第44話 忘れ物

「行け、金ピカ。やっちまえ」  

 とある日の昼下がり。

 すっかり仕事に飽きた俺は、オフィスの真ん中で堂々とスマホゲームに興じていた。


 手の中の液晶を親指で連続タップする。

 それに合わせて画面内のクラウンがブレードを振るった。


 ズシャ。バシュッ。ジャキッ。

 安い効果音と共にバッサバッサと敵を切り倒して行く。


(よーし、いいぞ〜)

 順調な滑り出しにご機嫌の俺だったが、


パピュン。

不意に何処からか飛んできたエネルギー弾で、画面内のクラウンがあっさり倒れた。


ー GAME OVER ー


『あなたは怪人“デンキウナギン”(C+級)に倒されました。次回はもっと頑張りましょう』


「ムキャァァァー! せっかくレベルカンストさせてやったのに、C級怪人なんかに負けやがってー!!!」

 ブラックアウトした液晶画面を見て、ゲシゲシと机の脚を蹴る。


「ダマーラさん、遊んでないで仕事終わらせて下さい」

「へい」

 正面の禿鷲に注意され、仕方なくデスクに向き直った。

 そのまま、しばらくパソコンのキーボードを叩いていると、


「そういえば、ダマーラの旦那の怪人危険度ってなんなんですか?」

不意に向かいのデスクに腰掛けたタイガーが興味深げに尋ねてきた。


「ん? そりゃあ、Sに決まってるだろ」

 質問の意図が分からず、眉を上げる。


「わざわざ言わすなよなぁ〜。自慢してるみたいになるだろー?」

「いや、反英雄アンチヒーローとしてではなく怪人“ダマーラ”としての強さですよっ! バトルスーツを着用せずに、生身で戦った場合の!」


「ふむ、そんなこと考えたこともなかったな。そもそも、怪人“ダマーラ”として世間に認知されたことないし……」

 うーむと頭を悩ませる俺の横で、


「いや、考えるまでもないでしょ」

大欠伸をしたハイエナが小馬鹿にするように答えた。


「E-ですよ。E-。エクストラ雑魚怪人のE-。クハハ」

「コラァァァァ! 上司を馬鹿にするんじゃねぇー!」

憤慨して席を立つ俺の正面で禿鷲が冷静に訂正する。


「ハイエナ。ダマーラさんはE-の枠には収まりませんよ」

(そうだそうだ! 言ったれ言ったれ!)


「彼は言うなればF級怪人です。規格外の弱さなので」

「「「ワハハハッ!!!」」」

その言葉に部下達が爆笑した。


(こいつら、いつか殺す……)



☆☆☆☆☆



 訓練室の隣にあるシャワー室で汗を流す。

 髪を梳かしながら機嫌よく鼻歌を歌っていたサツキは、


「いった……」

不意に脇腹に走った鈍痛に顔をしかめた。

 片手で鏡の曇りを拭うと、青痣だらけの自らの肢体が目に飛び込んでくる。


 コマンダー養成プログラムは既に四日目。

 連日行われるウパルパとの模擬戦でサツキの体はもうボロボロだ。


 プラズマフィールドの上からでこのダメージ。

 もし一発でも貫通していたらと思うとゾッとする。


(誰? 彼らは模擬戦に慣れてるから大丈夫って言った人? 全然、手加減知らないじゃん)

 更衣室で髪を拭きながら鼻を鳴らす。


 今日も数分前までウパルパにコテンパンにされていた。

 サツキの攻撃は当たらず、ウパルパの攻撃は当り放題。

 一方的に殴られるサンドバッグ状態だった。


(うーん、どうすれば一矢報いれるんだろう?全然思いつかない……)

 首を傾げながら衣服を身につける。

 肩にカバンを掛けたサツキが、頭にバスタオルを載せて更衣室を後にしようとすると、


「あれ!? スマホがない?」

出口のところで忘れ物をした事に気づいた。


(もしかして、訓練室に忘れたかな?今から戻るのめんどくさいなぁ〜)

 ぶつぶつと文句を言うが、流石にスマホを置いたままにもできない。

 仕方なく訓練室横のロッカールームに戻った。


 ロッカー内をゴソゴソと漁り、スマホを発見する。


(これでやっと帰れるよ。さっさと寮に戻って休もうっと)

 その場で踵を返したサツキが来た道を引き返そうとしたその時、隣の訓練室で行われている戦闘の様子が目に飛び込んで来た。 


 どうやら、既に次の生徒が模擬戦を開始しているようだ。


(私の次って確か……王岸くん?)

 ロッカールームと訓練室を隔てるミラーガラスに張り付き、向こう側をじっと眺める。


 すると、白銀のバトルスーツを纏った一人の男が、ウパルパとプラナリアを二人同時に相手取って戦っていた。


 敵の攻撃を避け、自分の攻撃を当てる。

 ただただその繰り返し。ただただその繰り返しだけで怪人二人をボコボコにしていた。

 その圧倒的な強さに思わず息をするのを忘れる。


(なにあれ……凄い……)

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