第75話 今日の友

「どうしよどうしよどうしよー!」

 目の前を中学生くらいにしか見えない小柄な男が行ったり来たりする。


「か、か、監視役をボコったのがバレたら大変よ!」

 部屋の隅では黒いキャバドレスを着た紫髪の美女が頭を抱えて震えていた。


「お、落ち着け二人とも。こ、こんな時こそリラックスがた、た、大切だぜぃ」

 それを縞柄のビジネススーツを着た男が必死でいさめようとしている。


(どう考えても自分が一番落ちつくべきだが……)


 スピード、プリティーウーマン、ジィーブラ。

 部屋の壁にもたれたスパイラルは、慌てふためく仲間三人の様子を静かに眺めていた。


 ここは、ビッグバン事務所内部にある一室。

 ギャラクシー4のメンバーのみに使用が許されたプライベートルームだ。


 現在、今後の方針を話し合う為、四人で集まっている。


「おい、三人共しっかりしろ! 俺達が手をこまねいてる間にライトニングが殺されるかもしれないんだぞ!」

 スパイラルの一言で三人の震えがピタリと止まった。


 こちらを振り向いたジィーブラがゆっくり口を開く。


「だが、どうすればいい? ヘルツリーは怒り心頭で、監視役を殺した者を差し出さなければ、代わりにライトニングを殺すって言ってるんだぞ?」

「テツを差し出すなんて絶対ダメよ! 私たちのいざこざに事務所の仲間は巻き込めないわ!」

「当然だ」


 頷き合うジィーブラとプリティーウーマンにスピードが口を挟む。


「だから、先に人質を取り返すしかないって言ってるだろ? 奴らのアジトに乗り込んでライトニングを救い出すんだ!」


 しかし、

「そんなの無理よ。奴らの戦力知ってるでしょ? 私たち四人だけの手に負える規模じゃないわ」

「ヒーロー軍にも連絡しているが、状況確認中の一点張りだ。応援は期待できない」


すぐに他二人に反対された。


 狭い部屋に沈黙が落ちる。


 仮面舞踏会。世間に素顔が割れてしまった極悪犯ばかりが集まった残忍な集団だ。

 どう考えても相容れない。


(既に奴らは全盛期の力を取り戻しつつある。今回の件がなくても事を構えるのは時間の問題だったか……)


「仕方がない。応援が見込めないなら、四人でやるだけだ。それが例え――自殺行為であっても!」

 覚悟を決めたスパイラルがそう言った瞬間、


「――待って下さい!」

部屋の入り口の扉がガチャリと開いた。



☆☆☆☆☆



『ライトニングが殺されるかもしれない――』

『ヘルツリーは怒り心頭で――』

『いざこざに事務所の仲間は巻き込めない――』

『人質を取り返すしかない――』

『応援が見込めないなら、四人でやるだけ――』


 部屋の中から聞こえてくる会話に耳を澄ませる。

その内容に思わず首を傾げた。


(どういうことだ? ヘルツリーもライトニングも死んだんじゃないのか?)


 ヒーロー“ライトニング”。

 超人五帝のリーダーで、仮面舞踏会のボスであるヘルツリーと相打ちになった。

 世間一般に出回っている話ではそういうことになっていた筈だが。


(ギャラクシー4の奴らの話を聞く限り、まだ生きてそうだな。しかも――人質として)


 そういうことなら、ギャラクシー4が仮面舞踏会の言いなりとなっていた理由に納得がいく。


「でも、不思議だよなぁ。超人五帝はヘルツリーを討ち取った証として、その首をヒーロー軍に差し出していたのに……」

 実際、趣味の悪いマスコミにすっぱ抜かれて記事になっていた。グロテスクな写真付きで。


(ほんと、どうなってんだ?)

 小首を傾げる俺にテツが横から話しかけてくる。


「おい、ダマーラ。今はそんなことより、こいつらを止めることだろ。このままじゃ、ギャラクシー4の奴ら無駄死に覚悟で特攻しちまうぞ」

 


(ふむ……)


 これまでの彼らの話を聞いてる限り、仮面舞踏会は相当な規模の戦力を有してるようだ。

 しかし、ヒーロー軍は動いてくれない。


 だから、無理を承知で四人で特攻を仕掛けるという。

 これは非常にマズい。


 今回、エレファント族からガーディアンズヘ出された依頼は『内通者の特定及び排除』だ。


 内通者が個人ではなく“仮面舞踏会”という組織全体である事が分かった以上、丸ごと潰さなくてはならない。

 

 これにはかなりの労力が必要だ。


 そこで、ティガーには、周りのヒーロー達を上手く使って仮面舞踏会を疲弊させるように言われている。

 できれば壊滅。そうでなくとも、弱体化させておいた方が後々潰しやすい。


「ビッグバン事務所全体で戦争をしかければ、どんな巨大組織相手でも勝機あると思うんだがな」


 ビッグバン事務所は総勢100名のヒーローを抱える一流事務所だ。

 戦力的には申し分ない。


「仲間を巻き込みたくないという奴らの甘さが出ているな。こうなったら――俺が説得してやるぜ!」

 そう言ったテツが一切の躊躇なく扉を開けた。


(おいおい。そんな無策で飛び込んで説得できるような状況じゃないだろ……)


 俺の心配を余所に、


「――待って下さい!」

ズカズカと部屋の中へ足を踏み入れて行く。


 突然の乱入者にスパイラルを筆頭としたギャラクシー4の面々が一斉に振り向いた。


「お前、今の話聞いてたのか!?」

「はい! 盗み聞きしてすんません! でも、元はといえば俺のせいですから!」

 勢いよく言ったテツがスライディングで中央へ躍り出る。


 そして、

「お願いです! 俺を――いや、俺達事務所の仲間を今度の戦いに連れて行って下せぇ!」

ガバリと土下座した。


 伝家の宝刀、スライディング土下座だ。


(こいつ、意外とプライドないな……)


 しかし、

「ダメだ。俺達のせいで仲間を危険にさらすことはできない!」

スパイラルにあっさり却下される。


 それでも、テツは引き下がらなかった。


「スパイラルさんにとって俺達はそんなに信用なりませんか?」

 そう言うと、鼻の下をこすりながらえへへを笑う。


「これでも俺達、ヒーローっすよ? 覚悟ならとっくに出来てます――信じて下さい」


 どこまでも純朴な笑顔だ。


 そして、恐ろしく臭い演技だ。


(こんな三文芝居で誰が説得されるんだよ……)


 なにやってんだこいつと、冷めた視線を送る俺の眼前で、


「テツ――お前ってやつは――」

何故かスパイラルが目頭を押さえて俯いた。



(……あれ? もしかして、説得されてる!?)



☆☆☆☆☆



 翌日、俺達はビッグバン事務所内の大広間に集められていた。

 俺とテツだけではない。

 ビッグバン事務所に所属するヒーロー全員だ。


「お前たち、聞いてくれ! 実は俺達ギャラクシー4は元超人五帝なんだ」

 前の壇上では、真剣な表情でスパイラルが話している。

まさかのカミングアウトに場内が騒然とした。


「これから俺達はかつての仲間を取り戻す為、巨大怪人組織との全面戦争を始める。だが、どうしても四人だけでは戦力が足りない。そこで、君たちの力を貸して欲しい。同じ事務所の仲間として頼らせてはくれないか?」

 そこまで言い、一旦言葉を切ったスパイラルが再び口を開いた。


「――今こそ、退位事件の真相を語ろう」

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