第5話 育成と惨殺

 現在、浜川崎基地のパイロットと思しき人間を、バアルが次々に殺しているとの通信が入る。

 しかし、同じ手法で殺してばかりいると、相手に手の内を知られる恐れが大きくなるため、そろそろ限界だという。


「お兄ちゃん、また人殺しなの?」

「ああ」

「いつから、そんな冷たい表情の人になったの?」

「砂羽、俺はあっちの世界で、殺るか殺られるかの局面を何度となく経験してきた。見た目こそお前より若くなっちまったが、無垢な若者なんかじゃないんだよ」


 砂羽の目に涙が流れる。

「わかってるよ、私のせいだってことは……」

「そういうことじゃない」

「私が素直に異世界の男に着いていけば……」

「それを言うな。俺は俺の意思でお前を守った。お前に責任なんてないし、もうあの男に、充分に代償を払って貰った」


「砂羽、頼むからしっかり掴まっておいてくれよ」


 緊急出動したSA輸送用車両から、二足歩行兵器「月光」が下りてくる。バアルの報告があり、二十一機が追撃に参加したらしい。また、カーミラからは百里基地と厚木基地から戦闘爆撃機が数編隊スクランブルしているという。


「横浜駅周辺を更地にするつもりか」

 戦力的に、空と地上で連携されると辛い。地上部隊を先に殲滅せんめつすることを目指す。


 戦闘速度で近づいていた月光が一斉に足を止める。すぐに背部ミサイルポッドからの射出音が聞こえる。


 ルシフェル・ノワールを一気に最大戦速まで加速させ、敵の隊列に正面から突っ込む。左手の防御結界で機関砲をいなしつつ、コックピットへの攻撃をひたすらに続ける。


 更に、誘導ミサイルが弾道を変えて追尾してくるため、敵が群がっている場所まで突っ込む。

 結界を大きく広げ、敵の影で姿勢を落とす。


 ミサイルが次々に爆発し、無数の月光が戦闘不能になっていく。一連の爆発が済んだところで、コックピットへの攻撃を始める。


「だめ! やめて、お兄ちゃん」

 砂羽が横から俺の両腕を掴む。

「離せ」

「もう戦えない相手を殺すなんて」


「パイロットが生きていれば、また新しい機体で戦える。だけど、訓練を積んだパイロットが死ねば、代わりを育てるのに時間がかかる。俺たちには、敵に情けをかける余裕はないんだ」


「だからテロリストだって言うのよ」

「日本の自由を取り戻す戦いなんだぞ!」


 俺がそう叫んだとき、砂羽の身体が急激に力を失い、俺にもたれかかる。若菜が睡眠導入剤を使ったようだった。


「翔吾さん、判断が遅くて申し訳ありませんでした」

「いや、助かった」


 俺はそう言うと、砂羽のことを若菜に任せて、コックピットの破壊を継続する。


 こちらに来て新設したレーダーに、薄い反応が幾つか見える。恐らく、ステルス戦闘攻撃機がすぐ近くまで来ている。地上のSAスチールアーミーは残り四機。しかも、ほぼ同時に到着したはずの戦車隊がどこかに隠れている。


 俺は迷いを振り切って、ルシフェルの翼を広げて空に上がる。前方から来た戦闘攻撃機の編隊に突っ込んでいく。


 とっさに剣を振り回し、三機を撃墜する。剣に炎魔法を付与して遠隔攻撃もできるようにすると、高速ですれ違った残り2機に炎をぶつけて墜とす。


 その後は、次々に飛行機の編隊に突っ込みつつ剣を振り回し、裏へ回り込んで、狙い撃ちする。それを繰り返すうち、フレンドリーファイアのリスクを冒して、地上部隊からの攻撃が始まる。


 戦車隊の一斉射撃をかわして飛行機の編隊に突っ込むと、予想通りフレンドリーファイアで墜とされる航空機がいる。


 やがて、戦況が悪いと理解したのだろう、敵が撤退を始める。俺は戦車隊に突っ込んで剣を振り、蹴飛ばし、炎をぶつける。


 戦車隊が全滅した頃には、敵の攻撃が止み、姿が見えなくなった。


「若菜、大丈夫だったか」

「は……はい、なんとか」

 若菜が吐き気を押し殺すような声で答える。


「砂羽の方は?」

「多分、バイタルに異常はなさそうです」


「そうか。ありがとう。基地に戻ろう」

 ルシフェル・ノワールを歩かせ始める。とにかく、砂羽の身柄確保ができたことが嬉しかった。



 ◆◇◆◇◆



 砂羽が目を覚まさないため、俺は久良岐と共にテレビを見ていた。もちろん、先ほどまでの作戦がどう報じられるかを確認するためだ。


 ――卑劣なテロリストたちは川崎市の繁華街で、新型スチールアーミーを使用しました。その後、横浜旧市街で戦闘行為に及び、多くの日本人が巻き込まれました。日本人多数を含む大勢の死者がおり、まだその数を把握しきれません。


 やはり、そうなるか。特に驚きはない。こちらがテロリストとして糾弾きゅうだんされることは異世界でも経験して慣れている。


 俺と久良岐が指揮所から出ると、劉海賢が通路の壁に背中をつけて待っていた。


「どうした」

「どうしたじゃない。砂羽に会わせてくれ」

「お前には関係ない」

「関係ある。あんたが戻ってきたら砂羽と結婚する約束をしていた。婚約者なんだ」


 海賢が砂羽の婚約者。子どもの頃から砂羽に好意を隠さなかった海賢のことだから、納得はいく。


「そうか。なら、会わせてやりたいが、まだ眠っているみたいだ」

「怪我をさせてないだろうな」

「大丈夫だ」


「翔吾さん、砂羽さんが目を覚ましました」

「タイミング良かったな、海賢。行こう」

「ああ」


 長い廊下を歩き、医務室に向かう。そこには、ドクと呼ばれる医者がいて、横濱パルチザンメンバーの健康管理を一手に担っている。


 元々は自衛隊横須賀病院の医官で、二佐の階級を持っていたらしい。しかし、核ミサイル着弾で自らも被爆し、周囲の重症者の治療をしている間に本隊と別れ、横濱パルチザンに合流したという。


 医務室に到着すると、砂羽はドクの前で血圧測定をしていた。しかし、海賢と俺に顔を合わせたせいか正常値ではなかったらしく、ドクがため息をつく。


「全くいいタイミングだ。先に話すといい」


「海賢君、無事なの?」

「ああ。ジュネーブ条約は遵守されている」

「良かった……」


 再会を喜んでいる様子の砂羽は、しかし俺の方を見て複雑な表情になる。


「すまん。後でまた来る」

「待って、お兄ちゃん! あの、さっきは……」


「構わない。二人は婚約してるんだろ」

「それも、ちょっと待って」

 俺は慌てて砂羽と海賢の表情を見比べる。俺にすがるような砂羽の表情と、翳り始めた海賢の表情を見て、二人きりにさせてやりたくなる。


「俺は、後にする」

 改めてそう言いおいて、久良岐と若菜を伴い、医務室から出る。


「待って……」


 医務室から出た俺たちは、パイロット候補生たちの仕上がりを見ようとガレージに向かう。


 汐汲坂しおくみざかベースは、単に横濱パルチザン最大規模のアジトであるのみならず、構成員の教育機関としても役に立っている。


 アメリカの援助で導入したSAシミュレータもあり、SA-04B実機もある。次のSA補給作戦が成功したらすぐに戦力化できるよう、候補生たちが訓練を積んでいるのだ。


 パイロット一人殺すのは一瞬だが、育てるとなると急造でも半年は必要になる。戦場で簡単には死なないまで育てるには二年、更に、民兵とはいえ軍人としての精神や振る舞いまで身に着けさせるとなると数年単位の教育が必要だ。


 だからこそ、元々は二十名ほどしかいなかったパイロット候補生を、他の部署がギリギリ回せる人数だけ残し、八十名まで増員させたのだ。


「久良岐、月光とSA-04Bの基本構造や操作方法が酷似しているんだよな」

「ああ。調べれば調べるほど、同系統の姉妹機にしか見えなくなるよ」


「汎ユ連のスパイが基本設計を盗み、引き抜かれた技術者が完成させたといったところか」

「ああ、そうだろうな」

「それならそれで、こちらにもやり方はあるさ」


 久良岐と話し合っている次の作戦は、パイロット養成施設の破壊だ。日本人向けの養成施設を叩き潰すことで、日本人の同士撃ちを未然に防ぎ、将来の決戦で起こるべき士気低下を極限まで抑える。


 しかし、その作戦のために、日本人候補生が犠牲になる危険性が高い。


 まるで人間を頭数でしか認識していないような苛烈な作戦だが、とにかく、成功すれば全体の犠牲者は減る。


「まあ、悪名は俺が背負う。久良岐は、こいつらをなんとか一人前に育てて欲しい」

「俺の方が黒幕なのにな」

「いや、俺はきっと、この戦いのために悪魔に魂を売ったんだよ」


「翔吾さん……」

「なんだ?」

「いえ……、なんでもないです。失礼しました」


 若菜が辛そうに俯く。

 まだ経験の少ない若葉には、日本人同士で戦う未来が予想できていないのかもしれない。


 早ければ明日にも本格的な内偵を始める予定だ。

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