第76話 雷鳴
退位事件。
仮面舞踏会との抗争で人手不足に陥ったヒーロー軍が、新人を捨て駒として最前線に送ろうとした事をきっかけに超人五帝と決裂した事件。
結局、五帝のリーダーである“ライトニング”が捨て身で敵地に乗り込み、相打ちの形でボスの首を取ったということに世間ではなっている。
しかし、
『今こそ、退位事件の真相を語ろう――』
壇上でスパイラルが語った話には続きがあった。
なんと、この事件の一年後、再び仮面舞踏会から接触があったという。
それも、ライトニングと相打ちとなり、死んだと思われていたヘルツリーから直接だ。
『実はライトニングはまだ生きている――』
そう語ったヘルツリーは、当時、ギャラクシー4として細々と活動していた四人のうち、スパイラルだけを自身の新しいアジトへ招き、辛うじて生きてる状態のライトニングと面会させた。
そして、一方的な取引を持ちかけてきたという。
その内容は至ってシンプルで、
『仮面舞踏会が全盛期の力を取り戻すまで駒として働いてくれたら、ライトニングの身柄を解放する』というものだった。
当時の仮面舞踏会はヒーロー軍との抗争でかなり疲弊しており、敵対組織から身を守るだけの力がなかったらしい。
そこで、手っ取り早く戦力増強を図りに来たのだ。
ギャラクシー4の四人には、最終決戦の際に敵地に単身で乗り込むライトニングを止められなかったという罪悪感があった。
そこをヘルツリーに上手く利用されたと言える。
ライトニングを人質にしての交渉にノーと言える訳もなく、彼らの手駒となったのだ。
「でも、いまいち腑に落ちないですよね……」
事務所の更衣室でバトルスーツに着替え中のスグルが不思議そうに言う。
「何でだ?」
既に着替えを終えた俺が尋ねると、
「だって、結局なんでヘルツリーが生きていたか分かんないじゃないですか! ヒーロー軍が死体を引き取って直接確認したのに。おかしくないですか?」
唇を尖らせたまま答えた。
「まあ、それはそうだな……」
ヘルツリーは変身前、変身後共に面が割れている。
死を偽装するにしても、ヒーロー軍の目を誤魔化すとなると困難だ。
思わず隣のテツと目を合わせる。
(――
直後に、
「おい、いつまで着替えてるつもりだ。さっさと行くぞ」
更衣室の入り口に不機嫌顔のオッサン隊長が現れる。
その背に続いて玄関を出ると、正面に無骨な装甲車が停まっていた。
俺達の部隊を戦場まで届けてくれる直行便。
目的地は勿論、仮面舞踏会のアジトだ。
「さて、どうなることやら」
大きく息を吐いた俺は、勢いよくその後部座席に飛び乗った。
☆☆☆☆☆
「ねえ、サツキぃー。この問題の解き方分かんないよー。教えてー」
左右に頭を振ったユナが助けを請うように言う。
その日、自宅にユナとアオイを招いたサツキは、中間試験前の勉強会を開いていた。
「どれどれ~」
ユナの手元を覗き込み、丁寧に解き方を解説していく。
ここは一階のリビングだ。
普段、食卓として利用しているテーブルを三人で囲んでいる。
チラリと正面を見やると、勉強に飽きた様子のアオイがキッチン横の戸棚をいじっていた。
なにやら、熱心に戸棚の中のヒーローフィギュアの位置を入れ替えている。
「西園寺さん、さっきからなにやってるの?」
真横に移動したサツキが問いかけると、
「東浦コーポレーションのバトルスーツを着たヒーローを後ろにして、西園寺財閥のバトルスーツを来たヒーローを前に出してるの」
訳の分からない答えが返ってきた。
(いや、この人ほんとに何してるの……)
「それにしても、あなたのお兄さん、趣味がいいわね」
「え? そう?」
喜んでいいのか微妙な内容に中途半端に首を傾げる。
しかし、
「これ見て。西園寺財閥10周年記念に作られた限定モデルよ。隣は20周年記念モデル。それぞれ20体ずつしか出回ってないのに。愛を感じるわ」
続く言葉で一気に顔をしかめた。
「ちょっと待って……なんかそれ、めちゃ高そうじゃない?」
一体のフィギュアを間近で眺めながら尋ねるが、
「かなり珍しいものではあるけど、値段自体はそこまで高くないわ」
すぐにアオイが否定する。
(ふーん、ならまあいいか)
「ちなみにいくら?」
フィギュアを戸棚に戻したサツキが興味本位で質問を投げかけてみると、予想外の答えが返ってきた。
「うーん、1体40万円くらいかな」
「よ、40万!? いや、たっか!?」
(そういえば、西園寺さん、財閥令嬢だった……金銭感覚が全然違うじゃん……)
「というか、他のも同じくらい高いんじゃないよね……? ここにあるの全部合わせて何円?」
日頃からリビングにはヒーローグッズをあまり置かないでと兄には言っている。
ここにあるのはコレクションのほんの一部のはずだ。
不安に思ったサツキが恐る恐る訊いてみると、
「ん? 全部合わせて?」
顎に手を当てたアオイがさらりと答えた。
「そうね、西園寺財閥の製品以外はあんまよく分かんないけど、低く見積もってもごひゃく――」
しかし、
チリリン。
途中でサツキのスマホが甲高い音を立てて遮る。
(ん? 副隊長からメールだ)
軽い調子でメールを開くが、その文面を見て愕然とした。
「げっ、今から本部前集合!? しかも、バトルスーツ着用!?」
それを隣で聞いていたユナとアオイが、
「もしかして、初実践!?」
「随分と早いわね」
驚いたような声を漏らす。
(いや、今から実践って……突然、そんなことある?)
ないないと首を振ったサツキだったが、自身が所属している部隊の隊長、副隊長の顔を思い浮かべて考えなおした。
「いや、まあ――あるか……な?」
☆☆☆☆☆
ぽつり、ぽつり。
どこからか雨漏りしている。
遠くで何かが爆ぜるような激しい音がした。
灰色の牢獄で僅かに身じろぎする。
何かがすぐそこまで来ている。
「オイ……ダレカイナイカ……?」
掠れ声で問いかけるが、返事はない。
普段ならすぐ反応があるのに。
「そうか、誰もいないのか」
一面コンクリートの寒々とした部屋の中。
ヒーロー“ライトニング”は、ゆっくりと瞼を開けた。
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