第7話

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「金太、あんた朝からそわそわしてェ。ちょっとは落ち着いたら?」

 高校2年生になる姉の増美が、リビングのソファに浅く腰掛けて考え事をしている金太に、眉間に皺を寄せながら大きな声でいう。

 そう、金太は朝食を食べてから何度も冷蔵庫に入れた缶コーラの数を確認したり、ソファーに腰掛けて観たくもないテレビに顔を向けたり、突然窓際に行ってぼんやりと庭先に目を向けたりしていた。なぜなら、みんなに一刻も早く河合涼介を紹介したかったのと、メンバー全員が顔を合わすのが久しぶりだったからだ。

「違うんだ。きょうあの河合のお爺ちゃんの孫が、ぼくらのメンバーに入ることになったんだ。それできょう昼から秘密基地でみんなに紹介することになってるから、それが待ちどうしくて」

 金太は渋々姉の増美に説明をする。

「河合のお爺ちゃんって、あのドリームキャッチャーをくれたお爺ちゃん?」

 増美はリビングの壁を指差して訊く。

「そう、あのとき孫に会いにニューヨークに行ってたんだ」

「っていうことは、その子は帰国子女ってことだから、英語はべらべらなんだ」

「違うよ。お爺ちゃんの孫は女の子じゃない、男だよ」

 金太はムキになって否定する。

「バーカ、帰国子女っていうのは、女の子のことじゃなくて、男も女もひっくるめていうの。それくらい常識でしょ」

「そうなんだ。でも涼介が英語喋ってるとこを見たことがないから、べらべらかどうかわからない。でも勉強はできそうだよ」

「どれくらい話せるのか、今度聞いといて」

 増美はそういい残すと、スリッパの音を残して部屋への階段を昇って行った。


 家から秘密基地までは歩いて5分とかからない。でも金太は1時15分前に家を出た。

 秘密基地の周りにはまだ自転車は1台も停まってなかった。金太はちょっと安心した気分で扉の鍵を開けると、まず最初に建て付けのわるい窓を開いて空気を入れ替えた。次に机や椅子に積もった埃をはたき、ぼろぼろのホウキで床を掃いてみんなの来るのを待った。

 時計を見ながらじりじりしていたとき、金太は椅子がひとつ足りないのに気づいた。これまでと違ってメンバーがひとり増えるのだ。金太はどうするか考えたが、そろそろみんなが来る頃だ。そのとき釣り用の折りたたみ椅子がひとつあるのを思い出した。これでメンバーいつ来てもいい、そう安心したとき、扉の開いた音が聞こえた。

「ボラーァ」

 元気よく入って来たのは、1年下の袴田孝弘(通称 ネズミ)だった。

「ボラーァ。ネズミ、元気してた?」

 金太は、久しぶりに見る顔に嬉しそうだった。

「うん。でもまだみんな来てないんだ」

 ネズミがそういったとき、ふたたび声がした。

「ボラーァ」

 白いTシャツ姿の早乙女愛子(通称 アイコ)が陽に焼けた顔で入って来た。そしてすぐあとに柳田トオル(通称 ノッポ)が姿を見せた。久しぶりに見る顔に「ボラーァ」という結社の挨拶が小屋のなかに響いた。

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