第90話 ミチシルベ

 ヘルツリーの腕を掴み取った右の掌に複数の口が噛みついている。

 バチバチと音を立てるプラズマフィールドを無感情で眺めた俺は、敵の腕を力尽くで引き千切った。


『うげぇぇぇ……』

 手元の口が根を絶たれた植物のように急速に萎びる。


(うわ、きっしょく悪)


 他人の戦いを見ていて気づいたが、この口、プラズマフィールドを破るのに僅かながら時間が掛かる。

 体感で1秒から2秒くらいか。


 人によって多少の差はあるが、その間に引き千切ってしまえば、何も問題はない。

 まあ、口より速く動けて、パワーがある前提だが――。


 チラリと視界の隅を見ると、ちょうど89%の金文字が91%に変わるところだった。


 大分、バトルスーツに体が馴染んできたようだ。


(これだけ適合率が高ければ、俺の方は大丈夫だな。問題は――)

 肩越しに背後を振り返ると、


「あ、あのぉ……大変お恥ずかしいのですが、腰が抜けて立てないので、手を貸して頂きたいのですけど……」

地面に座り込んだサツキが手を伸ばしてきた。


 仕方なく抱き起こしつつ、頭を引っぱたく。


「なにビビってんだお前……」

「あ、いったぁ。何するんですかぁー」

 頭を抱えて悶絶するサツキを見て、やれやれと肩を竦めた。


(なーんて、情けない奴なんだ。こいつ、完全に萎縮してやがる)


 思い返せば、小学生くらいの頃はビビりだった気がする。

 常に俺の後ろに隠れていたし、幽霊とかにも怯えていた。


 それが、中学、高校と経てマシになったと思っていたが、人の根の部分はそう簡単に変わらないらしい。


 ゴホンと咳払いし、アックスマンの口調を真似して話しかける。


「君、ヒーロー向いてないんじゃないかな? ビビリで、なんか間抜けっぽいし。危ないから辞めたほうがいいよ」


 すると、

「もー、お兄ちゃんみたいな事言わないで下さいよ! というか、なんかまた若干声似てるし。そんなこと言われても、私は絶対ヒーロー辞めませんからね!」

こちらを見たサツキが、イーッと猛反発してきた。


(なんじゃこいつ。さっきまで腰抜かしてた奴とは思えん威勢の良さだな……)

 仕方なく、その頭を掴んで無理矢理前を向かせる。


「そうかい。じゃあ、よーくあいつを見てみろ――どうだ? 動きもトロいし、全然、勝てそうな気がしてくるだろ?」


 目の前のヘルツリーを指差した俺が、軽い調子で尋ねると、


「そ、そうですかね? まあ、動きは見えなくはないですけど……一度でも捕まったら終わりだし……それに……なんか顔怖くないですか……?」

先程までの威勢はどこへやら。サツキがボソボソと消え入りそうな声で答えた。


 その背中をバシンと叩いて、強引に前へ押し出す。


「ごちゃごちゃ言ってないで戦ってこんかい! いざとなったら、ワシがサポートしてやるから安心せい!」

「で、でも……」

 尚も尻込みするサツキの肩を掴み、真っ直ぐ目を覗き込むと、言い聞かせるように呟く。


「お前――今後、強敵が出てくる度にそうやって固まってるつもりか? そんなんじゃ、いつか本当に命を落としちまうぞ?」


 俺の言葉を聞き、サツキがハッと息を呑んだ。

 その後、一瞬悩むような仕草を見せるが、やがて、覚悟を決めたように頷く。


「わ、分かりました。私、やってみます! 怪人を怖がってたらヒーローできませんから!」

「よーし、その意気だ」


 もう一度深く頷いたサツキが、前を向き、ゆっくり走り出した。

 そのペースが次第に上がっていく。


 どうやら、完全に迷いは振り切れたらしい。


 それを後ろから眺めながら、俺も静かに歩き出した。


 チラリと視界の隅を見ると、いつの間にか91%だった金文字が93%に変わっている。


(全く……世話の焼ける妹を持つと、兄は大変だ)



☆☆☆☆☆



 二本の光剣を携えて真っ直ぐ走る。


 軽量型ライラックブレード-twin-。

 如何なる障害も斬り裂く高出力ビームブレードだ。


 視線の先では、禍々しいオーラを纏ったヘルツリーが両腕を広げて待ち構えていた。


 しかし、不思議と先程までのような恐怖は感じない。


(あの黄土色の人、流石にお兄ちゃんじゃないよね? 雰囲気は似てたけど、出張中のはずだし。さっきテントのとこで話した声が似てる人かな? でも、口調が全然違ったからなぁ……)


 ぐるぐると思考を巡らせながら、一気に敵の懐へ飛び込んだ。


 それに合わせて、8本の腕が一斉に押し潰しに来るが、しっかり動きは捉えられている。


 右に左に軸をぶらすことで、全てを掻い潜り、相手の胴部目掛けて斬り付けた。


「――ほう」

 それを完全に見切ったヘルツリーが、後方へ飛び退くことで易々と躱す。


 そのまま、叩き付けるようにして、4本の腕を地面に突き立てた。

 直後に、


ズバババ!

地中を走った4本の手刀が回り込むようにして背後から飛び出して来る。


 慌ててそちらに対応しようとするが、前からも別の4本が襲いかかってきて手が回らない。


(まずい!?)

 焦ったサツキが回避行動に移ろうとした瞬間、


 ズパンッ。

 後ろから来た黄土色のヒーローが4本の腕を纏めて切り落とした。


 使用したのは何の変哲もない黄金色のブレードだ。

 目にも留まらぬ速さで閃いた超合金の刃が、歯で受け止める暇も無く上から口を真っ二つにした。


(うっそ、ビームブレード以外であの口斬れたんだ……)

 驚くサツキに、


「背中は守ってやる――行け」

黄土色のヒーローが話しかけてくる。


「は、はい!」

 素早く身を翻したサツキは、低い姿勢のままヘルツリーの元へ突っ込んだ。


 下から抉るように右の肩口を狙う。

 それを僅かに体を捻る事でヘルツリーが躱そうとするが、


「ほら、そこだ」

そのタイミングで逆側から挟み込むように黄土色のヒーローが回り込んできた。

 ヘルツリーの左肩口を狙って横凪にブレードを振るう。


「――何!?」

 カッと目を見開いたヘルツリーが咄嗟に身を引こうとするが、ギリギリで間に合わない。

 それどころか、中途半端に身を引こうとした所為で、サツキのブレードに対する回避も疎かになった。


 左右の腕2本ずつが切り離され、宙を舞う。


 直後に、


「猪口才な!」

残った腕を大ぶりで振るったヘルツリーが距離を取ろうとするが、黄土色のヒーローと体を入れ替えるようにして左側から斬り付けた。


――スイッチ。

 そこから右に左に立ち位置を変えながら、隙間のない波状攻撃を仕掛ける。


 まるで、タンゴでも踊ってる気分だ。


(凄っ! なんか息ぴったりかも)


 サツキの背中側から回り込もうとしている腕を、黄土色のヒーローが即座に切り落とすのが見えた。


 一人だったら既に五回は死んでる。


 それ程までに強い。手数、スピード、破壊力、全てが桁違いだ。


(これがS級怪人かぁ――やっぱり、今まで戦ってきた怪人達とは全然違うなぁ)


 しかし、今は二人。

 地を這うような姿勢で足元を狙いにいったサツキの背中を踏み台にして、黄土色のヒーローが空中へ飛び上がった。

 そのまま、ガラ空きの顔面に左の拳を叩き込む。


「ムゥゥ……」

 蹌踉めくヘルツリー。

 その隙を突いて、二人で全身を滅多刺しにした。


 目にも留まらぬ速さでスイッチを繰り返しているが、全く事故る気がしない。

 掛け声どころか、アイコンタクトなしでも、相手の次の動きが手に取るように分かった。


(不思議だなぁ。最初はあんなに怖かったのに――今は少し楽しいくらい)


 得も言えぬ高揚感に包まれたサツキが、果敢に猛攻を仕掛けていると、


「有り得ぬ……この私がここまで追い詰められるとは……」

たまらずヘルツリーが後退した。


 未だに斬られた側から、傷口が再生しているが、そのスピードが目に見えて落ちてきている気がする。


(このまま押し切れる!)

 そう思った瞬間、


「そうか。それならば、多少私も無理をせねばいかんな――」

それまで、防戦一方だったヘルツリーが、強引に前へ出てきた。


 黄土色のヒーローに斬り付けられるのもお構いなしで、真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。再生能力を生かした捨て身の特攻だ。


 怪人が一歩を踏み出す度に、全身から大量の血が撒き散らされた。


「グオオオオオオオオオ!!!」

 紳士の皮をかなぐり捨てたヘルツリーが、獣のような咆哮を上げて眼前に迫る。


 残り1メートル。

 ヘルツリーの体から飛んだ血飛沫がピシャリと頬についた。


 サツキの目にその一粒一粒がはっきりと映る。

 それと同時に、自身の認識が誤っていたことを悟った。


(そうか。ヘルツリーの再生速度が落ちてるんじゃなかったんだ――遅くなってるんだ。私の体感速度が)


 8本腕を大きく広げ、覆い被さるように近づいて来るヘルツリー。

 その表面に貼り付いた無数の口が、一斉に唾を吐いた。


(何これ? 目眩まし?)

 時間が極限まで引き延ばされ、今正に体に触れるという瞬間、世界が色を失う。

 それと同時に、目に映る全てのものがピタリと動きを止めた。


 随分と懐かしい感覚だ。


「来た……ヒーロータイムだ」


☆☆☆☆☆



 四方からの強酸攻撃を受けたサツキが、信じられない体捌きでその全てを躱した。

 そのまま、凄まじい速度でヘルツリーと斬り合い始める。


(あいつ、ヒーロータイムに入ったのか)

 黄土色のバトルスーツを纏った俺は、その様子を少し離れた位置からぼんやりと眺めていた。


『――時が止まって見えました』

 ハイスペック能力測定で歴代最高値を叩き出したヒーロータイムだ。


(へぇ、あれが例の時止めね……傍からみると、コマ送り映像みたいだな)

 とても数分前まで萎縮していた者の戦いぶりとは思えない。


 どうやら、完全に恐怖は拭えたようだ。


「まっ、あいつもこれで少しは懲りただろ。元々無鉄砲なところがあったし、良い勉強になったな」

 手にしたブレードを腰の鞘に収めた俺が、後はサツキに任せてその場を去ろうとした時、


ダダダ。

背後から暴れ狂うような足音が聞こえてきた。


 そちらを振り向くと、8本の腕をがむしゃらに振ったヘルツリーが真っ直ぐ突っ込んでくる。


「ウゴォォォ!!!」


 おそらくヘルツリーの目論見では、先に二人のうち一人を潰して、一対一に持ち込みたかった筈だ。

 それが、意外とサツキが強かった為、こちらへ来た。


 奴の思考の流れが、手に取るように分かる。


(あー、くそ。せっかくサツキと一対一にしてやろうと思ったのに……なんでこっちに来るかね)

 やれやれと首を振った俺は、ヘルツリーを迎えに行くように一歩を踏み出した。


 そのタイミングでチラリと視界の端を確認すると、ちょうど98%の金文字が100%の赤文字に変わる。


 直後に、


ブンッ。

奇声を上げるヘルツリーの真横を超高速ですり抜けた。

 その際に二つあるヘルツリーの頭をまとめて引っこ抜く。


 この間、0.1秒も掛かっていない。ほぼ瞬間移動だ。

 頭を引っこ抜かれた当の本人は自身が絶命した事に気づいてすらないだろう。


 ブシャアッ。

 血が噴き上がる音と共に、背後で頭部を失ったヘルツリーの死体が倒れた。


 それを見下ろし、雑に頭を放り捨てる。


「馬鹿な奴だな。俺とお前じゃS級としての格が違うのよ」

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