第三章【ゴーストライター】

神出鬼没

「騙り部さん。今度、蒸気亭じょうきていへ行きましょう。約束ですよ?」

「わかったよ。約束する。そのかわり騙り部って呼ばないでくれよ」

「それはお断りします」

「じゃあ西島さんとの約束もなかったことに……」

 そこまで言って止めた。一度約束したことを否定してしまうとそれは嘘をつくことになる。嘘が嫌いな僕にはそれができない。西島が黙ってこちらを見ていた。約束を反故にできないことを知っているから内心笑っているのではないか。けれど彼女からは、そういった意地悪な気持ちは感じられなかった。

「すぐには行けないからもう少し待ってね」

 僕はため息をついてから提案する。

「はい。楽しみにしています。でも、嘘ついたら針千本飲ませますからね?」

 西島は元気よく返事をする。が、なかなか怖いことを言う。

 家の鍵を開けて中に入ると、玄関先に見たことのない靴が置かれていた。おそらく女性のものだろう。

 それを見て西島がこの家にやってきた時のことを思い出した。あれからもう二か月経っている。そして大事故に巻き込まれた日から数えればそれ以上の月日が流れている。長いような、短いような、どちらにも感じられる。

「騙り部さん? どうかしましたか?」

 靴も脱がずに立ち止まっている僕を不思議に思った西島が声をかけてくる。

「ううん。なんでもないよ」

 変に思われないうちに玄関に入り、気づかれないうちに涙はぬぐっておく。

 その時、玄関からすぐにある応接間の戸が開いた。メガネをかけた女性が出てきて、少し遅れて父が出てくる。おそらくその女性は出版社の編集者だろう。

「こんにちは」

 僕があいさつすると、女性がこちらに気づいて会釈えしゃくする。

「どうもどうも。いつも古津謙語先生にはお世話になっております」

 そう言って何度もこちらに頭を下げてくる。彼女は坊主頭かと思うほど髪が短く、その見た目に合った明るい表情と声をしていると思った。年齢は三十代半ばから後半くらいか。

「こちらこそいつも父がお世話になっております。今後ともよろしくお願いします」

 僕は他の出版社の人が家に来たときと同じように対応する。しかし、ここに出版社の人が来るのは久しぶりだ。父は基本的に電話やメールで編集者とやりとりをする。打ち合わせも原稿提出もそれらで済んでしまう。地方に住む作家と都会の出版社の編集者もつなぐことができるから便利だし楽だ、と父もよく言っている。

「もしかして、先生のお子さんですか?」

 女性編集者は後ろを振り返って父に尋ねる。

「息子の正語。それから友人から預かっているお嬢さん、西島ふじみさん」

 父から紹介されたので僕は頭を下げる。隣にいた西島も同じように頭を下げる。

 ただ、少し不思議に思ったことがある。

 いつもの父ならここで余計な冗談の一つや二つ加えて紹介してもおかしくない。実際、別の出版社の編集者が来たときは聞いてもいないことをべらべらしゃべって相手を困惑させていた。だが今回はそれがない。『生まれつきの騙り部』と評されるほど嘘や冗談が好きなのに。それどころか、機嫌もあまり良さそうに見えない。

「そうですかそうですか。古津正吾さんに、西島ふじみさんですか。はいはい、なるほど」

 その人はすぐに手帳を取り出して僕と西島の名前を書き留めた。そして僕らの顔や体をじろじろ見ながら感心したような声をあげる。とりわけ西島の方をじっと見ているようだった。口を固く閉じている彼女自身はどう思っているかわからないが、僕は少し不快に感じた。0番街で名前を告げてしまって存在を奪われてしまった過去があるからかもしれない。

「すみませんすみません。私は人の名前をなかなか覚えられないもので。名前を書き留めて、その人の顔や体をしっかり見て覚えるようにしているんです。すみませんすみません」

 視線に気づいたのか、女性編集者がまた何度も頭を下げて謝る。

「先生。ご依頼の件よろしくお願いします。それでは失礼します」

 それだけ告げると、玄関先で慌ただしく靴を履いて小走りで出ていく。

「はぁ……やっと帰ってくれたか。苦手なんだよなぁ、あの人……」

 いつも明るく楽しそうに過ごしている父親がため息をつく。しかも明らかに嫌そうな顔で悪口を言った。その程度の悪口は普通の人なら珍しくないが、父がそんなことを言うのは珍しい。食べ物の好き嫌いがないように、人間の好き嫌いもないと思っていた。あの人のことをよほど苦手としているらしい。

「あの人は見たことがないね。どこの出版社の人?」

「ん」

 父は説明するのも嫌なのか、こちらに名刺を渡してくる。

『ライター・編集者 小須戸文哉こすどふみや

 どこかの出版社の編集者かと思ったが、どうやらフリーライター兼フリーの編集者らしい。しかしこの名前、どこかで聞いたことがある。どこだったかな。

「あの、私、この人知っています」

 隣でいっしょに名刺を見ていた西島が声をあげる。そこでようやく顔がとても近くにあることに気がついた。少し恥ずかしいので彼女に気づかれないうちにゆっくりと体を離す。

「え、本当に? 【ゴーストライター】のことを知っているの?」

 父が驚いたような嫌そうな色々な感情が入り混じった顔で尋ねる。

「はい。私が読んでいるオカルト雑誌で記事を書いている方です。お名前が男性のようだと思っていましたが、女性だったのですね。知りませんでした」

 それを聞いて思い出した。そうだ。0番街へ行ったときにその名前を聞いていたのだ。

 小須戸文哉。言われてみれば確かに男かと思ってしまうような名前だ。とても短い髪という点では男性に見えなくもないが、あの人は自身を女性だと思っているだろう。しかし……。

「【ゴーストライター】ってなに?」

 作家古津謙語の代筆をやっているということはないだろうが、気になったので聞いてみる。父親はひどく嫌そうな顔をした。明らかにこの話題をしたくなさそうだ。こんなにも苦い顔をするのは珍しい。それから時間をかけてようやく重い口を開いた。

「読んで字の如くだよ。名刺の通り、自分の名前で記事を書くこともあるし、作家といっしょに企画して本を作ることもあるし、ごく稀(まれ)に代筆をやることもあるらしい。だけど一番の理由はこれだな。呼んでもないのにどこからともなく突然現れていつまでも付きまとってくる。ハッキリ言って迷惑で不気味な存在だから。それこそ幽霊みたいにな」

 なるほど。それで【ゴーストライター】か。

 しかし、先ほど会ってあいさつをした時にはそんな風には見えなかった。快活明朗かいかつめいろうな声とサッパリとした見た目、年下の僕らに対しても腰の低い態度をとっていた。初対面の印象としてはむしろいい人に思える。

「俺が作家になったばかりの頃は色々と仕事をまわしてくれてありがたかったよ。だけど、いっしょに仕事をしていくうちに嫌なところや悪いところが見えてきたんだ」

 これまた珍しい。父が仕事の悩みや不満を家族の前で話すことは今まで一度もなかったから。よほど苦手としている人だからなのか。いや、少し違う気がする。なんとなく父なりの思惑があって話しているのではないかと感じた。それがなんなのか、僕には判別がつかない。

「あの人は嘘が上手いからいい人に見えやすい。でもあの人の嘘は汚くて醜いんだ。作家としてはこれからも仕事の付き合いを続けるだろう。でも俺個人や騙り部としてはあまり付き合いたくない人だよ。少なくとも友達になりたいとは思わない」

 嘘に種類があるのはわかる。人を傷つける嘘や人を悲しませる嘘、その逆のタイプもある。それ以外にもたくさんあるだろう。だが嘘が嫌いな僕には、どれも変わりない。嘘という時点で全部嫌いだ。いずれにせよ、あの人と会うことはもうないだろうから関係ないか。

「ま、人は見かけによらないってことだ。作家も編集者も色々な人がいるし、色々な仕事をしていくことになる。お前も作家になったらそのうちわかるだろう。がんばれよ、正語」

 そう言われてドキッとした。

 もしかして、小説家を目指していることがバレている? いや、そんなことはないだろう。誰にも話していないし、誰にも原稿を見せたことがないのだから。

「ああ、楓さん早く帰ってこないかなぁ。甘えたいなぁ。いちゃいちゃしたいなぁ」

 先ほどの不機嫌そうな顔はどこかへ消え、鼻の下がのびた情けない顔に変わっている。両親はお互いのことを名前で呼び合う。ずっと以前に、幼なじみの頃の癖が抜けていない、と聞いてもいないのに教えられた。すでに諦めているが、息子の前でいちゃつくのはやめてほしい。

「うらやましいです」

 その時、西島が予想外の言葉をもらした。

「すみません。なんでもありません……」

 こちらの反応に気づいた彼女が自分の部屋へ走っていってしまった。

 

 放課後。日直の仕事を終えてから生徒玄関までやってくると西島がいた。先に帰ったと思っていたけれど、何か用事があって残っていたのかもしれない。すでにスニーカーに履き替えているからいつでも帰ることはできるようだ。けれど彼女は、下駄箱に体を隠しながら外の様子をうかがっている。はたから見ると怪しい。実際、玄関前の廊下を歩く生徒たちがチラッと彼女を見てから通り過ぎて行った。

「なにしてるの?」

「ひゃいっ!」

 驚かせないように小声で話しかけたつもりが、逆に驚かせてしまったようだ。申し訳ない。

 恐る恐るといった風にゆっくりと後ろを振り返る。こわばった西島の表情が僕の顔を見て、安心したものに変わった。それを見て、なんとなく嬉しく思った。

「騙り部さん。校門のところを見てください」

 校内でその呼び名はやめてほしい。だが、そんなことよりも早く見てほしい、と言いたげな視線を送ってくるので黙って従う。校門前には見覚えのある顔の人が立っていた。

「どうしてここにあの人がいるんだろう」

「小須戸文哉さん……ですよね?」

 西島が緊張したような声で確認してくる。僕もその人だと思ったのでうなずく。

「騙り部さん。どうしましょう」

 緊張した顔をしているのに、声からは嬉しさや喜びなどの感情がよく伝わってくる。愛読している雑誌記事を書いたライターに会えることがよほど嬉しいのだろう。もしかして、昨日うらやましいと言ったのはこのことかな。憧れのライターと会って話すことができて、そのうえいっしょに仕事ができてうらやましい……と。

 けれど、少し違う気もする。それよりも緊張し続けている彼女をどうにかするのが先だ。

「とりあえず落ち着いて、西島さん」

「ひゃい!」

 これはダメだ。彼女一人で行かせたら何を言い出すかわからない。自分は不死身の化物で、オカルト雑誌で私を殺してくれる方を募集してください、なんてことを言い出しそうで怖い。

 小須戸がどうして秋功学園に来たのかわからないが、僕もいっしょに行って話をしてみようと提案する。西島はすぐに了承してこちらを急かす。こんなにも感情豊かな彼女を見るのは、初めてではないか。それが嬉しくもあり、なんとなく悔しくもあった。

「こんにちは、小須戸さん」

 僕が先に立って歩いて声をかける。すぐ後ろに隠れるように西島がついてきている。

「どうもどうも。こんにちは。えっと、古津……古津……」

「正語です。正しく語ると書いて正語です」

「そうでしたそうでした。すみませんすみません」

 小須戸は申し訳なさそうに何度も頭を下げて謝ってくる。人の顔と名前が覚えられないというだけはある。けれど、その声と動きには何となく違和感を覚える。気のせいだろうか。

「そちらの女の子はたしか……西島ふじみさんでしたね」

 こちらはピタリと名前を言い当てた。珍しい名前だから憶えやすかったのかもしれない。

 西島は相変わらず後ろに隠れて出てこようとしない。仕方ないので僕が話を聞く。

「こんなところへどうしたんですか? 学園になにかご用ですか?」

「ええ、ええ、そうなんです。私、取材に来たんですよ」

 また違和感。先ほどよりも大きい。嘘ではないが、本当のことを隠しているような言葉だ。

「もしかして取材というのは、オカルト雑誌の取材ですか?」

 突然、隠れていた西島が姿を現して質問する。

「ええ、ええ、よくご存じですね」

「はい。私、小須戸さんの記事を読みましたから」

「本当ですか? ありがとうございます。うれしいなぁ。それはうれしいなぁ」

 珍しい。人見知りするはずの西島が他人と会話している。しかも楽しそうに話をしている。少しわかりにくいが、顔色も声も教室にいる時よりずっと明るい。今の彼女に色紙とペンを持たせたら大喜びでサインをねだるかもしれない。その姿を想像したら少し笑えた。

 その後も西島の口が閉まる気配はなくどんどん言葉が出ていく。

「特に0番街の怪人とさつき野めい子さんの記事が好きです。何度も読み返しました」

「ああ、懐かしいですね。よく覚えていますよ。普段は全く売れない雑誌なのですが、その二つの記事を書いた時はいつもの二倍から三倍くらいの売上だったと聞いていますから」

「あの、もしよろしければ、どんな取材をして書いたのか聞いてもよろしいですか?」

 西島が期待と不安をいっしょに抱えるように尋ねる。

「ええ、ええ、いいですよ。といっても、大した取材はしていません。私は小さな事実を大量の嘘で塗りつぶしているようなものですから。ええ、ええ、売るためならなんでもしますよ」

 小須戸は苦笑しながら答えた。それからメガネを少し上げる。

「それは、どういう意味ですか?」

 小さな事実に大量の嘘? 

 その言いまわしが気になったので僕が尋ねる。西島はまだ期待と不安を抱えたままでいる。小須戸はまたメガネの位置を直してからゆっくり話し始める。

「0番街の怪人の記事を書いた頃、現実世界の人間が異世界へ行く話が流行っていたんです。そこで私は0番街へ行って良さそうなお店を見つけました。そしてこう書きました。その店には現実世界と異世界を行き来する怪人がいて、そいつに気に入られれば異世界へ行けると。おかげで普段雑誌を買わない人たちも『異世界』という表紙の単語に惹かれて買ってくれました。そうそう、実際に雑誌を持って0番街へ行ったという人もいるみたいです。だけど、笑っちゃいますよね。0番街の怪人なんていないし、異世界なんてあるわけないじゃないですか」

 小須戸は口元を手で隠して笑った。けれど、悪意は全く隠せていない。

 しかし、まさか本物の化物がいるとは想像もしなかっただろう。本物の0番街の怪人ではないが、それ以上に恐ろしい化物があそこにはいる。その恐ろしさは人間の創造を絶する。果たしてあそこを訪れた人たちはどこへ行ってしまったのだろう。

「さつき野めい子さんも同じですね。あの時はいくつも仕事が重なってしまって大変な時期でした。そんな時、さつき野駅周辺に不審者が出るという噂を聞いたのでそれを使おうと思いました。そのまま書いたらおもしろくないので少し誇張して書きましたが、今でも子どもや不良が石を投げて不審者から逃げられるか度胸(どきょう)試(だめ)しのネタにしているみたいですね。あはは」

 なるほど。小さな事実に大量の嘘とはそういうことか。その意味はわかった。

 けれど、その話をして笑う意味がわからない。僕には笑えるところが一つも見つからない。

「小須戸さんは……あまり取材せずに記事を書くのですね……」

 それは西島も同じようだ。抱えていた期待はこぼれ落ち、不安は落胆に変わっている。

「誤解させたらすみません。だけどお二人も聞いたことがありませんか。『出版不況』という言葉を。都会の出版社でも本が売れなくて困っているけど、地方の出版社はもっと困っています。マイナー雑誌が生き残るためには何でもやるしかないんですよ。わかってください」

 生き残るためならなんでもする。その心がけは悪くない。むしろ良いとさえ思う。

 しかし、目的のために誰かに傷つけたり悲しませたりするのは良くない。むしろ悪い。最低な行為としか思えない。

 父の言っていたことがよくわかった。この人の嘘は汚くて醜い。騙り部とも、0番街で会った化物とも違う嘘だ。作家として仕事の付き合いなら仕方ないけれど、一人の人間としては関わりたくない人だ。

 ふと視線を感じたのでそちらに目を向けると、学園の警備員と教師がこちらを見ながら話をしているようだった。敷地外とはいえ、校門の前で生徒と見知らぬ女性が話しているところを疑っているのだろう。一人は大事故から生還した女の子で、もう一人はとても髪の短い女性だ。どちらも目立つといえば目立つかもしれない。

「すみません。僕たちはそろそろ失礼します。取材がんばってください」

 僕は小須戸に頭を下げる。それから意気消沈している西島にも声をかける。

「そろそろ帰ろう」

「……はい」

 ひどく虚ろな表情になっている。そしてそれは声にも表れている。

「ああ、ああ、ちょっと待ってください。最後にこれをもらってください」

 しばらく歩くと、慌てて追いかけてきた小須戸が鞄を探(さぐ)る。中身がちらっと見えたけれど、紙や本がぐちゃぐちゃで入っている。その中から名刺を二枚抜いて僕たちに渡してくる。

「すみませんすみません。先日お渡しするのを忘れてしまって失礼しました」

 また違和感を覚える。けれど嘘は言っていない。僕は頭を下げて無言で名刺を受け取った。西島にも小須戸の手から名刺が渡される。

「いたっ!」

 次の瞬間、すぐ隣で小さな悲鳴があがる。驚いて見ると、西島の右手の指から赤い血が流れていた。それは白い名刺にも付着してしまっている。紙とはいえ、人の指が切れることはある。名刺をもらう時に切ってしまったのだろう。だが、その予想は嫌な意味で裏切られる。

「ちょっと! なにやってんですか!」

 小須戸に向かって大声で注意する。彼女は手をすぐ後ろにまわしてしまうが、カミソリの刃を持っていたのが見えた。おそらく西島に名刺を渡すタイミングに合わせて使ったのだろう。

「すみませんすみません。でも大丈夫ですよ。少し切っただけですから」

 ゾッとした。その言葉のあまりの軽さに。

 この人は申し訳ないと少しも思っていない。人に嘘をつかれた時以上の気分の悪さを感じた。

「はいはい。ちょっと失礼しますね」

 小須戸が僕を押しのけるようにして西島に近づいた。そして切った指を確認して笑った。

 人を傷つけておいて謝りもしない。それどころか笑っている。僕の怒りが頂点に達した。

「小須戸さん。あなたは自分がなにをしたのかわかっていますか?」

 こちらの問いかけに答えず、感心したような笑みを浮かべ続けている。

 どうしてこの人は笑っていられるのだろう。どうして他人に無関心でいられるのだろう。

 そちらがそのような態度をとるなら、こちらもそれなりの対応をする。僕は無言で西島の背に手をまわして帰ろうと促す。彼女はうつむいたままだが、足を動かしてくれた。

「ちょっとちょっと! 待ってください。まだ取材は終わっていませんよ」

 は? 取材? なにを言ってるのだ、この女は。どこまで人を不愉快にさせる気だ。

「こんなに傷の治りが速いなんてビックリですね。いやあ、噂は本当だったんですね」

 そこでようやく先ほどの行為の意図に気がついた。

 だが遅い。遅すぎる。冷静さを欠いたせいで大事な選択肢を間違ってしまったのだから。

「はいはい。それではあなたを取材させてください。西島ふじみさん。いえ……不死身の化物」

 小須戸はメガネを押し上げて僕らを視界に捉える。

 メガネの奥には、全て話すまで絶対に帰さない、という強い意志を感じさせる目があった。

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