幕間『三大貴族の憂鬱』
王国の宝とも称される白亜の王城に、王国の重鎮たちが集められていた。その中には国王は元より王国内でも飛び抜けて強大な権力を持つ三大貴族の領主たちも含まれていた。
三大貴族とは商業を得意とするメリアル家、農業を得意とするブランドール家、そして有力な武将や将軍を輩出してきた軍事力を得意とするアステール家のことを指す。それぞれの領主は王座に座る国王の前に跪いていた。
「面を上げよ」
国王の許しを得て三人は顔をあげる。
メリアル家の領主メーリアはまだ十代にも関わらず威厳を感じさせる風貌の少女で、腰まである茶髪が特徴的だった。
ブランドール家の領主ブランは棘のない優男だ。いつも笑いを絶やさない平和主義者で、怒っているところを見た者がいないほどだ。
アステール家の領主クルトは自宅にいる時と違い巌のような雰囲気を纏っている。剣豪の称号を持ち、武力で英名を高めてきた男の姿がそこにはあった。
「大事な用事があると聞いたので参りましたが、アステール家の成り上がりまでいるのですね」
「守銭奴のメリアル家が招かれるのだ。王国の剣であり盾であるアステール家が招かれるのは必然だ」
「まぁまぁ、二人とも喧嘩しないで。仲良くしましょうよ」
メリアル家とアステール家は犬猿の仲だった。それは古くからの有力貴族であるメリアル家が、シルバの功績で権力を掴んだアステール家のことを成り上がり者だと見下しているからだった。
そんな両家の対立を中立な立場にいるブランドール家が宥める。それはいつもの光景だが、唯一違う点があった。
いつもなら微笑ましく三家の様子を見守っている国王が深刻そうな顔でため息を吐いていたのだ。その態度に三人の領主は事態の深刻さに気付かされた。
「集まって貰ったのは他でもない。帝国に不審な動きがあるのだ」
帝国は王国と敵対する国家であり、世界の二大国家の一つでもある。王国以上の領土と軍事力を有し、周辺諸国へ侵略する機会を常に伺っていた。
「帝国と戦争になるなら、アステール家の力を見せるとき。王よ、我が力をご覧に見せます」
「いいえ、戦争は金です。我がメリアル家の資金力さえあれば、帝国を跳ね返すことなど造作もありませんわ」
「いえいえ、二人とも忘れてはいけませんよ。戦争で一番重要なモノは兵站です。我がブランドール家の力こそ戦争で最も必要となります」
三大貴族は自分の領地を愛する気持ちと同等に、王家への忠誠を誓っていた。王国のために尽力してくれる家臣がいることに、国王は僅かばかりに口角を吊り上げる。
「諸君ら三大貴族がいれば帝国など恐れる必要はない……と断じたいところではあるが、不安要素があるのだ」
「不安要素?」
「一つ目は帝国によって王国の勇者が引き抜かれたこと……」
「勇者でありながら王国を裏切る者がいるとは……」
「どこの馬鹿ですの、その勇者は」
「申し訳ない。私の失態です」
ブランは重々しく頭を下げる。王国の勇者は三人おり、一人はアステール家の抱えているリザ、残り二人はメリアル家とブランドール家にそれぞれ養子として迎え入れられている。
今回、王国を裏切り帝国へと寝返ったのはブランドール家の勇者だった。友好的な関係にあるブランの失態を責めることはできないと、メーリアとクルトは黙り込むことしかできなかった。
「逃げられたのなら仕方あるまい。むしろ裏切られたタイミングが戦争中でなかっただけ幸いだったのだ」
「王よ……心優しきお言葉に感謝します。ですが、これで王国の勇者は残り二人。アステール家の勇者はまだ若く、メリアル家の勇者は――」
「期待しない方が賢明ですわ」
メリアル家の勇者は実力的には申し分ないが、人間性に問題があった。戦場へ投入するのはリスクが高すぎるとメーリアは首を横に振る。
「もし帝国と戦争になれば勇者が敵になり、軍事力も相手の方が上。厳しい戦いになるのは避けられまい」
王の不安の吐露に、三人の領主たちも憂鬱な表情を浮かべる。何か手はないかと頭を悩ませていると、メーリアが閃いたとパっと表情を変える。
「まだ強大な戦力がいますわ!」
「そうか、あの男が!」
「王国軍の大将軍、魔法剣士のリヒト様ですね」
王国内で勇者に匹敵する実力を持つ魔法剣士リヒト。魔法と剣を組み合わせた攻撃は、勇者でさえ無傷ではいられない。魔法と剣術、どちらにも優れたその武勇は、諸外国にまで轟いていた。
「残念だがリヒトには期待できないのだ」
「まさかリヒトも裏切ったのですか?」
「いいや、敗れたのだ。しかもアステール領でたまたま出くわした少年にやられたそうだ。自信をなくした彼は、将軍を引退し、余生は田舎で暮らすとのことだ」
「なんてことだ、あの最強剣士が……」
剣豪であるクルトも認めていた男が少年に敗れたという事実に、場の空気は緊張に包まれる。だがただ一人、メーリアだけはこれを好機だと見なしていた。
(魔法剣士リヒトを倒すほどの実力者が世にいると知れたのです。むしろさらなる戦力を獲得する好機ではありませんか。もしその男を我が領地に取り込めば、王国内での発言力は三大貴族の中でもメリアル家が頭一つ抜けた存在になれる。帰ったらすぐに調査団を派遣しなくては)
メーリアは悪だくみを企むように、クスクスと笑う。その笑みに気づいたクルトは不審げに彼女の顔をジッと見つめた。
「何か楽しいことでもあったのか?」
「いいえ、ただアステール領のお得意の軍事力が帝国との戦争でも通用するのか心配していただけですわ」
「それなら問題ない。なにせ我が領地には優秀な兵士が大勢いる。それに何より息子のヒイロがいるからな」
「ヒイロ……」
「どうかしたのか?」
「い、いいえ、何でもありませんわ……彼は元気かしら?」
「十分すぎるほどにな」
「そう……それは良かったですわね……」
メーリアは先ほどまでの領主らしい毅然な態度を崩し、頬を赤らめて口元を緩める。それはまるで恋する乙女のような表情だったが、そんな彼女の様子に気づいた者は誰もいなかった。
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