結婚式
増田朋美
結婚式
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その日は冬としては、比較的暖かい、小春日和だった。これが過ぎれば、時には雪が舞う、長く厳しい冬が本格的に始まるのだ。
「ねえ、水穂さん。」
由紀子は、布団でねている水穂さんに言った。
「ちょっと外へ出て歩いてみようか。公園を歩くのも、悪くないんじゃないかしら。」
そう言って、由紀子は、箪笥をあけた。しっかりたとう紙にくるまって着物がはいっている。できれば、銘仙というものは、着てもらいたくないのだが、水穂さんには、まだそれはできそうもなかった。なので仕方なく由紀子は青色に十文字絣を入れた、銘仙の着物を一枚出した。
「ほら、着替えて。着替えたらすぐにいきましょう。」
「はい。」
由紀子に言われて、水穂は、よいしょ、と布団におきあがり、寝間着の上から、その銘仙の着物を重ねて着用した。そして、由紀子に渡された、無地の羽織をきる。
「僕が羽二重なんか。」
というが、由紀子は、ぜひ羽二重を着てほしいといった。その方が、何かあったとき安全だからだ。水穂さんの習慣は厳格で、着物の上にしっかりと袴をつけた。
「よし、身だしなみは整ったわ。じゃあ、公園を歩いて帰ってこよう。」
由紀子は、水穂さんを立ち上がらせ、二人は製鉄所をでて、バラ公園にいった。しばらく、遊歩道をあるいていると、よくお茶を飲むカフェの前に来た。
カフェは、いつも通り営業していたのだが、ちょっと様子が違っていた。何人か、年よりたちが礼装である江戸妻の着物を着て、カフェの前を行き来していた。そして、カフェの入り口には、白いスーツをきた男性と、白い絹の長いドレスを着た女性。女性は、ベールこそかぶっていなかったが、手に花束を持っていた。つまり、二人はこれから夫婦になるカップルで、いま行われているのは、その誓いをたてる記念碑的な式典だ。花婿が、比較的中年の男性だったので、いわゆる大規模な式は挙げないで、こういうところで、簡素な結婚式を挙げたのだろう。最近は、そういうのを好むカップルも増えているから。
由紀子がそんなことを考えていると、隣で咳き込む音がした。おめでたいところに、咳き込んだ現場をみせたらまずいだろう。そうおもって、由紀子は、水穂の肩をつかみ、近くに有ったベンチに座らせた。
「大丈夫?いま、自動販売機で水買ってくるから、お薬飲んでおこうか。」
幸い、この時の発作は比較的軽度であった。確かに出すものは、吐き出したが、それも口に当てた手を少し汚しただけのことだった。由紀子は、その手をタオルで拭いてやる。
「すみません。もう少し休んだら、製鉄所にかえります。ほんとに、申し訳ない。」
タオルで口の周りを吹きながら水穂は、軽く頭をさげる。由紀子が、気にしないでいいわ、と言おうとしたその時、小さな花束が、水穂の足元に転がってきた。
「あれ、落とし物ですかね。」
「先程のカップルさんたちが、落としたものじゃないかしら。」
ずいぶん小さいので、多分、花嫁さんの髪飾りだろうと思った。
「僕、これ、花嫁さんに返してきます。由紀子さんは申し訳ないですが、自動販売機で水を買ってきてください。」
と、水穂がそんなことを言い出した。由紀子は、それは私がするから、といったが、水穂さんは、申し訳ないので、とにかくお返ししてきます、といった。由紀子は、仕方なく、わかったわ、といって、自動販売機のある方へ歩いていった。水穂は、花束を持って、先程のカフェの方へ歩いていく。
カフェの近くでは、花嫁が、ブーケを遠くへ投げすぎたことを、母親にしかられていた。学生時代、砲丸投げの選手だったからといって、結婚式までそんなことをしてはいけない、なんて、母親は、はしゃぎすぎた花嫁を、とがめていた。
「いやあ、諦めた方がいいですかねえ。どこにもみあたりません。」
と、式の引率をしていた、カフェのマスターがいう。
「ごめんなさい。」
花嫁は、申し訳なさそうにいった。彼女はどうみてもまだ、20代だ。そうなると、ずいぶん年の離れたカップルさんということになる。
「あのう、すみません。これ、落とし物じゃありませんか?」
水穂は、花嫁にきいた。
「あ、それ私の投げたブーケ!」
花嫁がすっとんきょうにいう。つまりこれは、髪飾りではなく、ブーケトスに使ったブーケだったのだ。花嫁が、はしゃぎすぎて、おもいっきりつよく投げてしまい、それが、水穂さんの足元に転がってきたのである。
「そうですか。じゃあ、僕は部外者ですし、すでに既婚者ですから、もう一回やり直してください。」
水穂は、そういって花嫁にそれを渡した。花嫁は、そのかおをみてにこやかに、
「はい、どうもありがとうございます!」
と言った。それを花婿が、俺の前では、絶体そんなかおをしなかったじゃないか!という顔で憎々しげにみつめている。
「じゃあ、もう一回やり直しますから、皆さん位置にお着きになってくださいませ。」
と、カフェのマスターが、手を叩いてそう促したが、水穂の前に花婿が、つかつかとあるいてきた。
「ちょっと貴方ね、一体うちの美智瑠とどういう関係だったんでしょうか、そんな海外映画の俳優みたいな顔して、まさか、美智瑠と結託し、私から美智瑠を盗ろうとしていたんじゃありませんかな!」
「いえ、そんなことありません。ただ、近くを歩いていて、これを拾っただけです。」
水穂は、正直に答えたが、美男とか美女というものは、こういうふうに勘違いされることが多いものだ。美智瑠と呼ばれた花嫁が、孝之介さん、そんなことを、何て言っているが、花婿の孝之介さんの怒りはとまらない。
「こうして結婚式にあらわれて、それを台無しにしたんですから、この責任はしっかりとってもらいますからね!」
水穂は、何のことだかさっぱりわからず、その場で黙っていたが、急に胸部に痛みを覚え、前より激しく咳き込んだ。今回は本格的な発作であった。口に生臭い液体が溢れたのはわかったが、彼はそこでなにもわからなくなってしまったのである。ちょうどそこへ、由紀子が、飛び込んできた。倒れたとき、羽織紐が切れて、銘仙の着物が見えてしまった。由紀子はこのとき、二重廻しを着せるべきだと後悔した。と、いうのは、参列していた年よりたちはこれをみて、
「おお、やだ。銘仙じゃないの。ということはどっかのかわた部落の人だったわけね。そんな人に拾われるなんて、お花が汚れるわ。」
「お花どころじゃないわよ。そもそも、こんなおめでたい式に、かわたの人が現れるとは。不運にも不運ってことかなあ。これでは、改めて結婚式をやり直した方が、良さそうねえ。」
なんていい出したからだった。年よりたちは、こんな汚い人にさわりたくないなんていいながら、介抱もなにもにしないでカフェのなかに戻ってしまった。他の参列者たちも、いいきみ、なんて笑いながら、カフェにいってしまったのである。もし、羽織じゃなくて、二重廻しをきせていたら、銘仙の着物が見えてしまうことは、なかったのになあ、と思いながら、由紀子は泣き泣き、水穂さんを抱き抱え、製鉄所に戻った。
「はああ、なるほど。随分おかしなやつがいるもんだな。そもそも、かわたなんて言葉をいかして使ってるなんて、そいつら、古いな。」
数日後、杉ちゃんが、切れた羽織紐を再び縫い付けながら、そんなことをいった。
「そうよ。その人たちったら、助けようともしないで、ひたすら汚い汚いと、いい続けるんだから。」
由紀子はまだそれを話すと、泣いてしまいそうになるほど悔しかった。
「ま、年よりなんてそんなもんさね。もともと水穂さんたちを差別しろと、教育されてんだから仕方ない。で、そのあと、結婚式はどうなったの?やり直したのか?」
「知らないわよ。知りたくもない。やり直すなら勝手にすればいいわ。もう、水穂さんが現れたせいで、花がかわいそうだとか、不運にも不運とか、そういうことを言うんだから。」
杉ちゃんがそういうと、由紀子は嫌そうに言った。
「ま、そんなもんだよな。気にしなくていいよ。それより、水穂さんは、よく寝てるね。」
杉三がいうと、由紀子はため息をつく。多分、悲しい気持ちを忘れたくて、眠っているのがよくわかるからだ。ご飯をほんの少し食べたら、すぐに眠りたいといって、由紀子に早々薬をくれと、催促していたから。
「すぎちゃあん、お客さんだよ。何でも、水穂さんに用があるというのさ、一言、お礼を言いたいんだって。ちょっと、水穂さん、起こしてくれないかなあ。」
ブッチャーが、困った顔をして、四畳半にやってきた。
「お礼って誰?」
と、杉三がいうと。
「八尋昭治さん。八尋孝之介さんのお父さんだよ。」
と、ブッチャーはいった。そんな人がどうしてお礼に来たのか、杉三も、由紀子も不思議な顔をする。
「よくわからないが、まあいい。とりあえずいま起こすから、先に通せ。」
杉三がそういうと、ブッチャーは、わかったよ、といい、玄関に戻っていった。
数分後。
「本当にありがとうございます。お陰で息子の孝之介と、堀田美智瑠の結婚は破談ということになりました。孝之介が美智瑠に、貴方と、かんつうしていると、疑いを持って聞かなかったものですから。」
と、いいながら、白髪頭のおじいさんが四畳半に入ってきた。
「はあ、破談になってそんなにうれしいか?それこそおかしいと思うんだけど?いま寝てるから、代わりに僕が聴く。」
おじいさんの話に杉三がそういった。こういうとき、杉三の存在は有難いものであった。経歴も肩書きも関係なく、友達みたいに話をしてくれるからだ。
「ああ、わかりました。実はね。私は、堀田美智瑠との結婚は反対だったんです。彼女はとても、人の親になれそうな女性ではありません。」
と、昭治さんはいった。それには、なんだか変な響きがあった。
「ええ。孝之介は、前妻の間に、健一という息子がいるんですがね。その健一が、美智瑠にはどうしてもなつかなかったのですよ。多分、死んだお母さんのことが、忘れられなかったんでしょう。私はね、再婚するのなら、ちゃんと健一を納得させてからした方がよいと思うんですよ。ですが、孝之介が強引に式を挙げるというものですから。もう、困っていたんです。それを彼が、ぶち壊してくれて、本当によかった。これで、健一は、死んだお母さんを忘れずに過ごすことができますよ。有難いことです。再婚したら、新しいお母さんと、無理矢理暮らさなきゃならなくなりますから。それが、回避できて、うれしいです。」
「へえ、優しいおじいちゃんだねえ。本来そういうことはさあ、昔だったら家父長として、堂々と言ってもよいと思うんだけど、いまは違うのかなあ。」
昭治さんの話に、杉三がからかうようにいった。確かに、今の時代、家父長という言葉も、死語になりつつある。
「健一君が、寂しがっているじゃないか!そんな馬鹿なことはやめろ、くらい言えないのかよ。もし、放置したら、思春期に問題を起こすこともあるぞ。それでもよかったの?」
由紀子も、この話をきいて、お父さんがもう少ししっかりすればいいのにな、と、思った。
「息子さんに怯える必要もないの。もっと、ガーンといってやれ、ガーンと。そんな女じゃなくて、もっとしっかりした女を選びなさい、と。だって、一番長生きするのは、どうみても健一君なんだし。それに、息子さんたちは、責任もたなきゃならないわけだし。」
「そうですよ。こればかりは、杉ちゃんの言う通りだと思います。あたしはうまく言えないけど、ある程度、先を見こうして、結婚はするものだと、おもいますし。それが、大切だと教えてやれるのは、先輩である、親御さんだけだと思います。」
由紀子も杉三も、そういったが、昭治さんはまだ、そこまで自信が持てない様子だった。
「自信無さそうなかおしてないでさあ、親がガツンといわないで、どうするんだよ。」
杉ちゃんがまたそういうと、
「とにかく、皆さんには式を滅茶苦茶にしてくれてありがとうございました。それだけ、お伝えしておきます。」
昭治さんは、そういった。杉三と由紀子に深々と座礼し、このあと会議があるから、といって、そそくさと立ち上がり、帰っていってしまった。水穂さんは、止血剤の成分のせいで目を覚まさなかった。杉ちゃんと由紀子は、水穂さんが、もし目を覚ましていたらどうなっただろうか、と、顔を見合わせた。
それからさらに、数日が経ったある日のこと。由紀子は、何となく週刊誌を開いて、目玉が飛び出すほど、驚いた。
八尋孝之介の父、八尋昭治さんが自殺したというのだ。由紀子は、詳しく知らなかったが、八尋家は、繊維会社をやっていたから、何かあれば、ニュースになるような、代物なのだ。だからこそ、マスコミに知られないよう、ああいう小さなカフェで結婚式を挙げたというのも理解できた。多分、あそこで、式を挙げようとしたのは、著名人の孝之介が、一般人の美智瑠さんに配慮してのことだろう。もっとも、テレビもあまり見ないし、新聞もとっていない由紀子は、そんなことは全く知らなかったが。
その後、杉ちゃんと由紀子が予想した通り、八尋孝之介は、堀田美智瑠さんと結婚式を挙げた。今度は、盛大な式典であった。雑誌などにも多大に取り上げられた。水穂さんには、この事を由紀子は、知らせなかった。それを知らせたら、水穂さんがちょっとかわいそうな気がしたので。
ところが、製鉄所に、思いもよらない客がやってきた。応対した、ブッチャーは、以前こちらに来た、八尋昭治さんに似ている人だなとだけ、思ったのだが。
「あの、すみません!」
と、その男性はいう。
「ここに、磯野水穂さんと言う方はいらっしゃいませんかね!」
ブッチャーは、とりあえず寝ていると答えたが、男性は、とにかく会わせてくれと言い張るため、中へ入れることにした。男性は、けたたましい音をたてながら、四畳半にやってきた。
「あの。磯野水穂さんですね。」
と、男性は水穂にいった。水穂は、何がなんだかわからないまま、起き上がって布団の上に座る。
「一体、これはどういうことでしょうか。この写真の通りなら、貴方、妻の美智瑠と、時時会っているんじゃありませんか?」
と、その男性、つまり八尋孝之介は、水穂に一枚の写真を見せた。それは、堀田美智瑠、つまりいまは八尋美智瑠となった女性が、銘仙の着物を着た水穂と、二人並んで写っている写真であった。
「わかりません。僕は美智瑠さんに会った覚えもないですし。」
とりあえずそう答えた水穂だが、
「この写真が何よりの証拠じゃありませんか!貴方、あのときから、美智瑠をたぶらかしていたんでしょう?」
孝之介は、怒りに怒った。それはそうだろう。確かに妻をとられた訳だから、怒りは強くなるはずである。
「わかりません。本当に覚えはないんです。僕は、美智瑠さんとは何の面識もないですし、どこかへ行ったとか、時時会ったとか、そういう覚えもないんですよ。」
水穂は、正直に答えると同時に咳をした。
「貴方、一体、どういうつもりなんですかね。うちの、美智瑠をたぶらかせるようなご身分ではないはずなのに、その美貌を武器に、美智瑠を盗んでいったとは、いい度胸をしてますね。もう、あのときに、美智瑠が、貴方に思いがあるのではないかと疑いましたよ。そういう顔してましたから。あなた、もしかしたら、ブーケトスの時に現れる前から、美智瑠と関係があったのではありませんかな?」
そういわれても、水穂にはわからないままだった。そんな、あのときは、ただ、美智瑠さんがはしゃぎすぎて、遠くへ投げてしまったブーケを拾って届けただけのことだから。
「そんなことありません、僕はただ、花束をお返ししただけのことです。」
それだけのことであった。
「そうですか。しかしですね。貴方は、その男も認める美貌といい、かつては恋愛小説の対象になっている疾患にかかったことといい、充分女を引き付ける要素があると、思うんですがね。堀辰雄とか、梶井基次郎の小説に、登場して来そうな、そんな顔をしてますよ。」
という、孝之介。ということはつまり、結婚しても、うまくいっていないということだろうか?
「結婚生活、うまくいってないんですか?」
不意に水穂は、そう聞いた。
「ええ。美智瑠は、以前のように親しみを込めて話してはくれなくなりました。」
と、やるせないように話す、孝之介。
「健一君は、どうしているんですか。」
「はい、美智瑠が一生懸命世話をしてますが、どうしてもなついてはくれません。一言も、健一は口を利かないでいます。まあ、五歳の子供ですから、仕方ないと思っていますが。そのうち、慣れてくれるとは、思いますけど。」
と、いうことは、健一君の仕業ということでは無さそうだ。15や16の青年であれば、ちょっと写真をいたずらして、合成写真として、作ってしまうこともできるかもしれないが、5歳児には、そこまでできる知恵はない。
「健一君、結構傷ついているのかな。」
水穂は、そういって、再び咳き込んだ。
「交際していたときは、なついていたんですけどね。優しいお姉さんが来たって。だから、大丈夫だと思っていたのですが。」
そういう孝之介は、大きなため息をついた。確かに子供心というのは難しい。大人より、遥かに複雑で繊細なところがある。それを持ったまま、大人になると、問題を引き起こすこともあるから、尚更難しいのだが。
「もっと、健一君に近づいてやってくれませんか。」
「何をいうんですか!貴方に言われたくないですね。僕も、美智瑠もそれなりに、一生懸命やってますよ。美智瑠は食事にも手抜きはしないし、洗濯も掃除もしていますし、僕も、休みの日は、どこかへつれていったりして、僕たちは、健一にこっちを向いてくれるように、努力しています。それは、充分にやっているという、自負心がありますよ。」
確かに商売人らしく、ちょっと自信過剰かと思われる言い方だったが、孝之介たちが、健一君を邪魔なものだと扱っていない、ということはわかった。
「問題はそうじゃなく、そのやり方が、違うのでは?」
水穂は、そういったが、三度咳き込んで、その先は言えなかった。それを、孝之介は、冷徹にみた。
「とにかくね、うちの、美智瑠には近づかないでください。僕たちは、幸せになろうとしているんだ。あなたは、その妨げなんです。貴方が美智瑠に近づくせいで。」
水穂は、咳き込んだまま、頷いた。孝之介は、今日はこれで帰りますといい、四畳半を出ていった。
そのまま、水穂は、ブッチャーにもらった止血剤を飲んで、布団で眠った。一体なんで、孝之介は、自分に言い掛かりをつけてきたのか、理由はわからなかった。でも、健一君が今回の騒動の、きっかけなんだろうな、ということは、推量することができた。
水穂は、いつのまにか、八尋と表札がつけられている家の前にいた。自分が、あの八尋家の前にいるとは、信じられなかったが、遠くの方から、一人の老人が、八尋家に向かってやって来たことがわかる。老人は、申し訳なさそうに自分の顔を見た。その手には、自分が、美智瑠さんと一緒に写っている写真が握られている。
「わかりました。お父様の思いは、誰にも言いませんから。」
老人は、これ以上、ありがたいことはない、という、優しい顔で水穂をみて、テーブルの上に、写真を一枚置いた。
そういったところで、水穂は、目を覚ました。
多分、孝之介たちは、こんな話をしても理解しないだろう。優しいおじいちゃんは、どうしても、健一君が心配で、時おりこうして、警告の信号を出してくれるのだろうが、八尋家の人たちが、それに気がつくのは、もう少しあとにならないと、気がつかないだろうな、と思いながら、水穂は、静かに目を閉じた。
結婚式 増田朋美 @masubuchi4996
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