第43話 私の長所

「私の長所……私の長所……」

 翌朝、自室のベッドに横たわったサツキはぼんやりと天井を眺めていた。


 ここは看守寮二階の宿泊フロアだ。

 コマンダー養成プログラムの参加者達は二人一組の相部屋で来客室に泊まっている。


 参加者のうち女子は二人だけ。

 サツキのルームメイトは必然的にアオイになった。


「ねぇ、西園寺さん。私の長所ってなんだと思う?」

 ゆっくりと上体を起こしたサツキが、近くの化粧台に腰掛けるアオイに尋ねると、


「……さぁ。あなたの場合、全部が長所なんじゃない? そのちゃらんぽらんな性格以外ね」

背中越しに興味なさそうな声が返ってきた。


「むっ、アーちゃん辛辣」

「変な呼び方しないで」


 髪を梳かし終わったアオイが面倒臭そうにこちらを振り向く。


「そんなに自分の長所が知りたかったらヒーロー適正審査の結果を見ればいいでしょ?あれならヒーローに必要な項目が数値化されているし、分かり易い指標だわ。まあ、あなたの場合、ここ一年で爆発的に身体能力が上がってるからあまり参考にならないかもしれないけど……」

 気怠げに放たれたアオイの言葉に感心した。


「確かにヒーロー適正審査なら自分の長所と短所が一目で分かるね。流石アーちゃんだ」

「次その呼び方したら舌引っこ抜くわよ」


 眉を吊り上げるアオイを無視して自らの鞄の中を漁る。すると、奥の方に大切にファイルされたヒーロー適正審査の結果を見つけることができた。


(ええっと、私の長所は……)

 改めて一年前の審査結果に目を通すと、何が突出しているか一目瞭然だ。

 瞬発力、持久力、耐久力と、どれも高い値だが明らかに一項目だけ飛び抜けている。


『集中力』

 その真横に過去最高の文字が踊っていた。


(集中力かぁ。この項目、何の為にあるのかイマイチよく分からないんだよね)


「ねぇ、アーちゃん! ……じゃなくて西園寺さん。集中力の項目ってなんの意味があるか分かる?」

 サツキからの質問に顎に手を当てたアオイがゆっくりと首を横に振る。


「さぁ。考えたこともないわね。まあ、わざわざ書いてあるのだからヒーローにとって重要な要素だとは思うのだけれど……」

 そこまで言ったところでアオイが思いついたように提案した。


「もし、どうしても知りたければ五条看守長に訊いてみるといいわ。彼、ああ見えてヒーロー候補生の教員免許を持っているそうだから」

「え? 五条看守長が?」


「ええ。なんでも昔、教員を目指していたそうよ」

「へー、なんか意外かも」

 常時しかめっ面の五条看守長を思い出してフフと笑う。


「そういうことなら、さっそく五条看守長に訊いて来ようかなー」

「今の時間ならまだ看守長室にいる筈よ。訓練が始まる前に行ってきなさい」


「はーい」

 元気に返事をしたサツキは、飛ぶようにして部屋を後にした。

 そのまま、三階隅にある看守長室のドアをノックする。


 すると、

「……入れ」

扉の向こうからテンション低めの声が聞こえてきた。


「失礼しまーす」

 ドアの隙間からそろりそろりと部屋に踏み込む。

すると、中は厳格な雰囲気の書斎になっていた。


 サツキの入室に合わせて、最奥のデスクに腰掛けた看守長が顔を上げる。


「三枝か。私に何の用だ?」

「その、一つ質問がありまして。今お時間大丈夫ですか?」

 サツキの言葉を聞き、看守長が不機嫌そうに目を細めた。


「構わんが、下らない質問はするなよ? 貴様のようは女はいつも無駄話で俺の貴重な時間を浪費するからな。ほんとにどいつもこいつも……」

 ダラダラと悪態をつき続ける看守長を見て顔を引き攣らせる。


(貴様のような女って……これは過去に女性関係で何かあったな?)

 若干気圧さつつも、後ろ手にヒーロー適正審査の結果用紙を取り出した。


「この『集中』って項目に何の意味があるのか教えて欲しいのですが……分かりますか?」

 その質問に看守長が一瞬難しい顔をした。

 そして、言葉を選ぶようにして口を開く。


「三枝はヒーロータイムを知っているか?」

「ヒーロータイムですか???」


「ああ。極度の集中状態に陥った際、人は脳のリミッターの一部が解除されて普段の数倍の力が出せるという。これはヒューマンでいうゾーン状態と言うやつで、ハイスペックはヒューマンに比べてこの時の跳ね上がり値が比較にならないほど大きいんだ」

「……それがヒーロータイム」


「そうだ。その主な効果としては筋瞬発力の増加や脳の情報処理速度の向上などが挙げられ、強いヒーロー達は皆揃って『極限状態に陥った時、敵の動きがスローモーションに見えたことがある』と口にする」

「つまり?」


「集中力の項目値が高いほどヒーロータイムに入った際のスペック跳ね上がり値が大きいのだ」

「へぇー」

 看守長の言葉に感嘆の声を上げた。


「それで、どうすればそのヒーロータイムに入れるんですか?」

 満面の笑みで尋ねるサツキを見て、


「なるほど、そういうことか……」

看守長が納得したように頷いた。


「ヒーロータイムに入る方法は人それぞれだ。意図的に集中状態に入るのは非常に難しく、一朝一夕で出来るものではない。ましてや一週間では到底不可能だ。もし、それであの怪人達を倒そうと思っているならやめておけ」


(……ダメじゃん)

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