第52話 復讐の剣

 コツリ。コツリ。

 薄暗い廃墟に乾いた足音が響く。

 柱の陰に身を潜めていたクンショウがハッと顔を上げると、建物の入口に完全武装した反英雄アンチヒーローが立っていた。


『ターゲットの居場所は掴めたか?』

「はい。大方は……」

 こちらに歩み寄ってくる反英雄アンチヒーローに、柱の陰から這い出たクンショウが恭しく頭を下げると、


『そうか。ならば、そいつを寄越せ』

手元から愛用のノートパソコンを無理やり奪い取られた。

 覆い被さるようにしてディスプレイを覗き込んだ反英雄アンチヒーローが、クックックと楽しげに喉を鳴らす。


『遂に……遂に復讐を果たせる時が来たぞ』

 直後に近くの壁を思い切り殴りつけると、癇癪を起こしたように叫んだ。


『あ゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙! 私の楽園を壊した糞ヒーロー共! 目にもの見せてやる!!!』

 そのまま、ガンガンと柱に頭を打ち付ける。


 その異常な行動にゴクリと唾を飲んだ。


(ああ、お労しや。怒りが人をここまでの奇行に走らせるのか……)


 ある日、目の前に現れた弱き者達の希望。

 危険度S級怪人“ 反英雄アンチヒーロー”。

 その正体や素顔は誰も知らないが、ただ一つ確かな事がある。

 それは、彼が同じ怒りや屈辱を胸に抱く同志であるということ。

 それだけだが、それだけあれば信頼するには十分だ。


反英雄アンチヒーロー様。どうか、同志達の無念をお晴らしください」

 クンショウの言葉に、すっと我に帰った反英雄アンチヒーローが落ち着いた口調で答えた。


『当然だ。私を侮った輩には報いを受けさせなければならない』

 微妙に噛み合っていない回答に、いやーな気持ちがジワリと胸に広がるのを感じる。


(しかし、この方が我々には必要だ……)

 静かに瞼を閉じるクンショウの横で、


『最初のターゲットはあいつにしよう――モンクアサシン。私を見る目が挑戦的で生意気だったからな』

反英雄アンチヒーローが再び楽しそうに喉を鳴らした。


☆☆☆☆☆


 鉄の骨格剥き出しの人型ロボットが強烈な前蹴りを放ってくる。

 深紅のバトルスーツを纏ったサツキは、僅かに身を捻る事でその一撃をやり過ごし、思い切り右腕を振り抜いた。


 ズバンッ。

 手加減一切なしの右ストレート。

 鉄製のロボットの装甲を難なく破ると、その胸元にドデカい風穴を開けた。


「わーお、このバトルスーツやば過ぎ」

 驚くサツキの眼前で、制御盤を破壊されたロボットが背中からもんどり打って倒れる。

 それを横目に、バトルスーツの様子を確認した。


 本気で振り抜いた右腕。回避に使用した両足。

 どこを見ても異常はない。


 試しにシュッシュッとシャドウをしてみるが、操作性もバッチリだ。

 まるで、生身の肉体をそのまま強化したようなシンクロ感。


(あんなに苦戦していたバトルスーツの操作が思うがまま。意外とお兄ちゃんって腕良いのかも……)

 その後も、自律駆動のロボット相手にスパーリングを繰り返す。


 現在、ヒーロー軍高等学校は春休みの真っ只中だ。

 体育館は自主訓練用に開放されているが、利用者は殆どいない。

 今日も館内にはサツキ一人だ。


「みんな、長期休み中は自宅で訓練してるのかな?」

 一旦、訓練に区切りを付けたサツキが、壁際で水分補給をしていると、


「あ?なんだ。先客がいんじゃねーか。しかも、三枝かよ」

不意に背後から気怠げな声が聞こえてきた。

 驚いたサツキが入口の方を振り返ると、扉の前にポケットに手を突っ込んだ赤髪男が突っ立っている。


「げっ、東浦くん」

「げっ、とは何だ。露骨に嫌そうな顔すんじゃねぇ」

 面倒くさそうに言った東浦キョウスケが、壁際にボストンバックを下ろす。

 そのまま、バッと上着を脱ぎ捨てた。


 ヒーローの多くは常日頃から服の下にバトルスーツを着込んでいる。

 それは東浦も例外ではなかったらしく、上半身にまとった臙脂色のバトルスーツが露になった。


 胸元に刻まれた爪痕のようなエンブレム。


(わぁ、東浦コーポレーションのバトルスーツだ!やっぱ、跡取りは自社製のバトルスーツを着るんだなぁ)


「東浦くんも体育館で自主訓練?」

「ん?ああ……」

 サツキの言葉におずおずと頷いた東浦がこちらを振り返る。

 そして、怪訝そうに眉を顰めた。


「おい、三枝。なんだそのバトルスーツは?」

 サツキの纏った深紅のバトルスーツを指差し、尋ねてくる。


「ふふ、いいでしょ? 私専用のカタパルト式バトルスーツだよ」

「私専用って……エンブレムがねぇじゃねーか。それどこ製のスーツだ?」

「うーん」

 東浦の質問に一瞬考え込むようにして答えた。


「敢えて言うなら、自家製?」

「なんだ自家製って? 漬け物じゃねぇんだぞ」

 呆れ顔の東浦が、


「というか、なんでブレード6本も持ってるんだよ。嵩張るだけだしそんなに要らねーだろ。設計者頭おかしいのか」

恐ろしく真っ当な指摘をしてくる。


(うっ、正論過ぎて返す言葉がない……)

 しかし、設計者を否定され、なんとなくムッとしたので強気で言い返した。


「はは、東浦くん。そんなこと言うなんて、バトルスーツのこと全然分かってないんだねぇ〜」

「あ゙?」

 明らかに不機嫌になる東浦に気圧されながらもドヤ顔で言い切る。


「いいかい?バトルスーツはロマンだよ。東浦くん」


「…………」

 その言葉に東浦が鎮痛な面持ちで黙り込む。

 そして、絞り出すように言葉を紡いだ。


「三枝。お前、何か深刻な悩み事でもあるのか?俺でよければ相談乗るぞ?」


(くっ、憐れみの視線が痛いよ。お兄ちゃん)

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