂羽は手の届く場所にいる。


「怪我はないか」

「擦り傷くらいかな」

 俺が手を伸ばすと、力強く握り返してくる。


 坂から登りきった砂羽が、勢いそのままに俺に抱きつく。

「私ばかりおばさんになって、狡いよ、お兄ちゃん」

「おばさんなんかじゃない。可愛い俺の妹だ」

「おばさんキラーになって」


 俺の唇が、柔らかいものに覆われる。熱い舌が口の中に入ってきて、俺は身を固くする。温かくて柔らかい砂羽の身体が、俺を強く抱きしめる。


 唇を放した砂羽の黒い瞳が俺を睨みつける。

「バカ。20年って、すごく長いんだよ。私はお兄ちゃんを捜すためになんでもしてきた。太々ふてぶてしいおばさんを舐めないで」


「済まない」

「そんな言葉いらない。お前が欲しいって、絶対に言わせてあげる」


 砂羽の身体が離れる。

 俺の若い身体が、固く強張っている。明らかに、大人の女の匂いを欲しているようだった。


 皆の元へ戻る砂羽を、一番に見つめていたのは海賢だった。ちらりと俺の方を見て、すぐに目をそらす。


 俺は改めて、20年と2年の差を突きつけられた気分だ。その埋められない時間の溝が自分たちに及ぼす影響の底知れなさに、大きな不安を覚える。


「じゃあ、そろそろ次に移りましょう」

 ランスロットが殊更ことさら明るく大きな声で言う。

 魔人という戦闘に適した亜人種であっても、人間と同じように関係性の機微を察してくれるのが彼の良さだ。


 山を下りて車に乗り、先ほど上から見た横須賀の軍港に向かう。汎ユ連邦軍が対岸の猿島経由でスパイを送り込んでいるとの情報があり、その調査のためだった。


 念のため、海賢と砂羽は手足を拘束しておく。二人が逃げないようにする意味ではなく、汎ユ連のスパイに発見されたとき裏切り者と思われないためだ。


 横須賀港に近づけばビルなどの損壊はほとんどなくなる。建物の中や、打ち棄てられた艦の中など、バアルに隈なく探知してもらう必要があった。


 場合によっては、銃撃戦になるかもしれない。自衛隊旧式の89式自動小銃を取り出し、備えた上で、僕たちは旧横須賀市役所前に車を止めた。

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