プロローグ『アイチューバーの頂点』


 アイチューブ、こことは違う異世界地球の動画配信サイトである。ヒイロの職業、動画配信者はそのアイチューブに接続することが可能だった。


「俺の職業の力を皆に見せるのは初めてだったな」


 ヒイロは成長補正ゼロの動画配信者という職業に絶望していたが、その価値がゼロでないことにも気づいていた。


「これが俺のジョブスキル、パーソナル・コンソールだ」


 ジョブスキルとは職業に紐づいた特殊能力のことである。例えば剣士であれば手にした剣の切れ味を増すジョブスキルが、魔法使いであれば眠るだけで魔力が全回復するジョブスキルが与えられている。


 ヒイロの職業、動画配信者もジョブスキルは存在した。それこそがパーソナル・コンソールである。彼が手を空中にかざすと、動画のサムネが並ぶ映像が映し出される。サムネには『ドッキリ仕掛けてみた』や、『神回』などの興味を惹くワードが記されている。


「パーソナル・コンソール。略してPCですね」

「こんな珍しいスキルを使えるなんて、俺の息子は天才かもしれないな」

「PCの大先生ですね。さすがです、お兄様」


 剣豪、賢者、勇者。どんな上位職業でも習得することができない動画配信者だけに許されたジョブスキル。その特殊な技能が三人の視線を釘付けにする。


「それにしても地球といったか、そこで使われている文字も王国語なのだな」

「いいや、これは王国語ではなく、日本という島国の言語だそうだよ。なぜだか王国語と同じ文法と単語で書かれているけどな……」


 もしかするとヒイロのような特殊職業に就いたものが、過去に地球と接点を持ち、そこから文字を輸入したのかもしれない。はたまたただの偶然かもしれない。謎は深まるばかりで、答えを知る術はない。


「言葉の壁がないだけでも俺にとってはありがたい話だ。そんなことより動画だ、動画。ランキング一位の動画をみんなで見てみよう。きっと驚くぞぉ」


 ヒイロはPCを操作し、総合ランキング一位の動画を再生する。すると金髪の女の子が画面いっぱいに表示され、動画が再生される。タンクトップ姿の色っぽい服装が特徴的だった。


『ぷんぷん、ハロー、こんにちは。トップアイチューバーのヒカリだよ~』


「この人がアイチューバーの頂点に君臨するヒカリさんだ」

「この娘、とっても可愛いですねー」

「父さんはリザの方が可愛いと思うなー」

「あら? 私の名前がないようですけど」

「母さんはほら! 言わなくても世界で一番可愛いからわざわざ口にしなかっただけさ」

「ほんとかしら?」

「本当、本当! なぁ、信じてくれよー」


 アニエスに尻に敷かれているクルトを置いて、動画の再生は続く。


『今日のレビューはこちら。コンビニおでんのレビューだよ♪』


 ヒカリが机の下から大根や卵やちくわのおでんが詰まった容器を取り出す。湯気と傍に添えられた辛子が食欲をそそる。


「なぁ、ヒイロ。コンビニとは何だ? 魔物の名前か?」

「二十四時間営業の商店のことだ」

「に、二十四時間!? つまりは一日中働いているのか?」

「詳しくは分からないが、そういうことになるのかもな」

「……地球という国の人たちは拷問でも受けているのか?」


 王国では一日の労働時間が六時間までと決まっている。それ以上領民に労働させるなら、王室に許可を申請しなくてはならない仕組みになっていた。


「ヒカリさんの衝撃展開はここからだ」


 ヒカリが箸でおでんを掴み取ると、辛子を付けて口の中に放り込む。


『美味しい~、この大根、味が染みているぅ~』


「何だか腹が減ってきたな」

「あなた、ご飯はさっき食べたでしょ」

「そうだったな」


 ヒカリはそれからも食レポを続けながら、おでんを一つずつ美味しそうに食べていく。やっていることはただおでんを食べているだけなのに、見ている視聴者は多幸感に包まれ、口の中に涎が溢れていた。


『コンビニおでん。どれも最高だったね。でもおでん以上に視聴者の皆の応援は最高だったよ。本当にありがとね。最後にお楽しみのじゃんけんタイムだよ』


「じゃんけん?」

「地球の遊びのことだ」

「ほー、そんなものがあるのか」


『じゃあいくよー。最初はぷんぷん』


「ヒイロ、リザ、母さん。魔法の詠唱を始めたぞ。みんな急いで逃げるんだっ!!」


『じゃんけんグー。勝った人はおめでとう。チャンネル登録よろしくね。明日も皆に会えるといいな。バイバーイ』


 ヒカリが手を振り終えると、再生された映像が止まる。アステール家の面々はまだ何が起きたのか分からないと困惑した表情を浮かべていた。


「今の映像はアイチューブで五百万人に視聴されている。その広告収入は何と百万円だ」

「百万円?」

「地球の通貨さ。その金額がどれくらいの価値があるかは百万円で買えるものを見れば理解できる」


 ヒイロはアイチューブ市場というサイト内通販に画面を切り替える。そこには食品や衣服など地球の商品が並んでいた。


「俺の能力は動画を見るだけでなく、このサイトで商品を購入することができる。初回登録特典ということで俺は三千円分のポイントを与えられている。試しに何か購入してみよう」


 ヒイロは食品の調味料のカテゴリから胡椒を選択する。王国では高級品の胡椒が一キロ三千円で販売されていた。


 ヒイロが胡椒の購入ボタンを押すと、何もなかった空間に袋詰めされた胡椒が当然現れる。その中にはギッシリと黒い粉が詰まっていた。


「胡椒一キロ、これが三千円だ。ちなみに地球の単位だと千円の次は万円になる。後は分かるな?」

「……つまり先ほどの少女は、あの短い映像一本で胡椒三百キロを買ってお釣りがくるほどの大金を手に入れたと?」

「ああ。胡椒一キロは白金貨百枚相当の価値がある。ヒカリさんはこの動画一本でアステール領の一年分の収益を稼ぎだしたんだ」


 剣豪も賢者も勇者でさえもたった数分で、領地の年収を稼ぐことなどできない。


「もっともアイチューバーの頂点に立つのは途方もなく険しい道のりだ。ほとんどの動画配信者は収益化さえできずに撤退していく。俺も……本当なら剣術や魔法の腕を磨いて、まっとうな領主になりたかった」

「…………」

「だが俺に残された道は動画配信者しかない。どれほど困難な道のりだろうが、アイチューバードリームをこの手に掴んでやる!」


 地球でアイチューバーを目指すと宣言しようものなら「あんた、馬鹿ぁ」と失笑されてしまうが、アステール家の面々は、引きこもりの次期当主がやる気を出したことに感動し、立ち上がって拍手を送る。


「お兄様、その意気です!」

「よ、さすがは未来の領主!」

「これでこそ私たちの自慢の息子ですね!」


 引きこもりを脱したヒイロは、動画配信者としての夢を叶えるために、家族からの理解を得たのだった。


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