第51話 ロマン砲
「やべ、寝落ちした……」
ハッと目を覚ました俺が上体を起こすと、そこは作業用レンタルガレージの中だった。
チッチッチッ。
軽快に時を刻む壁際の時計。
時刻はまだ朝の6時だ。
(今日が休みじゃなかったらキツかったな)
変な体勢で寝ていたからか、首が痛む。
バキバキと関節を鳴らした俺が立ち上がると、部屋の中央に飾られた深紅のバトルスーツが目に入った。
昨晩、夜通しで完成させた渾身の一着。
何処からか僅かに陽光が差し込む小部屋で異様な存在感を放っている。
(そういえば、ケイソウさんもこんな色のブレードを使ってたな……)
その出来をしばらく眺め、ポツリと呟いた。
「さて、家に帰りますか」
一つ気合を入れると、素早く散らかった作業部屋の片付けを済ませる。
そのまま、完成させたバトルスーツと武器一式をトランクに詰め込み、家に向かって車を走らせた。
自宅とガレージとの距離は片道20分ほどしかない。
鼻歌を歌っていれば、あっという間に自宅前だ。
「ただいまぁ……」
声を抑えた俺が、家の中へ足を踏み入れると、そこはも抜けの殻だった。
(なんだ?サツキのやつ、また早朝ランニングか?)
コマンダー養成プログラムの実地訓練から早1週間が経ち、サツキ達ヒーロー軍学校の生徒は春休みに入っている。
早朝5時に起きてランニングをするのが最近のサツキの日課だ。
「もう少しすれば帰ってくるか」
適当に荷物を放った俺がキッチンでコーヒーを淹れていると、案の定、すぐにサツキが帰ってきた。
「あっ、お兄ちゃん。おかえりー。すぐに朝食作るからちょっと待っててね」
そう言うと、スポーツウェア姿のまま料理を始める。
その手つきは慣れたもので、動きに一切の淀みがない。
数分後には食卓に二人分の朝食が並んでいた。
「いただきまーす」
元気に手を合わせた俺がガツガツご飯を掻き込んでいると、
「そういえば、お兄ちゃん。昨日何してたの?全然連絡つかなかったけど」
向かいに座るサツキが不思議そうに尋ねてくる。
「何って、お前のバトルスーツ作ってたんだよ。外部の作業部屋を借りてな」
「へー。てっきり仕事なのかと思った。やるじゃん。トマト一つあげる」
「いらん」
サツキのフォークを退け、壁際のスーツケースを指差す。
「一応、昨日で完成したから後で試着してみてくれ。不備があったら直す」
「嘘、もう完成したの?着る着るー!」
上機嫌に応じたサツキが、あっという間に食事を平らげ、自室へ消えて行った。
(忙しない奴だな)
その後ろ姿を見送り、時間を潰すためにテレビをつける。
すると、
『
ちょうど、面白そうな番組がやっていた。
怪人専門家を名乗る大人達が、ここ一週間、足止りの掴めない反英雄の動向について真剣に話し合っている。
ここでいう反英雄とは偽者の事だが。
ヒーロー軍による怪人組織“マイクロゲート”強襲作戦。
その最中に反英雄が姿を現した。
この事実は当初ヒーロー軍によって伏せられていたが、どこからかマスコミに情報が漏れ、あっという間に世間に拡散された。
俺がそのニュースを知ったのが、事実発覚の翌日。
当然、森へ“クンショウ”を助けに行ったのは俺ではなく偽者だ。
(しかし、ケイソウさんがマイクロゲートと繋がっていたとはねえ。なんか納得だなぁ)
怪人組織“マイクロゲート”は、微生物型怪人の社会的地位向上を掲げる組織で、怪人界隈で知らない者がいない程に有名だ。
その一番の特徴はなんと言っても強い『憎悪』。
構成員全員が肉食型怪人を始めとする社会的強者へ強い恨みを持っており、たびたび問題を起こしてきた。
俺も昔一度誘われた事があるが、あまりにも熱量が高すぎて引いてしまったくらいだ。
しかし、日々ファローに虐げられ、ジークリンズ内での自身の扱いに不満を募らせていたケイソウさんがマイクロゲートの思想に惹かれたのは分からないでもない気がする。
(微生物怪人であれだけの戦闘力。その上、反英雄の名前も騙ったとなれば、さぞチヤホヤされただろうなぁ)
その時のケイソウさんの気持ちを思い、苦笑する。
マイクロゲート壊滅以降、偽者は一度も表舞台に出てきていない。
頻繁に行っていたヒーローや怪人への襲撃もぱたりと無くなり、不気味なほど大人しくしている。
ティガー曰く、
『これまでの偽者くんの襲撃はマイクロゲートのバックアップありきだったんだろうね。それが突然なくなったから動けないんだよ』
だ、そうだ。
続けて、
『ただ、ああいう輩はあまり我慢が効かないからね。遅かれ早かれ動くと思うよ。そうだねぇ、僕の予想では再び動き出すのは一週間後ってところかな』
とも言っていた。
カレンダーを見ると、今日でぴったり一週間。
(ティガーの予想が正しければ、そろそろ動き出してもおかしくない頃か……)
再びテレビに視線を戻し、妹の着替えを待つ。
俺が適当にザッピングしていると、
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! このバトルスーツおかしいんだけど!?」
深紅のバトルスーツを纏ったサツキが部屋に飛び込んできた。
その姿を見て眉を顰める。
「ん?なにがおかしいんだ?めちゃくちゃ強そうじゃないか」
すると、
「ちがうよー。デザインの話じゃなくて性能の話だよー」
サツキがヘルメットを装着している頭の回りで手をヒラヒラとさせながら言った。
「このヘルメット着けたら、視野角が360°になったんだけど! やばくない? 牛より広いよ? ウナギより広いよ? それに――」
言葉を区切り、くるりとこちらに背を向ける。
「ブレードが6本もあるけど! しかも、全部全然タイプ違うし! こんな使い分けする人いなくない? てか、できなくない???」
早口で捲し立てる妹の背中には確かに3種のブレードが対になるように装着されていた。
その羽のように美しい外観を見て、首を振る。
「いいか、サツキ。お前の身体能力的に間違いなくその形が一番強くなる。俺を信じろ。それに――」
「それに?」
首を傾げる妹の前ではっきり言い切った。
「バトルスーツはロマンだよ、サツキくん」
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