第5話

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 以来、登校時は別々だが、下校時はできるだけ一緒に帰るようにしている。

 ある日のこと、金太の家の近くまで来たとき、

「ねえ、河合くん、いいもの見せてあげようか?」

「いいもの?」

 涼介は突然いわれて目を大きくして訊き返した。

「そう。オレたち、秘密基地を持ってるんだ。メンバーしか入れないんだけど、河合くんには特別に見せてあげる」

 金太は得意そうに秘密基地の話をした。

「へーえ、なんかおもしろそうだね。だけど、いま、メンバーしか入れないっていったよね。それなのに部外者のぼくなんかが行ってもいいのかな?」

 涼介は心配そうに金太の顔を見ていった。

「いいよ。オレが許可するんだからいいんだ」

 金太は家の前を素通りして秘密基地のある場所に涼介を連れて行った。

 秘密基地は6帖ほどの大きさで、道路工事の際に土木会社が資材置き場として使っていた小屋を金太の爺ちゃんが譲り受けた。最近ではメンバーも受験勉強や塾で忙しくて、なかなか集まることがないので、夏草が好き放題に繁茂している。ただあの喧騒ともいうべきセミたちの鳴き声はもうなかった。

 金太は、道路から小屋のある畑にぴょんと跳び移ると、涼介のために雑草をなぎ倒して道を拵えた。そして道路際で躊躇している涼介を手招きで呼んだ。

 カバンから「R」という字のついたキーホルダーを取り出すと、小屋の扉についた鍵に差し込んで開けた。

 小屋のなかは熱気が充満していた。金太は思わず両手で小屋のなかの空気を扇いだ。

「さあ、遠慮しなくていいから」

 金太は、埃の堆積した丸椅子を叩きながら涼介を招き入れた。

 涼介はあまり気乗りがしないのか、おずおずと小屋に足を踏み入れた。そして、不思議なものでも見るように小屋のなかをぐるりと見回した。

「この小屋に集まってなにをしてるの?」

 涼介は素朴な質問を金太に投げかけた。

「なにってことはないけど、話をしたり、ここに集まってから自転車でどこかに遊びに行ったり、そんなとこかな」

 金太は上手く説明できなくて、ついいい澱んでしまう。

「へーえ」

 涼介はそういってからもう一度小屋のなかを見回した。

「ねえ、河合くんも秘密結社のメンバーにならないか?」

「うーん、いいけどォ、いまいちそのグループのことがよくわからないから……」

 涼介は曖昧な返事をする。

「そんなに真剣に考えなくてもいいから。ほかのメンバーの全員が同じ自由ヶ丘中学校で、3年生がふたりと、2年生がひとり、それとこのオレの合計4人」

 このときばかりは、金太は胸を張っていった。

「そうなんだ」

 涼介は全員が同じ中学校と聞いてちょっと安心した。

「それに、ただほとんど遊びばっかだから、退会したかったらすればいいし、退会したからってリンチを加えるわけでもない。本当にただの遊び仲間なんだよ。でもちょっとだけ格好つけて『ロビン秘密結社』と名前をつけたっていうのが本音」

「そういうことなら、ぼくもニューヨークから帰ったばかりなので、友だちがいないから、仲間に入ってもいいよ」

「本当に? じゃあこれ……」

 金太は椅子から立ち上がると、棚にあったブリキの菓子箱を取り出し、外に向かって真っ白に積もった埃を勢いよく息で吹き飛ばした。そしてなかから巻物を取り出すと、それを涼介の前に置いた。

「なに、これ?」

 涼介は怪訝そうな顔で覗き込む。

「うん、これは、秘密結社の宣誓書で、一応ここにサインを書くことになってる」

「わかった」

 涼介は机の引き出しから取り出したボールペンを受け取ると、丁寧な字でサインをした。

 そのサインは英語で書かれてあった。

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