第77話 作戦開始

 装甲車を降りた俺達は、切り立った丘の上から向かいの岩山を眺めていた。

 その頂上に先の尖った西洋風の巨大な城が鎮座している。


(あれが仮面舞踏会のアジトか。デケぇー)

 目の前にそびえ立つ建築物の大きさに感心する俺の横で、


「ほ、ほう。なかなか立派な城じゃないか。あ、相手に取って不足なしだな……」

顔を真っ青にしたオッサンが震え声で呟いた。


(大丈夫かこのおっさん?)

 明らかにビビった様子の隊長を冷ややかな目で見る。


 すると、

「おい、みんな。話があるからこっちに集まってくれ」

少し離れた位置からスパイラルの声が聞こえてきた。


 そちらに視線をやると、100人近いヒーロー達の前にギャラクシー4の四人が立っていた。

 どうやら、これから今回の作戦を説明するようだ。


 ゴホンと一つ咳払いしたスパイラルが静かに話し始める。


「今回、俺達は二つの班に分かれて行動する。一つの班は西門から入り、敵の注意を惹きつける。そして、もう一つの班は東門から入り、最速でライトニングを救出する」


 今回の作戦で最も大事なのはライトニングの身柄確保だ。

 できるだけ気づかれず、迅速に人質を取り戻す必要がある。


 その為の二班編成。


「ライトニングが捕らえられてる場所を知っているのは俺だけだ。救出班は俺が指揮を執り、少数精鋭で固める。陽動班はジィーブラ、プリティーウーマン、スピードの指示に従ってくれ」


 スパイラルが語った作戦の流れを簡単にまとめるとこうだ。


 まず、救出班がバレないように塀の内側へ侵入。

 これ以上進めないと思ったら陽動班へ合図。

 合図を受け取った陽動班は西門から派手に突入。

 そちらに敵の意識が向いている間に救出班がライトニングを救出。


 シンプルだが、悪くない作戦だ。


(少々、救出班の負担がデカ過ぎる気もするが……)


 一通り作戦の説明を終えたスパイラルが、


「アックスマン隊は俺の後に付いてきてくれ。これから救出作戦の詳しい内容を話す」

手を振りながら近くの雑木林へ歩き出した。


 その背中をぼんやりと見送っていたが、途中でハッと気づく。


(アックスマンって、オッサンのヒーローネームじゃねーか)


「救出班、俺達かい……」



☆☆☆☆☆



 その日は酷い雨だった。

 周囲は敵、敵、敵。


 足元に彼らのボスであった男の死体が横たわっている。


 見開かれた目には感情がない。


 その上にぽたりぽたりと血が落ちた。


 男の血ではない。


 自身の腹部から流れ出る血だ。


 凄まじい激闘で、こちらも無傷では済まなかった。


 腹部の肉を深く抉られ、血が止まらない。

 雨で体が冷え、震えが止まらない。


 言うことを聞かない指で、通信機器を操作し、マイクに口を近づけて叫んだ。


『サイクロン……聞け……俺はもう助からないだろう……!』

 仲間がスピーカーの向こうで何か喚くが、言葉が意味をなさない。

 体の震えを抑え、ただ真っ直ぐ叫んだ。


『ヒーロー軍と……仲間達を頼む!』

 力の抜けた指先からズルリと通信機器が滑り落ちる。


 これで自分の役目は終わった。

 そう思い、目を閉じる。


 その瞬間、


ズキリ。

腹部に負った傷が疼いた。


 数年前に負った古傷が、過去へ遡った意識を現実へ引き戻してくれる。


 ズキリ。

 脇腹を押さえたライトニングが目を開けると、そこは相も変わらず灰色の檻の中だった。



 どうやら、いつの間にか意識を失ってしまったらしい。

 既に雨漏りは止み、爆発音もしない。


 部屋の隅々まで染み込んだような静寂。

 まだ近くに人は戻って来ていないようだ。


 チラリと自身を拘束する手枷と足枷を見やり、鉄格子に打ち付ける。

 甲高い音が響くが、無視して打ち付ける。


 何度も、何度も――。



☆☆☆☆☆



「あそこを見ろ。東門の見張りは二人だ」

 隣で地面に伏せったスパイラルが声を潜めて言った。


 仮面舞踏会のアジトは全方位を高い塀で囲まれた要塞だ。

 塀の高さは20メートル以上と、乗り越えるのは困難。


 出入りするには東か西、二つの門のうちどちらかを通るしかない。


 今、アックスマン隊にスパイラルを加えた俺たち救出班は、東門から数メートルしか離れていない草むらの中に潜んでいた。


 目と鼻の先に真っ黒な石門がある。


 その脇に全身を真っ黒な布で覆った仮面の男二人が控えていた。


 塀の上や近くの矢倉を見るが、特に人影は見えない。


 二つしかない出入口のうちの一つを、たった二人で任された門番。

 怪人化していない為、詳しい強さは推し量れないが、恐らく相当な手練れだ。


(うーむ……)


 そこで改めて背後を振り返ってみる。


 そこには、顔を真っ青にした隊長のオッサン、慣れないバトルスーツに苦戦するテツ、何故か先程のスパイラルの言葉をメモしているスグルの姿があった。


 実に頼り甲斐のないメンバーだ。


(というか、さっきの言葉メモいる!?)


「……仕方ないですね。俺とスパイラルさん二人で門番を無力化しましょう。俺が左殺るんで右お願いします」

 そう言うと、首元のボタンを押し、ヘルメットを展開した。


(今回は俺も力を抑えながら戦わなければならんからな……)


 直後に、目の前で青白い文字が躍った。


― バトルスーツシステム起動。

― 適合率62%。


 隣のスパイラルと頷き合い、一気に草むらから飛び出す。

 ブリキの兵隊を思わせる黒ずんだ銀色のバトルスーツを纏った俺は、地を這うような姿勢で左の門番の懐に飛び込んだ。


「なっ!?」

 助けを呼ぶ暇も与えず、下から鋭いアッパーを叩き込む。


ズカン。

仮面が吹っ飛び仰け反る門番の男。

その頭を掴み、無理矢理こちらに引き寄せた。


すかさず、逆の手で腰のホルスターから武器を引き抜く。


今回の俺のメインウェポンは――。


 ガチャリ。

 恐怖で顔を引きつらせる相手の口に無理矢理銃口をねじ込んだ。


プラズマライフル銃。


(まあ、こんな機会でもないと使わないんでね)


「…………!!!」

声にならない声を発する敵を無視して、素早く引き金を引いた。



「――バンッ!」

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