第42話 C級怪人

「サツキちゃん。もうすぐ順番だよ。準備して」


 コマンダー養成プログラム二日目。

 前日に組手を行った看守寮の地下室でサツキが筋トレをしていると、引率の雨木先生に呼び出された。


 時計を見ると時刻は既に昼過ぎ。 


(もう私の番? 急がなきゃ!)

 慌てて汗を拭ったサツキがバトルスーツに着替えて上の階へ向かうと、


「三枝さん。こちらへ」

四階の入口で執事服姿のコメットが出迎えてくれた。


 看守寮の四階は研究区画だ。

 真っ白な廊下を白衣姿の男女が早足で行き来している。


 その最奥にある一面ガラス張りの部屋で、仏頂面の看守長が待っていた。


「三枝サツキ、五分の遅刻だ」

 サツキが部屋に足を踏み入れると同時に声をかけてくる。


「すみませーん」

 ヘコヘコと頭を下げたサツキが顔を上げると、室内に見たことのない男が二人立っていた。


 どちらも人の良さそうなオジサンだ。


(誰だろう?)

 そちらが気になりつつも、看守長に視線を戻すと、


「貴様には今から一週間以内に二人の怪人を倒してもらう」

腕組みをした五条看守長が力強く言い切った。

 そして、背後に控える二人を指差す。


「こいつらがこれから一週間、貴様の模擬戦相手を務める怪人だ」


(怪人? この人達が!?)

 看守長の言葉を受け、改めて二人を見るが、どっからどう見ても普通の人間にしか見えない。


 驚くサツキを前に二人の怪人が自己紹介を始めた。


「私は怪人ネーム“プラナリア”。その名の通り、微生物のプラナリアをベースとした怪人で危険度はC-級です」

 そう言ったのは看守長の左後ろに立っていた初老のオジサン。


 それに続いて、

「俺は怪人ネーム“ウパルパ”! ウーパールーパーをベースとした怪人で危険度はプラナリアのオッサンと同じくC-級だっ!」

看守長の右後ろに立っていたガテン系の男が喧しく挨拶する。


(ほへー、二人とも凄く良い人っぽい)

 サツキがイメージする怪人と言えば、虫ベースのグロテスク怪人“クマムート”だ。

 目の前の二人とは似ても似つかない。


(クマムートも変身前はこんな感じだったのかなー)

 二人の怪人を交互に眺めたサツキが、そんなどうでもいい事を考えていると、


「C-級と言っても怖がる必要はありませんよ。彼らは品行方正な模範囚で、模擬戦の相手にも慣れていますから」

その様子を緊張していると思ったのか、真横からコメットが鼓舞するように声をかけてくれた。


 怪人の危険度ランクはE−級からS級まであり、C−級はそれなり強い部類に位置する。

 具体的に言うと、現役のヒーローでも一対一で倒すのは少しキツいかなくらいだ。


「準備できました。よろしくお願いします」

 軽いストレッチを終えたサツキが首元のスイッチを押すと、頭の周りに折り畳み式のヘルメットが展開された。


 それを見て、ガテン系の怪人、ウパルパが前に歩み出る。


「それじゃあ、俺が練習相手を務めるぜ」

身長180超の大男。

 その全身から真っ白な蒸気が上がり始めた。


 見る見るうちに大きく膨らむシルエット。

 気付くと、目の前に薄赤色の肌をしたユーモラスな怪人が立っている。


 左右のフサフサとしたエラが特徴的な半魚人。


「よーし、俺の方も準備ができたぞ! どっからでもかかって来いお嬢ちゃん」

 そう言うと、ゴキリゴキリと首を鳴らした。


(うわっ、めちゃくちゃ強そう……)

 そのど迫力の容姿に若干気圧されつつも、そろりそろりと歩みを進める。

 そのまま、静かに距離を詰めると、覚悟を決めて一気に懐に飛び込んだ。


「はぁ!」

 裂帛の気合いと共に鋭く右の拳を繰り出す。

 しかし、その動きを瞬時に見切ったウパルパが左の掌で上からはたき落とした。


 続けて、右の回し蹴りを放つが、これもあっさり躱される。

 その後もキックとパンチを交互に繰り出すが、全て簡単にいなされた。


(ダメだ……全然当たらない……)

 ゼェゼェと肩で息をしたサツキが、両膝に手をついていると、


「どうした嬢ちゃん? もう体力切れか? ……だったらこっちから行くぜ!」

ニヤリと口元に獰猛な笑みを浮かべたウパルパが、一気に攻勢に転じる。

 地響きが起きそうな大股の一歩と共に、一気に距離を詰めてきた。


「しまっ……!?」

 完全に油断していたサツキが慌てて胸の前で両腕をクロスした直後、その真上から恐ろしい衝撃がくる。


 ズドンッ!

 ウパルパの放った渾身の右ストレートがサツキのガードを上から吹っ飛ばした。


「うっ!?」

 仰反る上半身を何とか戻そうとするが、なかなか上手くいかない。

 両膝に力を入れたサツキがやっとの思いで体勢を立て直した時には、既に右腕を大きく振りかぶったウパルパが目の前に立っている。


 そのまま、覆い被さるような姿勢で怒涛のラッシュを仕掛けてきた。

 全体重を載せた両の拳が連続で叩きつけられる。


 その一発一発を左右の手で防ごうとするが、早過ぎて目で追いきれない。


(このままじゃマズい……!?)

 そう思ったサツキが一か八か無理やりな体勢からカウンターの蹴りを放つと、


「む!?」

予想外の反撃にウパルパが一瞬驚いたような顔をした。

 しかし、すんでのところで躱し、サツキのガラ空きの胴に力任せの喧嘩キックを叩き込む。


「ゴハッ」

 鳩尾にモロに爪先を入れられたサツキが苦しげに地面に倒れ込むと、


「そこまでだ」

五条看守長が素早く二人の間に割って入った。

 そこで模擬戦は終了となる。


(全然歯が立たないや……)

 ゆっくり立ち上がったサツキが腹部をさすってみるが、骨が折れている様子はない。

 どうやらプラズマフィールドが身を守ってくれたようだ。


 大事に至らず一安心するサツキの前で五条看守長が尋ねる。


「それで? 実際に戦ってみて三枝の動きはどうだった? 思ったことを率直に述べてみろ」

「うーん、そうですねぇ……」


 その質問に人の姿に戻ったウパルパが難しい顔をして答える。


「なんというか、怖くなかったですね。身体能力に頼り切ったゴリ押しの戦闘スタイルで、まるで怪人と戦っているみたいでした」


「怪人と戦っているみたい?」

 キョトンとした顔で首を傾げるサツキを見て、プラナリアの怪人が補足した。


「ハイスペックは身体能力に優れていますが、総合力では到底怪人に及びません。我々怪人が真に恐れるヒーローとは、どこか一点が突出している者なのです」


「どこか一点が突出しているもの……」

 その言葉を聞き、ふと思う。


(私の長所ってなんだろう?)

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