第6話 日本に誇りを
旧陸上自衛隊東富士演習場、本州で最大規模の演習場だった土地を汎ユ連邦軍が接収し、その一角が日本人向けのSAパイロット養成施設となっている。
かつて、一面にススキが繁茂した演習場には強化コンクリート製の疑似都市が整備され、市街戦の演習がいつでもできるようになっている。
御殿場市街のリゾートホテルに拠点を定め、カーミラとバアルが使い魔を飛ばせて調査すると共に、ランスロットには演習場周縁の民間施設を調べて貰っている。
流れ弾が行ってはまずい場所、敵航空機を墜としては民間人の被害が大きくなる場所などを、事前に知っておきたいのだ。
若菜は俺の傍で、作戦立案のサポートをしている。
「あとは、日本人候補生を避難させる方法だな」
「かなり難しい気もします」
「同士撃ちを避けるために一方的に虐殺しちまったら、意味がないからな」
「要するに、練習機や月光とパイロット候補生が接触しなければいいんですよね」
「そうだ。つまりはそういうことか」
「思いつきましたか」
若菜がホッとした表情になる。
「ああ」
多分、うまくいく。
◆◇◆◇◆
吸血鬼カーミラは翔吾たちがいる御殿場から、富士山を挟んで反対側の青木ヶ原樹海を拠点に活動していた。
こちらが逃走ルートになった場合に備えた調査と、使い魔たちを日中充分休息させるという目的があるからだ。
ここはまるで魔帝国領の深い森のようで、カーミラにとっても居心地がいい。黒いマントをとり、翔吾曰く「ゴシックロリータ」の服装で寛いでいた。
白銀の長い髪の左右に編み込みを入れて、後ろで縛っている。魔力を大量に消費するときには真っ赤になる目も、落ち着いているため瞳だけが紅い。透き通るような白い肌が直射日光に灼かれることもない。
大きな木の根っこに腰掛けて、使い魔である
すると、手元で健康チェックをしていた使い魔が、警戒の表情になる。
先ほどから二十メートル以上離れたところに人間の気配は感じていたのだが、こちらに気づいたのか、明白に近づいてくる気配なのだ。
遭難者か……。面倒だ。
純人族でいうところの二十代半ばの男が、森の向こうからとうとうカーミラの前まで歩いてきたようだ。
「君、大丈夫かい? 遭難でもしたの」
敵意のない話し方だ。しかし、油断はできない。
「お前に関係はない」
「水や食料はある?」
「放っておいてほしい」
「あっ、ダメだぞ、自殺なんか」
なんだ、こいつ。よく見ると連邦陸軍士官用の作業服を着ており、殺してもいい相手のようだ。
しかし、その作業服は汚れと傷でボロボロになっている。
「お前こそ、自殺行為だ」
「ああ、ちょっと修羅場から抜け出してきてさ。こう見えて、万全の準備をして来てるんだよ」
男はそういうと、ポケットから何かを取り出した。
「携帯糧食のビスケット。甘くて美味しいよ」
猫の餌付けでもするつもりか、ビスケットを前に出してゆっくり近づいてくる。
鼻先近くまで来ると、小麦と砂糖の甘い香りに、カーミラはつい、そのビスケットに齧り付いてしまう。
「どう? 美味しいでしょ」
「うん」
「君みたいな綺麗な女の子が、どうして自殺なんて」
「私、自殺したい訳じゃない」
「そうくるかぁ。君、名前は? 俺は、里中一平」
カーミラは黙っていようとするも、男の無邪気な返事待ちに堪えきれなくなる。
「私、カーミラ」
「カーミラか。素敵な名前だね。ハーフ? まぁ、それはいいんだけど。今の政治状況で、困ったことでもあるの」
「私、日本人でも中国人でもないから。ただ、大切な仲間が日本人で、その力になりたいの」
カーミラは、敢えて自分の立場を示すことで、相手の反応を観察する。里中は、ただ微笑するだけだった。
「僕は日本人だ。連邦軍に入り込んで、SAなどの操縦技術や弱点なんかを一通り盗んできた。このまま山梨県側に抜けてから、こっそり移動して横浜のパルチザンに合流したいと思ってる」
カーミラはじっと里中の表情を窺ってみたが、どうやら、嘘ではなさそうだ。
「そう。横濱パルチザンに入りたいの。私もそのメンバーだよ」
「本当かい?」
「ええ。ちょうど良かった。今、パイロット養成施設を内偵中なんだ」
「あれを壊すの?」
「日本人同士の殺し合いをできるだけ避けたいの。候補生を避難させながら、施設を徹底的に壊すつもり」
「それは、まずいことになった……」
「どういうこと?」
「SA格納庫に爆弾を設置しちゃったんだよ。それと、宿舎の火災報知器も鳴るようにしちゃった。そろそろ僕がいなくなったことが問題になる頃だからね」
「一人でそんなことを?」
「横濱パルチザンに合流するとき、武勇伝になって認めて貰えるかと」
「そう……、急いでボスに連絡しなきゃいけないから待ってて」
「なんか、迷惑かけちゃったみたいだね。いきなりやっちまったなぁ……」
「大丈夫。あなたがやったことをどう準備しようかちょうど考えてたところだから、多分……」
カーミラが念慮で翔吾と話し出すと、気配を察した様子の里中は静かに待っている。
カーミラと翔吾で話し合い、この機会を使って急ぎ作戦を決行することにした。下準備は不充分だが、この機会を逃せば作戦成功はないだろう。
「で、時限爆弾の設定時刻は?」
「えーと、17:00かな」
「了解」
翔吾との通信を終えたカーミラは、大きな溜息をつく。
「はぁ〜、肝が冷えるわ」
「ごめん。タイミングが悪くて」
「いいの。これも何かの縁だよ。って、ボスは言ってたわ」
「縁、か……。ねぇ、カーミラ。僕と君の間も縁で結ばれてるのかな」
「あなたはどこでナンパしてるの!」
「ハハハ……。ごめん」
「言っておくけど、私は異世界から来た吸血鬼だから。吸血鬼としては若手だけど、あなたよりずっと年上なんだからね」
カーミラはそう言うと、使い魔である蝙蝠たちを各地に飛び立たせた。
◆◇◆◇◆
「さあ、来るぞ」
訓練施設のガレージから、次々に火の手が上がる。そして、けたたましい警報音。
里中という青年が言った通り、17:00ちょうどに混乱が始まった。
翔吾はルシフェル・ノワールを召喚して子袋に収まると、すぐに光の翼を広げる。大きく跳び上がり、上空から日本人パイロット候補生たちの避難状況を確認する。
避難完了とまではいかないと判断した翔吾は、サーベルに雷属性を付与して、燃え上がっているガレージに、とどめのつもりで雷魔法を連続で落とす。
更なる爆発と炎上があり、ガレージの処分は完成したと判断する。
次にサーベルに物理強化を施し、上空から一気に仮想ビル群に落下する。大きなビルがサーベルに触れて粉々に砕け散り、周囲のビルを傷つける。
その傷を目標にサーベルで斬りかかると、やはり亀裂が生じて砕けていく。
候補生たちを見ると、中国人教官たちをバアルが暗殺したためか、避難に混乱が生じているようだ。とはいえ、学生の中のリーダーが安全第一の避難方法を指示しつつあり、なかなか優秀な軍人候補であることがわかる。
次々にビルを壊しながら、なぜか劉海賢と砂羽のすれ違いが思い出された。
海賢は、俺が見つかれば砂羽と結婚するつもりでいた。しかし、砂羽は、俺に遠慮するかのように、海賢との関係を否定したがっているようだった。
砂羽には、いつでも好きな相手と結婚して構わないと言い聞かせても、どうしても真相を話してはくれなかった。
一通り模擬ビルを破壊したところで、パイロット候補生たちがグラウンドに避難していることを確認し、宿舎の破壊に取りかかる。
宿舎はあっと言う間に瓦礫の山となり、ルシフェル・ノワールをその上に立たせる。
「これがこれからの戦争の姿だ。君たちに祖国への愛があるなら、パルチザンに合流しないか。心の底から、勇気ある日本人同朋を捜している。もし、今、既に決心が固まった者は手を上げて欲しい」
候補生たちの中に、数人の挙手者がいる。
「前に出て。航空機による爆撃があるかも知れない。素早く行動して」
パルチザン候補者たちをルシフェルの両手で掴む。
「日本に誇りを、愛国者に剣を、民衆に自由を!」
そう言って空に飛び立つ。里中一平とやらも回収するため、ルシフェルは富士山の裏側に向かう。
敵の反撃は一切無い。民間施設の被害もない。
完璧な作戦になった。
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