三本目『盗賊、成敗してみた』


 ヒイロはリザのアドバイスを受けて、一人神殿を訪れていた。彼を絶望の淵へと追い込んだ苦い思い出の詰まった場所だが、陽光を反射するような大理石の壁やステンドグラスに描かれた天使たちは、そんな思い出を吹き飛ばすほどに美しかった。


「ヒイロくん、久しぶりじゃのぉ」

「神父様……」


 ヒイロは変わらない神父の白髭を見て、ゴクリと息を呑む。職業が動画配信者だと知らされた時の恐怖は今の彼にはない。


「なぜなら今の俺は勇者だからだ」

「何か言ったかのぉ?」

「いいや、何も。それよりも職業の託宣を再度頼みたい」


 ヒイロは成長補正がゼロだとは思えないことや、職業のクラスアップが起きたのではという推測を語る。珍しいが職業のクラスアップが起きることは、神父も知っていたため、神に祈りを捧げるように、ヒイロの職業を神に訊ねる。


「ヒイロくん、驚きじゃ。なんと君の職業は――動画配信者じゃね」

「嘘だろおおっ!!」


 ヒイロは自分が勇者になれたと信じていたのに、その期待はあっさりと裏切られてしまう。


「何も成長してないのかよぉ!」

「いいや、そんなことはないぞ。儂は言ったじゃろ。驚きの結果じゃと」

「どういうことだ?」

「ヒイロくん、君の成長補正は三百になっておる」

「さ、三百!!」


 剣豪や賢者で五十、最上位職の勇者でさえ成長補正は百しかない。それにも関わらず動画配信者の成長補正が三百だという話を信じられるはずもなかった。


「しかも魔法と剣術以外の筋力や頑丈さなどの成長補正もすべてが三百になっておる。長いこと神父をしておるが、これほどに高い数値、見たことがない」

「だがどうしてゼロから三百に増えるんだ」

「もしかするとヒイロくんの職業、動画配信者は成長補正が可変型なのかもしれん」

「可変型?」

「剣豪や賢者、そして勇者も含め世のほとんどの職業は、最初から成長補正が決まった値になっておる固定型じゃ。しかし世の中には変動タイプが存在する」

「そういえば書物で見た覚えがある。確か龍騎士がそうだよな?」

「その通りじゃ。龍剣士は上位職であるにもかかわらず、成長補正は十しかないと思われておった。しかし龍騎士には隠された力があったんじゃ。それこそが成長補正の変動補正じゃ。龍を一匹狩るたびに、成長補正が一上がる可変型だったんじゃ」

「それなら俺の成長補正も何かに連動して上がったということか?」

「なにか三百という数字に心当たりはないかのぉ?」

「あっ」


 ヒイロはすぐにチャンネル登録者数が三百人に到達したことを思い出す。そしてその仮定が正しければ、最初の成長補正がゼロだったことにも説明がつく。


「成長補正三百でも十分凄いのに、もしヒカリさんのような百万人を超えるトップアイチューバーになれば、指一本で世界征服できるんじゃないか」


 ヒイロは自分の能力が途方もなく進化できることに身体を震わせる。そんな時だ。神殿の中にまで届くような怒鳴り声が響く。


「揉め事か……なら動画撮影のチャンスだ」


 ヒイロは喜々として、神殿を後にする。彼はアイチューバーとして、騒ぎの中心へと向かう。


 怒鳴り声を発していたのは一見すると盗賊に見える髭面の男だった。彼は金髪青眼のエルフの腕を掴み、何かを問い詰めている。


「こんなチャンスを逃したらアイチューバー失格だからな」


 ヒイロはパーソナル・コンソールを起動し、動画の撮影を開始する。タイトルには「盗賊、成敗してみた」と記されていた。


『異世界からこんにちは。俺はヒイロ。十五歳の貴族だ。今日は動画を投降する予定はなかったが、エルフが盗賊に襲われていたので、緊急で放送開始だ』


『おい、何を揉めているんだ?』

『なんだ、てめぇ!?』


 ヒイロが問いかけると髭面の男は視線で近寄るなと告げる。それとは対照的にエルフの少女は縋るような視線を彼へと向けた。


『その手を放せ。嫌がっているだろ』

『こっちの話だ。邪魔するんじゃねぇ』

『そうもいかない。困っている人を放っておくのは信条と反するからな』

『あんまり俺を怒らせると痛い目に遭うぞ』

『面白い冗談だ』


 昔のヒイロならともかく、現在のヒイロは勇者を超えた成長補正三百の怪物である。並みの盗賊など脅威にすらならない。


 ヒイロは髭面の男の手をエルフから引き剥がすと、「逃げていいぞ」と伝える。彼女はヒイロの好意に甘えるように、その場を後にした。


『……逃がした責任はとってもらうぞ』


 髭面の男はヒイロがエルフを逃がしたことに怒ったのか、腰の剣を抜いて、炎を纏う。


『魔法剣士とは珍しい職業だな』


 魔法剣士は剣豪や賢者と並ぶ上位職で、剣に魔法特性を付与できるジョブスキルを有している。あらゆる職業の中でも戦闘力に優れた優秀な職業だが、ヒイロにとっては実力を試せる手頃な相手だった。


 髭面の男は炎を纏った剣をヒイロに振り下ろすが、その剣は彼に届くことはない。赤子の手を捻るように、指一本で剣が受け止められていた。


『魔法剣士の耐久力なら耐えられるだろ』


 ヒイロは髭面の男の腹部に拳を打ち込む。衝撃が髭面の男の身体を貫通して突き刺さり、彼は地面を二転三転と転がりながら吹き飛んだ。


『ふぅ~、やっぱり悪を成敗するのはスカッとするな。この気持ちに共感した人はチャンネル登録を、共感しなかった人はグッドボタンを頼んだぜ』


 ヒイロは動画を止めて、コメント欄を確認する。するとそこには彼を褒め称えるようなコメントが並んでいた。


『ボクシングの世界王者の座は君のものだ』

『お正月の特番でメイザーと試合するのを楽しみにしています』

『スカッと異世界! やっぱり勧善懲悪は最高だぜ!』

『お姉さん、君のような強い男は好きよ』


 賞賛コメントが増えるとともに、チャンネル登録者数がグングンと伸びていく。彼は強くなっていく実感を覚えながら、カウンターが数を増していく様子を眺めるのだった。


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