二本目『動画配信者は勇者に進化する』


 ヒイロはチャンネル登録者数が百人を超えてからも動画を登校し続けて、ようやく三百人を突破した頃だ。彼はいつものように日課の訓練をしていると、自分の身に起きた異変に気づく。


「なんだ、これ?」


 ヒイロは剣術の成長補正ゼロだと託宣されてからも、毎日剣を振り続けてきたが、費やしている時間に対して成長速度はあまりに遅く、数時間振り続けていると腕が痺れていた。


 しかし現在のヒイロはどうだ。剣を軽く振るっただけだというのに、剣の軌道が肉眼では追えないほどに早くなっている。


「しかも振れば振るほど早くなる。まるで剣豪の職業にでもなったかのようだ」


 振れば振るほど早くなる成長速度は剣豪の職を彷彿とさせた。さらにヒイロの身体に起きた異変は剣術だけではなかった。


「今までの俺は手の平に炎を灯すことしかできなかった。それが今や……」


 ヒイロは窓の外へと手を伸ばし、空へと掲げる。いつものように体の魔力を手の平に集め、炎として吐き出すと、魔力の塊が雲を超えて、天空へと飛び立つ。


 魔力の弾が見えなくなったころ、太陽が急接近したかのような大きな炎の塊が空を覆う。熱気が領内を包み込み、炎は次第に収まっていった。


「これだけの威力の炎魔法、賢者でも限られた人間しか使えないぞ。いったい俺に何が起きているんだ」


 ヒイロは困惑しつつも、いままで経験したことのない達成感を覚える。努力がそのまま成果に繋がるのは得も言えぬ快感だった。


「まさか勇者の力に目覚めたのか!?」


 職業は下位職から上位職へ後天的に変わることがある。例えば剣士なら剣豪に、魔法使いなら賢者へクラスアップする。しかもクラスアップすると、下位職のジョブスキルを引き継げるため、先天的に上位職に就くよりも結果的にはお得になる。


「動画配信者の上位職が勇者だとすれば、この馬鹿げた力にも説明がつく」


 王国でも限られた人数しかいない勇者はいまだ謎に包まれた職業だ。それゆえに下位職の存在も明らかになっていない。


「勇者のリザなら何か分かるかもしれないな」


 ヒイロは義妹のリザに相談しようと部屋を出ようとしたタイミングに合わせるように、部屋の扉をノックする音が届く。


「お兄様、部屋に入ってもよろしいですか?」

「ああ」

「では失礼します」


 部屋を訪れたリザは黒のドレスを身に纏い、首元には赤く輝くネックレスが輝いていた。


「ドレスを着て、どこかの舞踏会にでも出かけるのか?」

「いいえ、どこにも行く予定はありませんよ」

「ならそのドレスは?」

「お兄様とお会いするのですから、身嗜みを整えるのは当然です♪」


 リザはヒイロと会うたびに服装が豪華になっていた。これは彼女曰く、「お兄様が頑張っているなら、私もそれに見合うだけの努力をしないといけないのです」とのことだ。


「まぁいいか。それよりも俺は衝撃の真実を伝えねばならない」

「衝撃の……真実……」

「俺は勇者に選ばれた……かもしれない」

「え……」


 リザは言葉を失う。地球人の常識で判断すると、勇者に選ばれたと家族に宣言すれば、軽蔑されるか、ゲームのやりすぎだと呆れられるだろう。しかし彼女は正反対の理由で言葉を失っていた。


「リザ?」

「やりましたー、これでお兄様も私とお揃いの勇者です」

「喜んでくれるのか、妹よ」

「当然です。お兄様の喜びは私の喜び。喜ばぬはずがありません」


 ヒイロは祖父のシルバと同じ勇者になれたかもしれないと、心の奥底で喜びを噛みしめる。そして自分のことのように喜んでくれるリザにも感謝していた。


「お父様やお母様にも教えてあげましょう」

「待て、待て。結論を出すのはまだ早い。十中八九、俺は勇者になれたが、まだ確定はしていない」

「なるほど。神父様に職業を確認して貰うのですね?」

「ああ」


 ヒイロはリザの問いに首を縦に振る。彼は自分が勇者になれたのだと確信を抱きつつ、神殿へ向かうのだった。


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