第91話 強者の牙
遠くで大きな勝ち鬨が上がる。
長田コウヘイこと、アックスマンは薄暗いテントの中で静かに目を開けた。
(あれ? ワシ、どうしたんだっけ……)
キョロキョロと辺りを見回し、近くに置いてあった黄土色のバトルスーツを身につける。
そのまま、おぼつかない足取りで外へ出ると、
「よっ! アックスマン隊長、待ってました!」
暖かい歓声と共に拍手に包まれた。
「隊長、さっきの戦いマジで凄かったです!」
「ヘルツリー相手にあの大立ち回り! 憧れます~!」
キラキラと目を輝かせた若手達に囲まれ、体を仰け反らせる。
(何だ何だ???)
混乱するアックスマンに、ジィーッと訝しむような視線を向けた深紅の女ヒーローが近づいてきた。
しかし、
「ん~。やっぱ、お兄ちゃんじゃないよねぇ」
謎の言葉を残して走り去っていく。
その後ろ姿を見送り、ただただ立ち尽くした。
(……ワシが寝てる間に一体何があったんだ?)
☆☆☆☆☆
『ヒーロー軍、遂にヘルツリー討伐完了。長年の因縁に終止符を打つ!!!』
そんなニュースが世間に出回って三日後。
大荷物を持った俺とテツは、再びビックバン事務所を訪れていた。
「悪かったな。ダマオ、テツ。こんな形で解散になっちまって」
「いえいえ、俺もテツも元々根無し草ですから、気にしないで下さい」
玄関前で深々と頭を下げてくるスパイラルに、軽い調子で応じる。
人質を取られていたとは言え、怪人組織と繋がりを持っていたとして、ビックバン事務所には軍による捜査が入ることとなった。
その間、事務所の営業は停止。
経営が立ち行かない為、結局解散する運びとなった。
任務終了後、さっさと姿を暗まそうと思っていた俺達にとっては、つつがなく事務所を辞められて最高の展開だ。
「スグルの奴はこれからどうするんですか?」
「ああ、彼はもう一度ヒーロー軍に戻るみたいだから心配要らないだろう」
「そうですか」
俺とスパイラルが二人で話していると、
「ほら、新人くん、これあげるよ」
横から華のある金髪男が、何かを手渡してくる。
“超人五帝”最強の男、ライトニング。
ここ数日、しっかり食事を摂ったからか、すっかり血色が良くなっていた。
(なんだこれ?)
手元を見ると、ボロい紙切れが載っている。
裏面に走り書きでメールアドレスと電話番号が記されていた。
「それ、俺の連絡先。好きな時、連絡していいよ。君には大分お世話になったからさ」
現在、他の五帝メンツは入院中らしい。
全員意識は戻り、命に別状はないのだとか。
(うわ、要らね……)
受け取った紙切れを雑に懐へしまい、さっさとお暇する事にする。
「それでは、お世話になりました」
「お世話様っす」
「おう! 次の場所でも頑張れよ!」
「絶対、連絡してよね。すぐ駆けつけるからさ」
スパイラルとライトニングに見送られ、事務所を後にした。
「あー、これでようやく家に帰れるぜ。潜入任務は二度とゴメンだな」
「全くだ」
テツの言葉に頷きながら歩みを進めて行く。
すると、門の前に人集りができているのが見えた。
30人近い取材陣に囲まれたオッサンが、決め顔で質問に答えている。
「アックスマンさん、どのようにヘルツリーを倒されたのですか?」
「――うーん、ちょちょいのちょいと」
「ちょちょいのちょいと!?」
「実際に戦ってみて、ヘルツリーの強さはいかがでしたか?」
「――まあ……強かったんじゃないですかね? ワシほどではないが」
「おぉー! 歯牙に掛ける程でもないと。お見逸れしました」
パチパチパチ。
「今後、ヒーローになりたいと願う子供達に一言!」
「――Do your best! 自分を信じなさい」
「ありがとうございました」
パチパチパチ。
(なーにやってんだあのオッサン?)
謎に盛り上がる一団を横目に、ゆっくり通り過ぎる。
有る事ない事ベラベラと話すオッサンを見て、うーむと唸り声を上げた。
「俺はこの世にとんでもない怪物を解き放ってしまったかもしれん……」
☆☆☆☆☆
ぽつり。ぽつり。
灰色の監獄に雨漏りの音が響く。
ヒーロー軍と仮面舞踏会の抗争が終わり、二週間が立った頃、それは密かに産声を上げた。
ここは以前、ライトニング囚われていた地下牢。
その隅に立て掛けてあった木の枝が、バキバキと音を立て、人のような形を取る。
――S級怪人、ヘルツリー。
久しぶりに目を覚ました怪物は、自身の作戦が功を奏した事に満足して目を細めた。
万が一の為の“挿し木”。4本目。
抗争後、ヒーロー軍がアジト全体を隈無く調べたはずだが、特に怪しまれる事はなかったらしい。
当然だ。薄暗い牢の陰に何の変哲も無い木の枝が置いてあるだけなのだから。
「そろそろヒーロー軍の捜査も終わり、包囲網も解けた頃か? 無能な奴らだ」
クククと小さく笑い、充足感に浸る。
出し抜いてやった、愚かな連中を。
(ヒーロー軍の間抜け共め。精々一時の勝利に酔いしれるが良い。これから、地獄を見せてやる)
フハハと今度は大きく笑ったヘルツリーが、牢の入口に足を向けたその時、
「――ん?」
鉄格子に背中を預けて一つの人影が立ってるのが見えた。
くたびれた金髪をオールバックにした何処か影のあるイケメン。
蛇柄のカジュアルなスーツに身を包み、腕を組んでいる。
「いやー、ようやく起きたか。随分と待ちくたびれたよ」
キラリと光る金の腕時計。
大きく伸びをした男が、固まった体を解すように、バキバキと首を鳴らした。
「誰だ……貴様?」
問いかけてみるが、返答はない。
代わりに、
「本来、弱者を手に掛けるのは僕の主義に反するんだけどさ。今回は特殊ケースなんだよね。今、組織が過渡期でまともに動かせる戦力がないからさ」
男が一人でブツブツと呟いた。
その一言が、ヘルツリーの神経を逆なでする。
「貴様、今――私を弱者と言ったか?」
他人に見下される。
プライドの高いヘルツリーにとって最も我慢ならない事だった。
全身から禍々しいオーラを放ち、一気に男の元へ迫ろうとする。
しかし、それよりも早く男が動いていた。
一瞬、瞳孔が縦に開き、内側から金色に輝く。
直後、ヘルツリーの視界が上下ひっくり返った。
「え?」
驚きで声を上げたヘルツリーの目の端で自身の体が地面に倒れ込む。
その首上には頭が乗っていなかった。
(な、何だ?)
最初は戸惑いで何が起こったか理解できなかったヘルツリーだったが、すぐに自身の置かれた状況を理解する。
(く、首を切られたのか……あの距離から一瞬で……)
有り得ないと、目を見開くヘルツリーの頭を見下ろし、男が興味を失ったようにつぶやいた。
「――やっぱ、弱いね君」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます