第92話 新世代の突然変異

 その日、久しぶりにヒーロー軍本部に呼び出されたサツキは、いつもの応接間を訪れていた。


 なんでも、また書類にサインをする必要があるのだとか。

 既に仮面舞踏会との抗争から二週間あまりが経っている。


「あっ、ゼロさーん。なんでこの前の抗争の時、一緒に戦ってくれなかったんですかー」

 開口一番そう告げると、金髪碧眼の貴公子、アブソリュートゼロが分かりやすく苦笑いを浮かべた。


「ああ、すみません。三枝さんには伝えていませんでしたが、私、あくまで本職は研究者なので基本現場には出ないんですよ」

「え? 研究者?」


 首を傾げながらも、ソファに腰掛けると、スッと目の前に書類が差し出された。

 それに、無心でサインを繰り返していく。


「そう、研究者です。シロエ大尉専属のね」

「へえ……それで……何の研究してるんですか?」

「だから、シロエ大尉の研究です」

「――え?」


 思わず顔を上げるが、続きを書けと笑顔で指示され、渋々書面に視線を落とす。


「ところで、前回の出撃時。初めてシロエ大尉に同行した訳ですが――どうでした?」

「いや、どうでしたと言われましても……」

「実際に話してみての率直な感想でいいですよ? 思ったより人間ぽかったとか、怪人ぽかったとか」

「……まあ、意外と話しやすかったですよ。普通の女の子と喋ってるって感じで」

「ふむ――意外と人間ぽかったと」


 こちらの返答を聞き、アブソリュートゼロが手元のレポートに素早く記入した。


(おお、本当に研究者っぽい)

 その様子を見て、前から訊きたかった質問をぶつけてみる。


「そういえば、ゼロさん。以前、シロエ大尉は怪人だと仰ってましたよね?」

「はい、確かに言いました」

「シロエ大尉本人は自分の事をネオハイスペックだと言ってたんですけど……」

「ああ、その件ですか。あれは彼女が勝手に言ってるだけなので気にしないで下さい。特に根拠はないですから」

「へぇ……」


 返答を聞いたサツキが、いまいち腑に落ちないという表情をしていると、


「シロエ大尉はね――戦災孤児なんですよ」

アブソリュートゼロが唐突に語り始めた。


「両親を怪人に殺されて戦場を彷徨っている所をヒーロー軍に保護されたのですが、それ以前の記憶がないんです」

「はぁ……」


 突然、何の話? と首を捻るサツキに、


「三枝さんなら、彼女が本当に“ネオハイスペック”なのか、はたまた“ハイスペック型の怪人”なのか、何を基準に見分けますか?」

アブソリュートゼロがそんな質問を投げ掛けてくる。


「ふ、雰囲気とか?」

 思いついたことをパッと口にしてみるが、


「もう少し頭使って下さい」

バッサリと切って捨てられた。


(いや、まずネオハイスペックが何かいまいち分かってないんですけど……)

 ゲンナリとするサツキを余所に、アブソリュートゼロが話を続ける。


「私はね――怪人衝動の有無が大切だと思うんですよ」

「はぁ……」

「怪人が危険視されるのは、その内に秘める強い衝動に抗えないからですから」

「まあ、そうですね」

「そして、彼女にはその“強い衝動”があります。三枝さんにも心当たりがあるでしょう?」


 アブソリュートゼロの言葉を受け、シロエ大尉との数少ない思い出を振り返ってみる。


 初めて奥の部屋で会った時、苛立っていて恐ろしかった。

 しかし、二度目に戦場で会った時は、気さくで話しやすかった気がする。


 全く違う二つの顔を見せてくれた彼女だったが、共通して常に同じ言葉を口走っていた。

 恐ろしくて敢えて触れなかったが――。


「怪人を殺したい……ってことですよね?」

「そうです。怪人に対する執拗な殺意。これが過去のトラウマに起因するものなのか、怪人衝動によるものなのか――現在、我々が有している怪人知識では明確に判断できないのが実状です」

「えっ、そうなんですか?」


 驚くサツキの前で、当然だというようにアブソリュートゼロが頷く。


「はい、怪人に関してはまだ分かっていない事が殆どですから。しかし、長年の観察や聴取を経て、研究者の多くが後者だと結論づけてしまいました」

「ん?」


 直前の言い回しに引っかかりを覚え、口を挟んだ。


「でも、ゼロさんはまだ研究を続けてるんですよね? ゼロさん個人はどう思ってるんですか?」

 サツキからの質問に、アブソリュートゼロが顎に手を当てて答える。


「まあ、八割方怪人って所ですかね」

「八割……多いですね」

 直後に、


「ただし――」

と言葉を付け加えた。


「今後の三枝さんの活躍次第では、この割合が大きく変動する可能性もあります」

「え、私???」


 まさか、話の矛先が自分に向くとは思わず、目を見張る。


「ええ。実はこの部隊に新人が入る事はこれまでも何度かあったのですが、シロエ大尉の推薦で入ったのは三枝さんが初めてなんですよ」

「へぇ……大尉は私のどこを気に入ったんですかね?」


 さあ、と肩を竦めたアブソリュートゼロが投げやり気味に言った。


「なんか、一緒らしいですよ」

「一緒?」

「はい。偽反英雄を倒した時のインタビュー映像を見て、『あっ、この子もネオハイスペックだ』と仰っていたので」

「なにそれ……私、髪白くなったりしないけどな……」


 サインを書き終わったサツキが自身の前髪をクルクルといじっていると、


「――はい、いいですね。本日の作業は以上となります」

書類に目を通したアブソリュートゼロが、満足気に頷いた。


 そのまま、さっさと追い出そうとする。


「ちょーっと、そんな押さないで下さいよ。別に居座ったりしないですから」

 部屋の前で振り返ったサツキが去り際に、


「シロエ大尉に今度会ったら一緒に食事でもしましょうって、伝えておいて下さい」

さらりと告げると、アブソリュートゼロが興味深そうに目を細めた。


「もしかして、シロエ大尉に同情しちゃいましたか?」

「いや、そんなんじゃないですけど……」


 茶化すような物言いに、唇を尖らせる。


「ただ、七剣として働かされてる上に、研究対象にもされて大変そうだなぁと思って」

「なるほど、三枝さんは優しいですね。――シロエ大尉と性格は真逆っと」

「それ、私のデータ取ってます?」

 手元のバインダーに素早くペンを走らせたアブソリュートゼロが、サツキの質問を無視して話を続ける。


「しかし、七剣神王で研究対象なのは、なにもシロエ大尉だけではありませんよ?」

「え?」


 一瞬、相手の言ってることが理解できなかった。


「新世代の突然変異――三枝さんはあの奇跡が、本当に偶然起こった事だと思いますか?」


 新世代の突然変異。

 超人五帝の脱退直後、次世代を担う七人のヒーローが彗星の如く現れた事象。

 この奇跡があったお陰で、ヒーロー軍は崩壊を免れたのだ。


(この人、何が言いたいの……?)

 予想外の質問に咄嗟に反応できない。


「ヒーロー軍は予てより、最強のヒーローを作るために幾つかの研究を並行して進めていました」

 言葉を失うサツキ目の前で、薄ら寒い笑みを浮かべたアブソリュートゼロが堂々と言ってのけた。


「七剣神王――彼らは全員が、異なる方法によって生み出された人造兵器なのです」

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