一本目『初めての動画配信』


「お兄様、お兄様♪ お時間よろしいですか?」

「いいぞ」

「では失礼して」


 リザがヒイロの部屋に足を踏み入れる。兄妹の部屋を訪れるただそれだけの行為なのに、ヒイロが引きこもりを脱したことの実感が、彼女の心を響かせた。


「お兄様のお部屋、綺麗に掃除されていますね」

「綺麗好きだからな。それに俺の動画を視聴してくれている人に不快な思いをさせたくないだろ」

「わーっ、まるでプロみたいですね」

「まるでじゃないさ。俺はもう立派なアイチューバーなんだぜ」


 ヒイロは動画のアップロード画面を空中に映し出す。そこには彼が挨拶をしているサムネが表示されている。


「まずは挨拶動画をあげてみた。俺が立派なアイチューバーになるための第一歩だ。気合を入れて撮影したので、リザにも見て欲しい」

「是非、私の方からもお願いします♪」


 お兄様の雄姿がついに見られるのですねと、リザはそわそわしながらパーソナル・コンソールに釘付けになる。


『異世界からこんにちは。俺はヒイロ。15才の貴族だ、よろしくな』


「お兄様の凛々しいお姿が……これだけで再生数百万回は固いですね」

「だが現実は甘くなかった。見ていろ」


『貴族でイケメンな俺は顔だけで人気者になれるのは確実だが、どうせならアイチューバー界のてっぺんを目指す。いつか俺はヒカリさんを超える男になってみせる』


『視聴者の皆は俺という伝説を目撃している。この貴重な機会に感謝するがいい。ハハハハッ』


 甲高い笑い声と共に動画の再生が終わる。一分にも満たない短い動画だが、リザは敬愛する兄が引きこもりから脱して努力する様子に、目尻に涙を浮かべる。


「私、嬉しいです。お兄様がこんなに立派になられて……」

「リザ……」

「自室に引きこもっていたお兄様も、それはそれで神聖さを高める良きスパイスとなっておりましたが、やはり私としてはお兄様の偉大さをもっと布教せねばと考えておりました……この動画が始まりとなり、数年後には教祖として称えられるお兄様が目に浮かびます」

「教祖か……さすがにそれはハードルが高すぎるように思えるが……」

「いいえ、お兄様ならできます! なにせ私のお兄様ですから! できないはずがありません!」

「理由はともかく凄い説得力だ……だが現実は残酷だ」


 ヒイロは画面をスクロールし、動画のコメント欄を表示する。そこにはユーザ名と共に一言コメントが添えられていた。


『帰れ、キッズ』

『異世界って、ネット小説の読みすぎ』

『貴族ww なら俺は国王だな』

『でも顔はイケてるから、お姉さん応援しちゃうかも』


「酷いコメントで溢れているだろ。低評価の数も高評価の三倍だ」


 動画には面白い動画だったと高評価を伝えるためのグッドボタンと、面白くない動画だったと低評価を伝えるためのバッドボタンがある。ヒイロの動画は高評価の数が一で、低評価の数が三だった。


「お兄様の価値を理解できないとは……地球の人たちは目が曇っています」

「そういってくれるのはリザだけだよ」

「特に最後のコメントをしている女……お兄様に色目を使うなんて。目の前にいたら、炎魔法で火炙りにしてやります」

「さらっと怖いこと言うなぁ……それに前提が違うぞ」

「どういうことですか?」

「この人は女ではない」

「え?」

「名前欄を見てみろ」

「名前……タカシ……さん? あ、あれ? どういうことでしょうか?」

「分からん。だが俺もまだまだ未熟だということを、タカシさんは教えてくれた。感謝しないとな」

「そう……ですね……」


 リザは釈然としないままに、コメントの主が男で良かったと、小さく安堵の息を零す。


「自己紹介が駄目なら俺の凄さを披露するしかないな」


 ヒイロは職業による成長補正がないため魔法や剣術の腕は未熟だが、語学や算術などの勉学は得意だった。


「こいつらに俺の算術能力を披露してやる」

「さすがです、お兄様」

「ふふふ、俺の知略に恐れおののくがいい」


『異世界からこんにちは。俺はヒイロ。記念すべき二本目の動画投稿だ。よろしくな』


 爽やかな笑顔と共にヒイロは紙とペンを取り出す。そこにアラビア数字を組み合わせた計算式を書き記していく。


『今日は特別に算術を教えてやる。なんだ算術かとガッカリしたお前。まだ動画を止めるのは早いぞ。俺が教えるのは足し算や引き算ではない。王立学園の高等教育生が学ぶ掛け算と割り算の解説動画だ』


「さすがはお兄様。アステール領一の算術者ですね」


 それからヒイロによる掛け算と割り算の解説が行われる。淀みなく授業は進み、動画を終えた頃にはやり終えた達成感で彼はガッツポーズを決めていた。


「手ごたえあった。この内容ならヒカリさんを超えるのも夢じゃない」

「コメントも絶賛で溢れているはずです」

「さっそく確認してみよう」


『掛け算ww 割り算ww でドヤ顔』

『僕は九九もできまーす』

『俺なんて積分や微分もできるぜww』

『でもお姉さん、こういう馬鹿な子に勉強教えてあげたいかも』


「うごー、なぜ駄目なのだぁー」


 ヒイロは誰にも負けないと自信を持っていた特技が通じないことに頭を抱える。


「猿が人の言葉を理解できないように、お兄様の英明を理解できないほどの凡夫なのです」

「そ、そうだよな」

「そうですとも」

「だが仮にそうだとしても、動画のネタが尽きてしまったことに変わりはない」

「でしたら魔法はどうですか?」

「だが俺なんかの魔法では……」


 職業による補正が得られないヒイロの魔法は十歳の頃から大きな成長をしていない。子供の魔法など誰が見たいがるというのかと、自嘲する。


「お兄様の魔法は努力の成果です。きっと認めてくれる人もいるはずです」

「リザ……そうだな。駄目元で魔法をネタにしてみるか」


 ヒイロは背中を押され、再び動画を撮影する。


『異世界からこんにちは。俺はヒイロ。さっそくだが皆に謝らなければならない。今日の動画は魔法使いなら誰でもできる炎魔法をやってみただ。才能のない俺の努力の結晶を、笑ってやってくれ』


 ヒイロは手の平に赤い炎を浮かべる。子供でも扱える下位魔法だが、それでもこの力はヒイロなりに頑張って手に入れた努力の成果だった。


 ヒイロは動画の撮影を終え、ふぅっと息を吐く。下位魔法をわざわざ見て驚くような視聴者はいないだろうが、同情してくれる人はいるかもしれないと、彼は動画のコメント欄に目を通す。


『すげー、何これ手品?』

『CGでしょ。もしくは合成かな』

『編集技術すげー、これはヒットする』

『お姉さん、君のような才能ある子は好きよ』


「ほ。褒められた……」

「やりましたね、お兄様」

「それに見てくれ。チャンネル登録者がリアルタイムに増え続けている」


 登録者数のカウンターが一人、二人と数を増し、やがては百人の壁さえ突破する。


「百人突破しましたね、お兄様。これならアイチューバー会でも上位なのでは?」

「トップ千位くらいには入れたかもな」

「わぁー、さすがは私のお兄様です♪」

「ほら、俺ってさ、天才肌なところあるから」


 ヒイロは登録者数が百人を突破したことに舞い踊るが、この時の彼は気づいていなかった。登録者数百人では上位者に並ぶどころか、収益化の最低ラインさえ満たせてないということに。


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