第55話 深紅の稲妻

 工場の闇から一歩外へ踏み出す。

 目の前には反英雄アンチヒーロー

 そこから戦闘へ突入するまでは一瞬だった。


 互いの視線が交差した刹那、両手にブレードを握った反英雄アンチヒーローが真っ直ぐこちらへ突っ込んでくる。


(速すぎる……!?)

 咄嗟にバトルスーツシステムを起動しようとして諦めた。

 かわりに素早く身をよじることで、横一線に振われたブレードの直撃を避ける。


 真紅の刃が頬を浅く斬り裂き、鮮血が宙に舞った。


「くっ」

 痛みを堪え、後方へ転がるようにして距離を取る。

 しかし、顔を上げた時には既にブレードを振り上げた反英雄アンチヒーローの姿が目の前にあった。


 再び地面に転がることで、振り下ろされた剣先をなんとか躱す。


 現在、サツキは上下黒のジャージ姿。

 その下にバトルスーツを着込んでいるが、起動するには上着を脱ぎ捨て、首元の起動ボタンを押す必要がある。

 しかし、眼前に肉薄する反英雄アンチヒーローはその僅かな隙すら与えてくれない。


(ちょ、キツすぎ……)

 交互に突き出される左右のブレードを紙一重で躱し、お返しに右の手刀を首筋に叩き込んだ。


 しかし、


バギィ。

プラズマフィールドに阻まれて一切ダメージが通らない。

 逆に前傾姿勢になったサツキに反英雄アンチヒーローがここぞとばかりに鋭い一撃を放ってくる。


 音すら置き去りにする神速の一文字斬り。

 その影を目の端で捉えた瞬間、頭で理解するよりも先に体が動いていた。


 上体を大きく逸らすことで刃を掻い潜り、ブリッジの状態からバク転の要領で後方へ下がる。


 その際にガラ空きの反英雄アンチヒーローの顎に右の爪先を叩き込んだ。


 ズパンッ。

 空気が爆ぜるような音と共に反英雄アンチヒーローの頭が上を向くが、次の瞬間には何事もなかったかのように突っ込んでくる。


 まるで、怒り狂った獣だ。

 体ごとサツキを後方へ押し込むと、ブレードを振るうと見せかけて、離れ際に蹴りを放ってきた。


 完全に予想外の一撃。

 咄嗟に両腕で防ごうとするが間に合わない。

 ガラ空きの鳩尾に右足を捻じ込まれ、派手にえずく。


「ゴハッ」

 くの字に折れ曲がったサツキの顔面に容赦のない反英雄アンチヒーローの膝蹴りが炸裂した。


 バチン。

 目の前で火花が弾け、後方へ大きく吹っ飛ぶ。

 そのまま、工場の壁際に並べられた空き箱の山に突っ込んだ。


(あ゙あ゙あ゙! 死ぬぅぅぅ)

 あまりの痛みに意識が飛びそうになる。

 それを歯を食いしばってなんとか堪えた。


「三枝!!!」

 視界がぐるぐると回り、体に一切力が入らない。

 そんなサツキと耳に、トドメを刺そうと迫る反英雄アンチヒーローの足音が届く。


 しかし、

「させるか!」

続けて複数のブレードが何度も斬り結ぶ音が聞こえてきた。


 どうやら、東浦のバトルスーツシステムの起動が間に合ったらしい。


(ああ……なんとか助かった……)

 仰向けのまま、ボーッと夜空を眺め、眩暈が収まるのを待つ。

 鼻血を拭ったサツキが、吐き気を抑えながら上体を起こすと、バトルスーツを纏った東浦が反英雄アンチヒーローに一方的にボコられているのが見えた。


 それでも膝をつかず何とか耐えている。


「さすが東浦式。防御特化は伊達じゃないね」

 視線を逸らし、自身の状態を確認していった。

 幸い鼻の骨は折れていないようだ。


 他に目立った外傷もない。

 バトルスーツによる一撃を生身で喰らってこれだけ軽傷なのは奇跡といえるだろう。


(体が頑丈でよかった……)

 脳震盪が治まると、次第に全身の力が戻ってくる。

 足に力を入れたサツキがゆっくり立ち上がると、ちょうど反英雄アンチヒーローの袈裟斬りをモロに喰らった東浦が地面に倒れ込む所だった。


 それを横目に素早く上着を脱ぎ捨て、口内にガムを放り込む。

 続けてジャージズボンを力任せに引きちぎると、首元のボタンを押してヘルメットを展開した。


 直後に起動されるバトルスーツシステム。

 失われた力が戻り、それ以上の高揚感が身を包む。


 視界が360°に広がると同時に背負った6本のブレードのうち2本を引き抜いた。


 赤と青。

 左右で色の違うロングソードだ。


「ヒーロー軍到着まで残り3分くらいかな?」

 目の前で意識を失った東浦を斬り付けまくる反英雄アンチヒーローを見て眉を潜める。

 その切先は何重にも展開されたプラズマフィールドに弾かれて体に届いていない。


 しかし、全てが破られるのも時間の問題だろう。


『いい? このガムは効果が出るまで少しタイムラグがあるわ。使い所は慎重にね』

 頭の中でオリビア先生の言葉が響く。


(流石に効くまで待ってられないか)

 仕方なく覚悟を決めたサツキは、トンッと軽く地面を蹴った。

 重力に逆らい、ふわりと浮かぶ体。


 空中で深紅の稲妻と化したサツキは、驚いてこちらを振り向いた反英雄アンチヒーローの横っ面に渾身の飛び蹴りを叩き込んだ。

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