第53話 ラストダンス

 その日、休暇で暇を持て余したクラウンは、ヒーロー軍本部のとある一室を訪れていた。


 アンチヒーロー対策室。

 掲げられたネームプレートを横目に、部屋の中へと足を踏み入れる。

 すると、そこは火事場のような騒ぎだった。


「おい、二人目の被害者が出たぞ!」

「正確な位置情報を割り出せ!」

 広い室内を20人近いスタッフが右往左往している。


(ん? どういう状況だこれ)


「おい、何があった?」

 近くに顔見知りのスタッフを見つけ、状況を尋ねると、


「げっ、クラウンさん。今忙しいんで後にして欲しいんですけど……。というか、クラウンさんアンチヒーロー対策チームに入ってないじゃないですか?」

物凄く嫌な顔をされた。それはそれは露骨に。


「うるせぇ。あいつには個人的な恨みがあるんだ。知ってる情報があったらとっとと寄越せ」

「あー、分かりました! 分かりましたから、そんなに強く引っ張らないでください」

 腕力に訴えると、年若い男性スタッフが仕方なしといった様子で状況を説明してくれる。


「もうこんな忙しい時に……。実は今日の昼過ぎから反英雄アンチヒーローによる被害が二件立て続けに起きてるんですよ」


「何!? 遂に奴が動いたのか?」


 反英雄アンチヒーローによる被害は実に一週間振りだ。


「はい。最初に襲われたのは埼玉西部へ遠征中のモンクアサシンでした。市街地を行軍中に部隊ごと壊滅させられ、現在意識不明の重体です」


「チッ。あのバカ、やられたのか。どうせ狙うなら俺を狙ってくれればよかったのによぉ」

「クラウンさん、またボコられたいんですか?」


「馬鹿野郎!返り討ちにするに決まってんだろ!」

「あー、痛い痛い。耳引っ張らないで」


「それで、二件目は?」 

「えー、二件目の被害者はネクロシアという民間ヒーローですね。自宅にいる所を襲撃されました」


「ネクロシア?聞かない名だな」

「ええ。それほど功績のあるヒーローではないのでしょう。現在、詳しい身辺情報を洗い出し中です」

 クラウンと顔見知りのスタッフがそんな風に言葉を交わしていると、


「荒谷チーフ。ネクロシアの身辺情報の洗い出しが完了しました」

 タイミングよく別のスタッフが紙の資料を持ってきた。


「どれどれ」

 二人してその内容に目を通す。


 被害者。

 ヒーロー“ネクロシア”(民間)


 主な功績

・痴漢逮捕

・怪人デッパ(D-)討伐

・詐欺グループ検挙


 直近の参加任務。

・首相の身辺警護


 身内の軍関係者

 猪頭ユウ(長男) 。16歳。

 ヒーロー軍高等学校一年。


 別に大した情報は載っていない。

 しかし、

「ん?猪頭ユウ?どこかで目にした名前だな……」

最後の軍関係者の欄で引っかかりを覚えて目を止める。


「本当ですか?彼も襲撃時、自宅にいたようですが、ネクロシアが戦っている間に逃走し、何とか被害は免れています」


(猪頭ユウ……猪頭ユウ……。はて、何処で聞いた名前だったか)

 顎に手を当てたクラウンがうんうん唸っていると、やがてパッと記憶が蘇った。


「あっ、そうか! こいつの名前、マイクロゲート壊滅作戦の参加者名簿で見たんだ! 名前通りイノシシ面のデブ。小憎たらしい目で俺を睨んでたからよく覚えてるぜ」


「それ本当ですか!? もしそうだとしたら、両方の襲撃現場にマイクロゲート壊滅作戦の参加者がいた事になりますが……これって単なる偶然ですかね?」

「はっ、んなわけあるかよ。十中八九仲間を殺された報復だろ」

 顔見知りスタッフの発言を鼻で笑う。


「しかし、どういう事だ? 反英雄アンチヒーローの報復宣言を受けて、対象者には警護をつけてるはずだろ?」


『貴様らは過ちを犯した。報いは受けさせる。必ずだ』

 前回の遭遇時に反英雄アンチヒーローが言い残した言葉だ。


「それが、人員の問題もありまして、自力で対処できそうなヒーローや、直接手を下しておらず、報復の対象になりそうもない学生には警護をつけていないんですよ」

「マジかよ。それじゃ、今も学生達は無防備なままってことか?」


「これは少しマズいかもしれない……」

 サッと顔を青ざめさせたスタッフが、フロア中に響く大声で命令した。


「今回の反英雄アンチヒーローの標的はマイクロゲート壊滅作戦参加者だ! 学生も含め、早急に全員の安全を確保しろ! さもないとまた犠牲者が出るぞ!」


 その言葉を背に、対策室を後にする。


反英雄アンチヒーローの居場所が分かったらすぐに俺に連絡しろ。部隊を率いて急行する」


☆☆☆☆☆


 その日、有給を取った俺は、自宅で洗車をしていた。


「よーしよし。綺麗になれよー」

 自慢の愛車に洗剤をぶち撒け、スポンジでごしごしと擦る。

 少しの汚れも許せない俺が、これでもかと車体を磨いていると、


プルルル。

不意に胸ポケットのスマホが音を立てた。


(誰だよこんなタイミングで……)

 仕方なくゴム手袋を外し、電話に出る。


 すると、

『やぁ、相棒。洗車中に悪いね』

スピーカー越しにティガーの声が聞こえてきた。


「何で俺が洗車中だって分かるんだよ……」

『はは、それは企業秘密さ。今回は少し急ぎの用があってね。途中で連絡させてもらったよ』


「急ぎの用?」

『ああ。実はね、遂に君の偽者の居所が掴めたんだ』


(何? ケイソウさんの?)

 もたらされた情報に思わず鋭く目を細める。


「そうか、それは吉報だな」

『だろ?』

 得意げなティガーの声を聞きながら洗車道具を隅に片付けた。


「それで、奴は今どこにいるんだ?」

『それは――』

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