第23話

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 金太は、自分の部屋で机に向かい、目をつぶって腕組みをしていた。そしてつと前屈みになると、

「きょうからきみは、しばらくの間ここで生活することになる。デーモンとは一緒に生活できないけど、我慢して欲しい。それじゃないと大変なことになりかねない」

 白いケーキの箱のなかでこちらを見上げているジョージに話しかけた。

 日本語が少ししか理解できないジョージは、わかったのかわからないのか、こちらに顔を向けて何度も首を縦に振った。

 そのとき階下から母親の呼ぶ声が聞こえた。夕食の用意ができたようだ。

 急いでケーキの箱をベッドの下に隠した金太は、足音を立てて階段を降りて行った。

 いつものように父親抜きの夕食がはじまる。毎日仕事で帰宅が遅くなるので、育ち盛りの子供たちは待ちきれない。

 食卓テーブルには向かい合って金太と姉の増美が座っているが、母親は仕事から帰る夫を待っているため、子供たちと一緒に食事をしない。

 きょうの夕飯のおかずは、コーンコロッケに付け合せのスパゲッティ、それとカボチャの煮物だった。金太は、食卓に並んでいるものを見回しながらジョージの食べられそうなものを吟味しながら箸を使っている。

「どうしたの、金太。きょうのあんたはいつもと違うよ」

 と、増美。いつもと違うことを悟られないように気をつけていた金太だったが、やはり一緒に生活をしている姉には隠し切れなかった。

「そんなことないよ。オレはいつもと一緒」

「だっていつもなら、真っ先にコロッケに齧りつくのに、きょうのあんたは迷い箸をしてるじゃない」

 増美はちゃんと金太の所作を見ていた。

「迷い箸って?」

 金太は意味がわからなかった。

「あんた迷い箸も知らないの? 迷い箸っていうのは、どれを食べようか迷いながら箸を動かすことをいうの」

 食欲旺盛な増美は、キッチンで洗い物をしている母親にお代わりを頼む。

「ふーん、そんなのはじめて聞いた。でも姉ちゃん、どれから食べようか考えたらいけないものなのか?」

 金太はなんとか話を逸らそうとして一生懸命になっている。

「別にいけなくはないけど、箸を動かさずに、先に目で見て品定めをしておくの」

 増美は説明を求められて困惑したものの、なんとか逃れることができた。

 その後姉弟はひたすら食事に没頭し、そろそろ夕食が終わろうとしたとき、ふたたび増美が口を開いた。

「ちょっと、金太。ちゃんと食べなさいよ。なんで1本だけスパゲッティ残してるの? それとコロッケも、そんな少しばかり残さないで、全部きれいに食べなさい」

 増美の口調は母親そのものだった。

「いまから食べるんだから、ほっといてくれよ」

 金太は本心を話すことのできないじれったさについ語気が荒くなってしまう。

 増美は相手にならないといった顔で自分の食器を流しに運んだあと、ひと言ふた言母親と話をしてから自分の部屋に向かった。

 ややあって、金太も夕飯をすませて自分の部屋に戻った。

 部屋のドアに鍵をかけた金太は、ベッドのところにしゃがみ込むと、ジョージの箱をそっと引き出した。握っていた左手をゆっくり開く。そこには10センチほどのケチャップ味のスパゲッティが1本と、親指の爪くらいのコーンコロッケがしょげた姿になって握られていた。

「これ、持って来たんだけど、食べられるかい?」

 金太は手のひらをジョージの前に差し出した。ジョージの食事の世話をするのがはじめての金太は、デーモンがどのようにジョージの面倒を看ていたのか聞きそびれてしまったため、自分なりの判断で、家族の目を盗み、なんとか口にできそうなものを用意した。

「センキュ」

 ジョージはデーモンと同じ発音で礼をいった。

 余程空腹だったのだろう、両手でスパゲッティを掴み、端のほうから食べはじめた。あっという間にスパゲッティを食べ終えると、大きく深呼吸をして、今度はコロッケを無心に食べはじめた。

 その間に金太はポケットティッシュをハサミで4つに切って、ジョージ用のティッシュを拵えた。こうしておけばいつでも手や顔を拭くことができるからだ。

 なんとか初日を無難に乗り切ったが、金太はベッドに入ってもこの先のジョージとの生活を想像すると、なかなか寝つくことができなかった。

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