家族会議
「そういえば正語とふじみちゃん。今日はいっしょに帰ってきたんだってな」
夕飯を食べ始めてすぐに父が口を開く。その瞬間、僕の箸が止まった。
古津家では食事中にテレビを見てはいけないとか私語をしてはいけないといった規則はない。そもそも騙り部に口を開くなという方がおかしい。祖父母がいっしょだった頃は今以上に賑やかで騒がしい食卓だった。今日はなにをした、なにを見た、こんな嘘をついて人を笑わせたという話題でよく盛り上がっていた。話すのは父か祖父で食べることよりも話すことに夢中になりすぎて母や祖母によく怒られていた。今となっては懐かしい思い出だ。
「どうした? なんか変なことを言ったか?」
なかなか返事しないことを不審に思った父が再度尋ねてくる。すぐに僕は首を横にふる。
「うん。たまたま帰りがいっしょになったから……」
嘘はついていないから問題ない。それから箸をしっかり持って動かす。
「なるほど。それで、どこへ寄っていたんだ?」
「え、どこへ?」
「どこか寄っていたからいつもより帰りが遅くなったんだろ? 違うのか?」
正直にさつき野駅へ寄っていた、と言うべきか。だがそう答えると、どうしてそんなところへ行っていたのか、と聞かれる流れになる。そうなるとさらに答えづらいことを答えなければならない。さつき野めい子さんを探していたと正直に答えるわけにはいかない。けれど、適当に嘘をついたりごまかしたりしてもすぐにバレる。騙り部に嘘は通用しないのだから。ふと熱い視線を感じたので顔を向けると母が鋭い目つきでこちらを見ていた。
「0番街には行ってません! 嘘じゃないです! 信じてください!」
また説教されるのは困るのですぐに答える。だが、父にはなんと答えたらいいだろう。
「今日は、さつき野駅へ行っていました」
隣の席でみそ汁をすすっていたはずの西島があっさりと答えてしまう。
すぐにでも立ち上がってこの場から離れたいが、そういうわけにもいかない。
「さつき野駅? どうしてそんなところへ?」
「さつき野めい子さんを探していました」
「さつき野めい子さん?」
まずい。これは非常にまずい。
西島と父親のやりとりは僕が予想していた通りにどんどん話が進んでいく。そして話はより面倒な方へ向かっていく。
「0番街では0番街の怪人を探していました」
母に説教された時も決して言わなかった0番街へ行っていた目的も話してしまう。どうして今になってそのことを話してしまうのか。すぐにでも西島の口をふさぎたかったが、もう遅い。すでに彼女の言葉は両親の耳に届いてしまっている。
「さつき野めい子さんに0番街の怪人……ね。それが誰なのかなんなのかわからないけど、ふじみちゃんはどうして探しているんだ?」
「それは……」
父からの質問にすぐ答えず、ほんの一瞬だけ僕の方を見た。それからゆっくりと口を開く。
「殺してもらうためです」
「ちょっと待って西島さん。なにを言うつもり?」
言うな。なにも言うな。目でそう訴えかけるが、西島はこちらを見ようともしない。
「殺してもらうためです。不死身の化物である私を殺してもらうためです」
明るく楽しかったはずの食卓が一瞬にして暗く重苦しいものに変わった。
「私は騙り部さんに殺してほしいとお願いしました。化物を倒したという伝説のある家系の人なら、不死身の化物の殺し方も知っているのではないかと思ったからです。でも、残念ながら断られてしまいました」
僕は開いた口がふさがらず、両親は口を固く閉じている。西島はそのまま話を続ける。
「そこで私は騙り部さんといっしょに化物を探すことにしました。騙り部さんが殺してくれないのなら、他に化物を殺す術(すべ)を知っているとしたら同じ化物だと思ったからです。私を殺してくれるのなら、どんな方法でも誰でも良いのです」
西島は淡々とした口調で話している。けれど、なんとなく違和感を覚える。
殺してほしいと頼まれたことも殺してほしいと思っていることも事実だ。それらは嘘ではない。だが、言葉の中にほんのわずかな嘘が感じられた。
「ふじみちゃんが不死身の化物……か」
ずっと黙って話を聞いていた父が口を開く。
「嘘だと思うなら実際にお見せします。すぐに信じてくださると思いますよ」
実際に見せるとは、おそらく刃物で自分の体を傷つけるつもりだろう。秋功学園の幸福のもみじの下で僕に見せた時のように。
だが、それだけはさせない。テーブルの下で西島の手をしっかりと握って動けないようにする。彼女は手を振りほどくこともやめてほしいと言うこともなく、じっとそのまま座っている。
「いや、その必要はない。俺には嘘と真実が一発で見抜ける。そうでなければ騙り部一門九代目頭領は名乗れないからね」
父親のまとう空気が一瞬にして変わった。父親の顔でも小説家の顔でもなく、騙り部一門の頭領の顔つきになっている。普段の嘘や冗談ばかりついている姿からは想像もつかない。母親の方を見ると、いつになく嬉しそうな顔をしていると思った。
「あれ、俺って九代目だよな? えーと、親父が七、いや八代目だから……ああ、合っている」
前言撤回。やはり父はいつもの父だ。だが、逆にそれが恐ろしいと感じることもある。嘘と冗談ばかりで人を煙(けむ)に巻きながら、その実しっかりとこちらの様子をうかがっている。なにも考えていないように見えてしっかりと考えていたり、感覚的な文章を書くと思ったら論理的な文章を書いたり、人としての器が底知れない。
言葉には出さないが、父親として、小説家として、そして騙り部として尊敬している。だが決して口には出さない。なんかムカつくから。
ふと気づけば父がこちらを見て笑っている。僕が考えていることに気づいたのかと思ったが、すぐに西島の方を向いて話を戻す。
「さっきからふじみちゃんが言っている騙り部さんというのは正語のことかな」
「はい、そうです」
「なるほど。だけど俺も騙り部だよ?」
「私にとって騙り部はこの人だけです」
その時、テーブルの下で握っていた西島の手に熱と力がこもった。僕は気恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。それでも握った手は離さない。
「すみません。失礼なことを言ってしまって……」
「いやいや、気にしなくていいよ。なら、やっぱり俺のことはお義父さんって呼んでほしい」
父よ。こんな時になにを言っているのだ。
「私のことは、お義母さんって呼んでくれていいんだからね?」
おお……母よ。あなたもか。
「ふじみちゃんは死にたいんだよね?」
「いいえ。死にたいのではありません。殺されたいのです」
死ぬと殺される。迎える結末はどちらも同じだとしてもそこに至る過程は異なる。
どうして死にたいではなく殺されたいなのか。それはきっと、今までに何度も死ぬこと、もしくは死に近い経験をしているからではないか。きっと春の大事故以外にも。
その答えは西島に聞けば教えてくれるだろう。なんのためらいもなく、あっさりと答えてくれるだろう。その日食べた朝食を答えるのと同じくらいあっさりと。彼女にとって死とはそれほど日常に近い存在でそれだけ多くの死を経験してきたから。
「俺は死んだことがないから知らないけど、痛みも苦しみもなく楽に死ねるとは限らないよ? 血を吐いて地べたをのたうち回ってもなかなか死ねなくてようやく死ぬってこともあるよ?」
「はい。知っています」
文字通り、身をもって知っているという顔だ。
そんな彼女になにもしてあげられないのが辛く悲しい。僕は無意識のうちに唇を噛んだ。
「どうしても生きていたくないんだね?」
父が尋ねる。
「はい。どうしても生きていたくないのです」
西島が答える。
「よく考えて出した結論なんだね?」
「はい。何度も何度も考えて出した結論です」
ほんの少しだけ沈黙があった。だがそれは悩んだわけではなく、言葉を選んだからだろう。彼女が何度も何度も経験しただろう、傷ついて苦しんで、という思い出したくもない思い出。体には傷が残らないが、心には傷が残っている。そしてそれは今も傷つき続けている。
「ふじみちゃんの言いたいことはわかった。でも一つだけ約束してほしいことがある」
「はい。なんでしょうか」
「俺も楓さんも、ふじみちゃんのことを大切な家族だと思っている。だから、君が急にいなくなるとさびしい。できれば、いなくなる前にお別れのあいさつだけはさせてほしい」
「それは……」
西島が言葉に詰まる。
会話を聞いていた僕はテーブルを両手で叩いて立ち上がった。
「ふざけるなよ!」
大きな声をあげてにらみつける。だが父は平然とした顔をしている。
「なんだよそれ。嘘でも冗談でもつまらない。笑えないし腹が立つ。騙り部の嘘は人を傷つけたり悲しませたりしないんじゃなかったのかよ。そんなの騙り部じゃないだろ!」
そのまま感情に任せて怒りを込めた言葉をぶつけていく。それでも父は涼しい顔をしている。母の方を横目で見ると、止める気配も怒っている様子も見えない。
「死のうとしている女の子を止めないのかよ! 西島のご両親に申し訳ないと思わないのか。友達の娘を引き取ったのにどうしてそんな無責任でいられるんだよ。おかしいだろ!」
「正語」
「なんだよ」
「冷静になれ。そうでないと選択肢を間違えるぞ」
父は余裕たっぷりといった感じの笑みを浮かべながら話す。
イラっとした。指摘があまりにも的確だったから。冷静になってから父親の言葉を思い返してみると、それは嘘でも冗談でもなかった。それらは全て事実だ。嘘しか言わない騙り部のくせに、嘘偽りのない言葉しか発していなかったのだ。だが、それは余計に僕を混乱させる。
「だったら……だったらどうして、西島を止めてくれないんだよ。なんでだよ……」
まだ若い人間の女の子が死にたい、殺されたいと嘆いている。人生を捨てようとしている。これからまだ楽しいことやおもしろいことがあるかもしれないのに、この世に絶望している。そんな彼女を僕は救いたいと思っている。それなのにどうして……。
「正語。それはお前の、人間のわがままだよ。お前は一度でもふじみちゃんの気持ちを考えたことがあるか? 自分のわがままを押しつけていないか?」
父の指摘がまた胸に刺さる。普段は嘘や冗談ばかり言っていて、母からいつも怒られているくせに、どうしてこんな時だけしっかりしているのだ。その指摘が的確で、至極当然の正論で、全く言い返す余地がないところがまたムカつく。
「ふじみちゃんの体のことはご夫婦が亡くなる前に聞いていたよ。どんなに小さな傷でも一瞬で治してしまうと。それが人間の治癒力なのか、化物の特性なのか、俺にはわからない」
「親父も化物だと思っているのかよ。西島は人間だろ。だって普通の人間の姿をしていて、みんなと同じように食事をして、みんなと同じように学校に通って生活しているんだから……」
「正語。だから冷静になれ。それもわがままだよ。勝手に自分の物差しで測ったらダメだ」
またやってしまったと感じて顔が熱くなった。
「人間はどんなにがんばっても百年くらいしか生きられない。でもふじみちゃんはその治癒力があれば百年以上は生きる可能性がある。何百年、何千年と生き続けるかもしれないな。だが、もし生きられたとしたらそいつは果たして人間なのか、それとも化物なのか」
父親が意地悪な質問を投げかけてくる。僕はすぐに回答できない。
「その頃には俺も楓さんも、正語も死んでしまっている。自分たちは先に死んでしまうのに、いつ死ねるかもわからないまま生き続けろなんて……それこそ無責任だと思わないか?」
化物と
父親の言葉に半分は納得しているが、もう半分は納得していない。
当然だ。僕は西島に生きていてほしいと思っているのだから。殺されたいと言っているが、殺させたくない。たとえ化物と恐れられても生きていてほしい。けれどそれは、僕のわがままでしかないのだろうか。
「俺は西島夫妻からふじみちゃんを預かると決めたとき、楓さんと相談した。ふじみちゃんの将来はふじみちゃん自身が決めるべきだと。高校を卒業してすぐに働きたいなら働けばいい。大学へ行きたいなら学費を出そう。すぐに高校をやめてこの家を出ていきたいと思っているならそれも止めない。もちろん出て行った後でも戻ってきてくれたっていい。全て自由だよ」
だから西島が生きることも死ぬことも自由だと言いたいのか。僕にはとても理解できない。
「どうして……どうして私のためにそこまでしてくださるのですか?」
長く沈黙していた西島が重い口を開いた。
「言ったじゃないか。ふじみちゃんは家族だから。大切な家族のためならなんでもするさ」
嘘偽りのない答えだった。その言葉に父親の想いが全て集約されている。
「だから正語。ふじみちゃんのことを頼んだぞ。これは騙り部一門九代目頭領である俺からの命令だ!」
こんな時だけ頭領の権力を振りかざしやがって。ふざけている。
けれど、その一言で食卓に漂っていた重苦しい空気が一瞬にしてなくなった。
「私は化物です……」
西島が顔をうつむかせたまま口を開く。
「私は不死身の化物です……」
彼女の表情は見えないけれど、その声には悲しみが帯びているのがわかった。
「人間の苦しみは人間にしかわかりません。化物の辛さは化物にしかわかりません。だから」
だから……。
その後に続く言葉はなかった。
西島が立ち上がって部屋を出ていってしまったから。
「正語!」
父親に呼ばれるよりも先に体が動いていた。すぐに廊下へ出ると、走っていく西島の背中が見える。大丈夫だ。まだ追いつける。
玄関へ向かうと彼女が戸の鍵を開けて外へ出ていくところだった。
僕は靴も履かずに追いかけていく。外に出るとどしゃ降りの大雨だったが、気にせず走り抜ける。
「西島さん!」
雨の中で呼びかけが届くかわからなかったが、できる限り大きな声で呼ぶ。彼女は振り向いてくれない。それでも大きな声で呼び続けた。すると不思議なことに少しずつ走る速度が落ち始め、そのうち歩みに変わり、最終的には足を完全に止めてしまう。
「良かった……。止まってくれた……。西島さん、大丈夫?」
僕も彼女も頭の上から足の先まで全身ずぶ濡れだ。
「私は化物です……」
西島がこちらに顔を見せないようにしながら話す。僕は黙って話を聞くことにした。
「私は不死身の化物です……」
西島ふじみは化物ではない。
西島ふじみは人間だ。
誰がなんと言おうと人間である。
これが僕のわがままで、僕だけの物差しで測ったものだとしても、今でもそう思っている。
「人間の苦しみは人間にしかわかりません。化物の辛さは化物にしかわかりません。だから、人間に化物の苦しみや辛さがわかるわけありません……。だから放っておいてください……」
人間の苦しみは人間にしかわからない?
化物の辛さは化物にしかわからない?
それなら、西島ふじみの苦しみや辛さは西島ふじみにしかわからない?
それこそ勘違いというものだ。
「西島さんは人間のことを誤解しているよ。人間は自分以外の人間の苦しみを完璧に理解できるわけないし、そもそも理解する気がない奴だっている。化物の世界は知らないけど、人間と大差ないんじゃないかな。いや、むしろ他の奴を理解しない奴の方が多そうだなぁ」
みんながみんな、他人の痛みや苦しみを理解できるとしたらどんなに過ごしやすくなるだろう。もしそうなったらいじめや差別、殺人や戦争がない世界になるのかな。
「人間の僕には、化物の西島さんの辛さや苦しみを理解できないと言いたいのかもしれない。それでも僕は君のことを理解したいと思っているよ」
たとえ完璧には理解できないとしても、理解する努力をしたい。もちろんこれは嘘じゃない。
「西島さん?」
ずっと反応を見せない西島を心配して声をかける。それでもまだ反応はない。
「大丈夫?」
顔をうつむかせているのでどんな表情をしているのかわからない。勝手なことを言ってしまって怒っているかもしれない。いや、泣いているかもしれない。
「私は……化物、です。化物が……泣くわけ……ない、です」
西島は小さな声でつぶやいた。今なら雨も涙もいっしょに流れていってしまう。
だから嘘か本当か、僕には判別がつかない。
それに、そんなのどちらでもいい。
「帰ろうか」
僕には女の子を慰められる気の利いた言葉や冗談は言えないけれど、手を差しのべることはできる。
そして彼女は、いつだってその手を握り返してくれる。
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