探索

 秋葉市内にある山の一つ、秋葉山あきはやま

 山といってもそれほど標高の高い山ではない。人が歩けるようにしっかりと舗装された道があり、座って休める場所や子どもが遊べるアスレチックもある。近隣の住民にとっては憩いの場や遠足で行く公園として親しまれている。春には桜が咲き誇り、秋には紅葉狩りが楽しめる観光名所だ。そのかわり広い。とてつもなく広い。

 かつて僕や両親、祖父母がいっしょに住んでいた家は秋葉山の奥の奥のそのまた奥にある。比喩ではなく事実である。

 あまりに遠すぎて出版社の編集者が遭難しかけたこともことあるほどだ。原稿を取りに行くといってなかなか来ないことを心配した父が探しに行くと、湖のほとりで倒れていたところを発見したらしい。今でもその人は作家古津謙語の担当編集をしているが、僕たち家族が今の家に引っ越したのはその人からの要望が大きい。

「この話を学校の友達にしたら嘘つきだとバカにされた。秋葉山で遭難するわけないって」

「確かに遠足で何度も来ている場所ですからね。いくら広いといっても遭難は……」

「その人は重度の方向音痴なんだよ。今でも秋葉駅から家に来るまで一時間以上かかってる」

「それは……かかりすぎですね……」

 それまでも嘘や冗談を混ぜた話をして同級生を笑わせていたけれど、その話をした時だけは誰も笑ってくれなかった。次第に『嘘つき』『ホラ吹き』『詐欺師』などのあだ名をつけられてバカにされた。いつしか嘘や冗談を言わなくなり、嘘が嫌いになり、騙り部が嫌いになった。

「そんなことがあったのですか……。それは辛かったですね……」

 西島は少しも疑うそぶりを見せず、こちらを同情する言葉をかけてくれた。

 旧古津家へ向かう道中、西島が昔のことを聞きたいと言った。最初は祖父母との思い出や秋葉山での思い出を話した。けれど長い道のりを歩きながら話しているとだんだん話題がなくなってくる。そのうち話題が尽きてしまい、僕が嘘を嫌いになった原因を話す。普段なら絶対に話さなかっただろう。思い出したくもない辛い過去だし、何より西島に自分の弱いところを見せるようで嫌だったから。だが話してみると、自分でも驚くほど気持ちが落ち着いている。

「あ、見えてきましたよ。あそこですよね?」

 西島が疲れを一切見せずに元気な声をあげる。

 秋葉山の奥の奥のそのまた奥。生い茂る草木をかき分け、荒れた地面を歩き続けた先に騙り部一門の住処がある。といっても、ただの二階建ての一軒家である。特別なところは一つもない。

「古くなったと聞いていましたが、今でも人が住めそうですね」

「うん。定期的に僕たち家族や親戚が集まって手入れをしているからね」

 西島は納得したようにうなずく。それから、懐かしいものを見るような目で見まわす。

「じゃあ騙り部に関するものを探してみよう。見つけたらすぐに教えて」

「はい。騙り部さん」

 僕は苦笑するが、今は聞かなったことにしておこう。

 あいつ、小須戸文哉の望む不死身の化物以上のネタ。それは騙り部の情報ではないか。

 僕はあいつにもあいつが書いた記事にも興味はないが、あちらはそう思っていない気がする。騙り部はただの屋号だ。それは嘘ではない。そして騙り部は権力者秋葉一族に仕え、この地の化物を退治したという伝説がある。それもまた嘘ではない。そのことは市立図書館に民俗資料として残され、小学校の社会科の授業で教えるところもある。秋葉市民なら誰もが一度は見たり聞いたりしたことがあるだろう。秋葉市内を中心に活動しているあいつなら知らないはずがない。

 しかし、騙り部の実態を伝える資料はなに一つ見つかっていない。せいぜい史料に名前だけが載っているか、おとぎ話として人々の間で伝承されているか、その程度だ。それなら本物の騙り部がその実態に関する情報を持っていると知ったらどう思うか。きっとその手の人が喉から手が出るほど欲しいと思い、我先にと食いつくネタだろう。

「だけど、お義父さんに許可を得なくても良かったのですか?」

 一階の部屋を探しているときに西島が疑問の声をあげる。

「大丈夫だよ。たまに僕一人でここへ来ているからね。だからこうして鍵を持っているんだ」

 僕はズボンのポケットを叩いて金属製の鍵があることを音で知らせる。

「いえ、騙り部の情報を勝手に知らない人に伝えても良いのでしょうか、という意味です」

 彼女は不安と心配が入り混じったような声で聞いてくる。

「騙り部一門は家族の抱える悩みをみんなで協力して解決するんだ。頭領にはちゃんと伝えるし、きっと理解してくれるよ。だから今は資料になりそうなものを見つけよう」

 できるだけ明るく答えて作業に戻る。父の、頭領の了解を得るのは難しいことではない。問題は資料になりそうなものが全く見つからないということだ。僕たち一家がここを離れる時に大きな家具は残し、不要なものは捨ててきた。それから親戚といっしょに掃除するたびに不要なものや壊れたものは捨てる。そのため今ここには、ほとんどなにも残っていない。

 だからといって何も見つからないと決まったわけではない。一階を西島に任せ、希望があると信じて僕は二階へ向かう。階段をのぼりきって一部屋ずつ見ていくが、そこにあるのは絶望だけ。そして最後の部屋をのぞいた時、そこに希望は残っていなかった。

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