第3話
幸せ kwmr
ドアを開ける時に鳴る小さなベルの音が好きで、それを聞くとああ、今日も頑張ろうと思える。だが、今日はそんな声すら掻き消すほど店内がうるさかった。なんだなんだ、今日のバーは騒がしいな。すでに出来上がったのが数多くいるとでもいうのか。
「今日なんかあったの?」と後輩に尋ねる。
『あの特等席のお客さんが帰ってきたんですよ、』
「…そう、」
『でもいつもの席じゃないんです』
「というと?」
『ほら、あそこ』
と彼が指を指した先はミニステージ。月に一度、ピアニストが生演奏を披露する場所。数多くいる人の中に一際綺麗な女性がいた。彼女だ。半年以上も姿を見なかった、彼女。彼女を見つけただけでなんとなく自分に安心感が湧いてきた、のに。
『〇〇さん、結婚してください』
見知らぬ男が彼女に花束と指輪を渡そうとする。嗚呼、自分の彼女に対する片思いは終わった。
直接言われた訳ではないが、ちゃんと振ってくれたようなもの。さようなら、片思い。
とりあえず、彼女の返事を見届けるとしよう。
『ごめんなさい』
彼女の声が響き、沈黙が流れる。それもそうだ。側から見れば幸せな空間が生まれるはずだったのだから。勝手に脳内で恋人、と変換していたのだから。
『私、想い人がいて』
嗚呼、成る程、この男じゃなかっただけで、他にいるんだな。どっちにしろ、自分の片思いは終わりだ。
と思っていたのに。
彼女は自分を探し、目を合わせ、こっちにやって来る。今度こそちゃんと振られるのだな。
すると彼女は自分の手を取り、ミニステージまで連れて行く。誰も予想していない展開でみんなの空いた口が塞がらない。自分すら状況を把握出来ていないのに。
そして彼女は深呼吸をし、自分にこう言った。
『ずっと前から、好きです』
『だから、貴方と同じ景色を見たいんです』
『私と一緒に、時を重ねませんか』
自分の思考が完全に停止した。今自分に出来るのは目をぱちぱちさせながら彼女を見ることだけ。
再度沈黙が流れる。たった一瞬の沈黙だが自分にとっては1時間経ったように長く感じた。
『あの、お返事、は、』
「ああ、えっと、はい、よろしくお願いします」
『河村さん、やっと気付いてくれたんですね』
彼女に返信を促され、動揺しながらも問いに答える。このたった数分間で何が起こったのか何も理解出来ていない。
『…河村さん、おめでとうございます、!』
『おめでとう』
各々祝福の声をあげてくれる。何十テンポも遅れてようやく事を理解した。
「…え、自分なんかが隣にいて良いんですか」
『何を今更、私は河村さんがいいんです』
「そう言っていただけて光栄です」
『もう1つ我儘聞いてもらえますか?』
「何でしょう」
『幸せにしてくださいね』
「言われなくても幸せにしますよ」
『河村さんを選んで正解でした』
彼女はそう言いながらこっちに微笑みを見せた。思わず自分も笑みが溢れた。嗚呼、こんな時間を幸せ、と人々は言うのだなと実感した。
祝福してくれる人々の方に目を向けると、そこにはQuizKnockのメンバーもいた。
福『おめでとう河村』
渡『えー!河村さんに恋人出来たんすか!』
須『めでてぇなぁ』
伊『河村さん浮かれたら仕事増やしますからね』
川『だから言ったじゃないですか』
山『僕もこうなりたい…!』
好き放題言ってくるメンバー。相変わらずだな、と感じた。だけどきちんと顔を出して祝って(?)くれるのだからまた幸せだなと感じる。
「ありがとう、本当にありがとう」
「泣きはしないけど、すごく嬉しい」
「同じ景色を沢山観ましょう」
彼女に改めて感謝と返事を伝える。
煩いと言いたくなるほどの拍手に包まれながら。
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