四本目『奴隷の少女エリス』
「まさかアステール家から仕事の依頼がくるとは思いませんでしたねぇ」
帽子を被った奴隷商人のスピアが、荷馬車を屋敷の馬留に止める。広大な敷地を持ち、王国でも有数の権力を握るアステール家は、清廉潔白な領主が治めてきたため、今まで奴隷商人と接点を持つことはなかった。
「息子に領主の座を譲るとの噂を聞きましたが、どうやら本当のようですね」
スピアはアステール家の嫡男が部屋に引きこもっている落ちこぼれだと噂を聞いていた。そのような落伍者なら欲に任せて奴隷を求めたとしても不自然ではない。
「エリス。ここがお前の新しい家だ」
スピアは首輪に鎖を繋いだ少女を荷馬車から下す。エリスと呼ばれた色白の肌に虹色の羽を持つ彼女は、秘境の森にすむフェアリー族の一人である。フェアリー族の特徴である赤い瞳と銀色の髪が陽光に反射して輝いて見えた。
「私は運がいい。フェアリー族を仕入れたタイミングで、奴隷が欲しいとの依頼を頂けるとは。日頃の行いが良いからでしょうね」
フェアリー族はその美しさから、多くの権力者に求められてきたが、秘境に住む彼女らは数が少なく、その希少性も相まって、値段は他の奴隷と比べても桁違いに高い。並みの貴族では手を出せる価格ではなかった。
「ですがアステール家ならフェアリーを買う資金力について心配ありません。はたしていくらで売れるのやら」
スピアはエリスを売って得られる金を想像し、下卑た笑みを浮かべる。そんな奴隷商人を彼女は冷めた目で見つめる。
(人間なんて最低な奴らばっかり……友達も家族もみんな、醜い人間に買われていったわ)
エリスの暮らしていた集落は奴隷狩りの被害に遭い、一人の例外もなく奴隷として売られてしまった。人間たちの高値で売れそうだと喜ぶ醜い姿は瞼に焼き付いている。
(私が裏切れば他のフェアリー族に迷惑がかかるし、そもそも私一人の力では逃げることさえできない。でも私は絶対に屈しないわ。どんな醜悪な男が主人になっても、仲間たちのために耐えてみせる!)
エリスは心の中で意気込むが、彼女の意思と反して手は恐怖で震えていた。
「失礼のないようにな」
スピアは鎖を引いて、屋敷の中を進む。目に映るのは品の良い調度品ばかり。森の中で暮らしてきたエリスでは目にしたことのない光景が広がっていた。
「ここがお前を買ってくれる主人のいる場所だ」
スピアは重厚な扉を開けて、部屋の中に入る。そこには黒髪黒目の顔立ちが整っている少年、ヒイロが椅子に腰かけていた。
「本日はお招き頂きありがとうございます。私はスピア。そしてこちらの奴隷がヒイロ様に買っていただきたい商品になります」
「フェアリーか……」
「よくご存知ですね。さすがはアステール家の嫡子様です……伝説の種族、フェアリーなら、ヒイロ様の求められていた人の注目を集めることのできる奴隷にピッタリかと」
「素晴らしいな……」
ヒイロはエリスの虹色の羽を物珍し気にマジマジと見つめる。
(こいつが私の主人になる男ね……まぁ、顔は好みのタイプだけど、奴隷を購入するようなゲスだもの。中身が最低だと折角の外見が台無しね)
「エリスは両親が学者だったこともあり、頭の回転も速いです。ヒイロ様の要望にピッタリの奴隷ではありませんか?」
「気に入ったよ。この奴隷……エリスを買うことにする」
「即決とは気前がいい。金額はこんなもので如何ですか?」
スピアはヒイロの耳元でコソコソと金額を伝えると、ヒイロはそれならばと、提示された金額に納得する。
「まいどありがとうございます。ではこれでエリスはヒイロ様のものです。好きなだけ楽しんでください」
スピアはそう言い残して部屋から立ち去ろうとするが、ドアノブに手をかけたところで、「そういえば……」と振り返る。
「エリスはまだ異性を知りません。初めての時は優しくしてあげてください」
スピアはそれだけ言い残し、部屋から立ち去る。静寂に包まれた部屋にヒイロとエリスだけが残された。
「さっそくだが、君にお願いしたいことがある」
「か、覚悟はできているわ。好きに命じなさい」
(私は奴隷。命令されたら抵抗なんてできないもの……)
エリスは覚悟していたものの、これから自分の身に起きる不幸に喉を震わせる。
「君には皆を楽しませてもらう」
「う、嘘でしょ。相手はあなたじゃないの!?」
「俺が楽しんでも仕方がないからな」
「うっ……っ……」
エリスは初めての相手がヒイロではなく、会ったこともない第三者、それも複数人だと聞かされ、目尻に涙を浮かべる。
「もしかして嫌か?」
「あ、当たり前でしょ。私、初めてなのよ」
「誰だって最初は初めてだ」
「そ、そうだけど、そうなんだけどぉ!」
「困ったな。これには俺の人生がかかっているんだが」
「じ、人生!」
大勢でエリスを辱めることがいったいヒイロの人生にどう影響するのか、その言葉の意味を考え、一つの結論に至る。
(なるほど。きっと領地に大きな反乱が起きようとしていて、私を慰み者とすることで民衆の機嫌を取るつもりなのね……なんて卑劣な男なのかしら)
「最初は恥ずかしいだろうが、すぐ慣れる。我慢してくれ」
「す、好きでもない人を相手にして嫌悪感が消えるはずないわ!」
「確かに自分を嫌うアンチを相手にするのは辛いし疲れる。だがそういう相手を乗り越えてこそ人として成長できる。そうだろ?」
「成長するどころか、人としてどんどん堕ちていくわよ!」
「困ったな。できれば自主的に頑張って貰いたいのだが……」
「ふん。私の命は買われたけどね、心までは譲れないわ。私を慰み者にしたいのならすればいい。だけど覚えておくことね。私は末代まであなたのことを恨み続けるから」
「そこまで嫌なら仕方ないか……君にはアイチューバーとしてデビューして貰いたかったのだが……」
「ええ。絶対に私はアイチューバーになんか……ならな……いっ……アイチューバーって何?」
エリスは頭の上に疑問符を浮かべる。事態は彼女の想像とは違う方向に転がっていくのだった。
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