第56話 ヒーロータイム
『ああ、なるほど……お前アレか……。ショッピングモールでも邪魔してきた女学生か。あの後、ネットやメディアで大層持て囃されていたなぁ。運良く命拾いした分際で。いずれ殺そうと思っていたが、探す手間が省けたな。クックック』
満月が照らす薄暗い駐車場に、恐ろしい早口が響く。
『大体、なんだそのバトルスーツは? 剣を6本もさして、派手なだけで実用性皆無だろう。素人が作ったんじゃあるまいし。最近のスーツ技師は仕事が雑で適わんな。俺が作った方がいいんじゃないか?』
サツキの飛び蹴りから復帰した
(やば、頭打っておかしくなった……?)
これまでの反英雄とは似ても似つかぬ振る舞いに戦々恐々とする。
足元ではボロ雑巾のようになった東浦が、泡を吹いて気絶していた。
「ちょっ、東浦くん大丈夫?」
ツンツンと爪先で蹴ってみるが反応はない。
胸は規則正しく上下している為、今すぐ命に関わるという事はなさそうだ。
(どちらにせよ早く病院へ運ばないと)
意識のない東浦から視線を切ったサツキが顔を上げると、真っ直ぐこちらを睨みつける反英雄と目が合った。
どうやら、完全に正気に戻ったらしい。
濃密な殺気を全身に受け、思わず萎縮しそうになる。
しかし、自身の頬を張ることで、無理やり心を奮い立たせた。
両手の指先でブレードを弄びながら一歩前へ出る。
すると、それに応じるように反英雄が胸の前でブレードを構えた。
奇しくもどちらも二刀流。合わせ鏡のように同じ姿勢で向かい合う。
互いの間の緊張感が限界まで膨れ上がった次の刹那、
『……死ね』
小さく呟いた反英雄が鋭く地面を蹴った。
そのまま、地を這うような低い姿勢で突っ込んでくる。
まるで、獲物に襲い掛かる野生のチーターだ。
あっという間に懐に飛び込むと、下から抉るような刺突を放ってきた。
その切先が首元に触れるギリギリの所で、自身のブレードを無理やり間に捩じ込む。
シャリン。
手首を柔らかく使ったサツキは、器用に相手の力を受け流すと、前のめりになった反英雄の顔面に左手の剣柄を叩き込んだ。
しかし、凄まじい反応を見せた反英雄が、すんでのところで回避する。
弾かれたように後方へ飛び退くと、左手のブレードを力任せにぶん投げてきた。
「危なっ」
その切先を身を屈めて回避した時には、既に別のブレードの切先が目の前にある。
ブレードを両手で握り直した反英雄が、鋭い踏み込みから顔面に逆袈裟斬りを放ってきた。
鼻先までの距離、僅か15cm。
常人であれば防ぐのを諦めている距離だ。
しかし、
(……まだ間に合う)
離れた位置にある自らの左手を強引に引き寄せる。
「う、ご、けぇぇぇ!!!」
自らのブレードを逆手に持ち直すと、反英雄のブレードに真横から思い切り叩きつけた。
バキンッ。
甲高い音と共に交差する刃。
全身のバネを駆使したサツキは、力尽くで相手のブレードをへし折った。
『何!?』
まさかの反撃に反英雄が思わず動きを止める。
その光景に強烈な既視感を覚えた。
(似ている……ショッピングモールでの戦闘に……)
不意打ちのハイキックから始まり、反英雄のブレードをへし折った。
図らずも全く同じ展開だ。
唯一つ、
(――私のバトルスーツが壊れていないという点を除けば!)
「おら!」
その場で綺麗に軸足を入れ替えたサツキは、未だ放心状態の反英雄目掛けてハイキックをお見舞いした。
再び深紅の稲妻と化した右足が反英雄の顔面に突き刺さる。
ズパンッ。
激しい音と共に反英雄の上体が仰け反った。
完璧なクリーンヒット。
そのまま、ガラ空きの胴部目掛けて右のブレードを振り抜く。
残像すら目に映らない神速の一撃だ。
鋭い弧を描いた刃の切先が、相手のプラズマフィールドを肩口から斜めに斬り裂いた。
『グゲェェェ!!!』
暮れ始めの闇夜に鮮血が舞う。
ー 適合率58% ー
目の端で真っ赤な文字が艶やかに踊った。
直後に、フラつく反英雄の顔面に強烈な肘打ちを叩き込む。
その余りの威力に反英雄がよろよろと後退した。
『うげぇ、俺の鼻ガァァァ!!!』
そのまま、両手で顔を覆って喚き散らす。
現役最高峰のヒーローの適合率が60%。
そこに迫る異常に高い数値に、自分自身が振り回されそうになる。
(練習では40%が限度だったのに。出力やばすぎ……)
頬を引き攣らせたサツキが、慎重に追撃への一歩を踏み出そうとしたその時、
『小娘が! 調子に乗るなよ!』
体勢を立て直した反英雄が雄々しく吠えた。
次の瞬間、
ズパンッ!
その手元から4本のワイヤーケーブルが射出される。
ショッピングモールでサツキにトドメを刺した反英雄の奥の手だ。
先端に取り付けられた鋭い杭が一斉に牙を剥いた。
(このタイミングでワイヤー攻撃!?)
完全に意表を突かれ、慌てて地面に飛び込んだ。
ワイヤーの下を転がる様にして掻い潜ると、背中のバネを使ってすぐに跳ね起きる。
その瞬間、サツキの360°視界が背後で信じられない動きをするワイヤーの様子を捉えた。
勢いよく通り過ぎて行った筈の四本の杭が急に空中で向きを変えたのだ。
カクン。カクン。
二度、直角に折れ曲がる様にして、再びサツキの元へ戻ってくる。
我先にと襲い来るその様は、まるで意思を持った生命体のよう。
(どういう原理!?)
驚いたサツキが襲い来るワイヤーのうちの一本を、僅かに首を捻ることで躱そうとするが、またまた信じられない事が起こる。
カクン。
回避行動を取るサツキの動きに合わせてワイヤーが進行方向を変えたのだ。
完全に躱し切ったと思い、油断したサツキの眉間に鉄製の杭が直撃する。
「がぁ!」
大きく上体を反らせたサツキは、頭が割れるような痛みを堪え、なんとかその場に踏みとどまった。
幸い、プラズマフィールドは破られていない。
しかし、今の一撃で限界を迎えたのか、
ー plasma-field lost ー の文字が眼前に浮かんでいた。
(やばい……次、直撃もらったら死ぬ……)
フラフラになりながらも必死で目を凝らす。
続くワイヤーの動きをなんとか見切ると、サイドステップで大きく横へ躱した。
追い縋ってくる鉄杭をブレードで叩き落とすと、3本目、4本目も同様に対処する。
しかし、4本目のワイヤーを叩き落とした時には既に1本目、2本目がこちらに向かって迫っていた。
一度勢いを失ったワイヤーが地面で頭をもたげ、弾かれたように襲いかかって来る。
まるで、4匹の獰猛な蛇を相手にしている気分だ。
『ハハハ! 逃げろ。逃げろ。当たったら死ぬぞ』
必死に逃げ回るサツキの様子を反英雄が遠目から笑う。
(くそぉ、キリがない……)
肩で荒く息をしたサツキは、尚も追い縋るワイヤーを避け続けた。
側転、バク転、後方宙返り。終いには、ワイヤー自体を足場に使って空中へ逃れる。
『おいおい、サーカス団のピエロじゃないんだぞ』
高い追尾性能を持つワイヤーを躱すには、どうしても大きく避けないとならない。
その為、一度の回避でゴリゴリと体力を削られた。
ピシリ。
一本のワイヤーが頬をギリギリで掠め、別の一本が脇腹の肉を浅く削り取っていく。
「ぐっ」
なんとか悲鳴を飲み込んだサツキは、殆ど地面に倒れ込むようにして、次の攻撃を躱した。
そのまま、ゴロゴロと地面を転がり続ける。
(まずい、このままじゃ捕まるのは時間の問題だ……)
素早く立ち上がったサツキが肩越しに反英雄の様子を確認すると、仁王立ちでこちらを凝視していた。
右手一本で4本のワイヤーを器用に操る様は、まるで優れた人形使いのよう。
これだけの数のワイヤーを互いに絡まらないように動かすのは並大抵の技術じゃない筈だ。
(結局のところ、このワイヤー攻撃を止めるには本体を叩くしかないのか……)
休みなく動き続け、サツキの体力はもう限界だ。
全身の筋肉が悲鳴を上げ、酸欠で視界がチカチカしている。
当初の計画ではヒーロー軍到着まで相手の攻撃を凌ぎ続けるつもりだったが、今の状況ではとても無理だろう。
既に全身傷だらけの血だらけ。
間違いなくヒーロー軍が来る前に捕まってしまう。
(それならば!)
胸の内で覚悟を決めたサツキは、一気にその場で身を翻した。
そのまま、反英雄に向かって一か八かの特攻を仕掛ける。
この状況になってしまえばもう後戻りはできない。
反英雄の元に辿り着き首を刎ねるか、途中で串刺しにされるかだ。
突然プラン変更して駆け出したサツキに、4本のワイヤー達は追い付けていない。
背後から猛烈な勢いで迫って来ているが、サツキが反英雄の元に辿り着く方が早そうだ。
(このままなら行ける!)
互いの位置関係を確認したサツキがそう確信したその時、
『くはっ、馬鹿め。今少し俺に勝てるかもと希望を持っただろう? お前が俺自身を狙ってくる事などお見通しだ!』
勝ち誇ったように叫んだ反英雄が、おもむろに懐に左手を伸ばした。
そのまま、新たにワイヤーケーブルを4本取り出す。
「嘘でしょ……」
呆けたように呟くサツキの元に、
『死ね!』
ズパンッ!
新たなワイヤーケーブルが4本射出された。
全て横並びで完全に進行方向を遮って来る。
(しまった。逃げ場がない……)
思わず足を止めてしまうサツキ。
直後に、計8本のワイヤーケーブルが同時に襲い掛かった。
前後左右上下。ドーム状に広がって襲い来るワイヤー1本1本が神速で必殺の威力を持つ。
(……これがS級怪人か)
そう思わずにはいられない。
360°視界は全てのワイヤーの動きを捉えているが、とてもじゃないが判断が追いつかない。
(私にもっと力があれば……)
目の端で適合率が大幅に上昇する見えた。
適合率62%。
それでもまだ足りない。脳裏に死がチラついた。
(もっと、もっと――)
バトルスーツが熱を帯び、体に強烈な負荷がかかる。
顔前に表示される適合率が遂に65%を超えた。
それでも脳の処理が追いつかない。
(お兄ちゃん、力を貸して……)
体が内側から焼けるような痛みと共にバトルスーツと一つになる感覚を覚える。
「ア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」
全身の穴という穴から血を流したサツキが絶叫した時、不意に一つの言葉が脳裏に蘇った。
『――その主な効果としては筋瞬発力の増加や脳の情報処理速度の向上などが挙げられ、強いヒーロー達は皆揃って「極限状態に陥った時、敵の動きがスローモーションに見えたことがある」と口にする』
怪人監獄で看守長が口にしていた言葉だ。
適合率70%。目の端で信じられない数値が踊る。
次の瞬間、サツキを取り巻く世界がピタリと動きを止めた。
「……ヒーロータイムだ」
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