第36話 ファーストコンタクト

 ドガガガガーッ。

 サツキの渾身の飛び蹴りを喰らった反英雄が、地面を転がりながら後方へ吹っ飛んでいく。


「やば、なんか咄嗟に割り込んじゃった……」

 その光景から目を逸らし、自らの足元を見ると、踏み切りに使った右足がひしゃげ、派手に漏電していた。


 試しに動かそうとしても、うんともすんとも言わない。


(こんなの見せたらオリビア先生に絞め殺されるかも)


「レッドバロンさん、大丈夫ですか?」

 腰をかがめたサツキが、足元のレッドバロンを何とか抱き起こそうとしていると、


ドシャガシャン。

背後で何かがぶつかり合うような嫌な音が聞こえた。

 慌ててそちらを振り返ると、いつの間にか無傷の反英雄が立ち上がっている。


(嘘? あれでノーダメージなの……?)

 驚いたサツキが戦闘態勢を取る間もなく、


『ぐがぁぁぁ!!!』

恐ろしい奇声を発した反英雄が真っ直ぐ突っ込んできた。


「ユナ! レッドバロンさんをお願い!」

 遅れて駆けつけたユナにレッドバロンの体を押し付け、振り返り際にブレードを抜き放つ。

 そのまま、逆手に持ち替えると、顔の前で相手のブレードを受け止めた。


 ビシィッ!

 交差した二本の刃が激しく火花を散らす。

フェイガード越しでも反英雄の殺気の籠った視線を感じた。

 次の刹那、身を翻した反英雄が逆の手で神速の袈裟斬りを放ってくる。


 ガラ空きの胴部を狙った霞むような一線。

 美しい剣筋がサツキの目にゆっくりと映る。


(このまま直撃したらマズい……)

 一切の抵抗なく空を切り裂いた剣先が今まさにプラズマフィールドに触れようかというその時、


「う、ご、けぇぇぇ!!!」

離れた位置にあった左手を無理やり胴部へ持っていった。

 目にも止まらぬ速さで動いたサツキの左手が、真横から反英雄の刃をはたき落す。


 バキィン。

 甲高い音と共に強烈な平手打ちを喰らった反英雄のブレードが根本から折れた。

 それと同時にサツキの左腕も大破する。


『!?』

 一瞬、驚いたように動きを止めた反英雄。

 しかし、すぐ我に帰ると、逆の手で素早い回転斬りを放ってきた。


 動かない左腕側を狙った巧妙な一撃。

 その鋭い太刀筋に危うく釣られそうになるが、


(違う。これはフェイントだ……!)

すんでのところで思い留まった。

 明らかに体重移動が甘い。

 直後に、一転、身を翻した反英雄が、顎狙いの蹴りを放ってくる。


 間一髪。

 予め敵の動きを読んでいたサツキは、上体を反らす事でその一撃を回避した。

 そのまま、片手バク転の要領で後方へ大きく飛ぶ。


(あっぶない。お兄ちゃんとの早朝スパーしてなかったら引っかかってたかも)

 互いに距離を取ったサツキと反英雄が静かに睨み合っていると、


ブーン。ブーン。

不意に遠くからサイレンの音が聞こえてきた。

 ヒーロー軍がすぐそこまで来ているという合図だ。


 サイレンの音を聞いた瞬間、反英雄が明らかに苛立ったような態度を見せる。

 それまで手にしていたブレードを乱暴に腰の鞘に収めると、何処からともなく細長いワイヤーケーブルを取り出した。


 その数、全部で8本。

 それらを器用に両手の指で挟むと、鞭のようにブンブンと振り回し出す。

 その一挙手一投足から濃密な殺意が滲み出ていた。


(明らかに勝負を決めにきてる……)

 ヒーロー軍の到着まであと僅か。


(全力で凌ぎ切る!!!)

 覚悟を決めたサツキがブレードを胸の前で構えた瞬間、ふわりとワイヤーの動きが止まった。

 その直後、


 ズパンッ!

 恐ろしい速度でサツキに向けて射出される。

 ワイヤーの先端に取り付けられた鋭い杭が、獰猛な獣の群れのように牙を剥いた。


 頭、右肩、左肩、右腿、左腿、右脛、左脛、胴。

 それぞれ八箇所へ綺麗に別れて飛んでくる。

 タイミングもほぼ同時だ。


(うっ、これは避けられない……)

 瞬時にそう判断したサツキは、直撃を避ける為に出来る限り身を小さくした。

 それと同時に胴部へ向かってきたワイヤーをブレードで斬り落とす。


 刹那、他の7本が体の至る所を切り裂いた。

 プラズマフィールドの上からとは言え、並々ならぬダメージを負う。


「くっ」

 中にはかなり深く肉を抉って行ったものもあった。

 しかし、それでも直撃はしていない。


(満身創痍だけど、何とか耐え抜けたかな)

 そう思ったサツキが安堵のため息を吐き出しかけたその時、


ドスッ。

不意に背後から思い衝撃があった。


「え?」

 それに合わせてゴポリと吐血する。

 唇を震わせたサツキが静かに背後を振り返ると、自らの背中に先程やり過ごした筈の7本のワイヤーが突き刺さっているのが見えた。


(嘘? なんで?)

 疑問の答えが出る前に立っていられなくなり、膝をつく。

 そんなサツキの元に腰のブレードを抜剣した反英雄が悠々と近づいてきた。


 ヒーロー軍到着のサイレンはもうすぐそこだというのに、確実にこの場で息の根を止めに来ている。


(やばい、体が動かない……)

 息絶え絶えのサツキがなんとか右腕でブレードを構えるが、鬱陶しげに振るわれた反英雄の右足によって呆気なく吹っ飛ばされた。


 カランコロン。

 握力のない手から転げ落ちたブレードが乾いた音を立てる。

 肩越しに背後を振り返ると、ユナが怪我人たちを遠くへ避難させているのが見えた。


 あの距離からの助けは見込めない。


「そもそも、ヒーロー軍学校の生徒が勝手に戦うのって軍規違反だよね」

 自嘲気味に笑ったサツキが正面を見据えると同時に、反英雄が大きくブレードを振り被る。


 直後に、首元に向けて一直線で振り下ろしてきた。

 覚悟を決め、ギュッと目を瞑るサツキ。


 しかし、いつまで経っても覚悟した筈の衝撃が身に降りかかる事はなかった。


 ジャキン。

 代わりに鈍い金属音が耳に飛び込んでくる。


(……ど、どうなったの?)

 状況を飲み込めないサツキが、恐る恐る目を開けると、視界に金色のバトルスーツを纏った男の背中が飛び込んできた。


 いつの間にか一人のヒーローがサツキの目の前に割り込み、反英雄とバチバチの鍔迫り合いを繰り広げている。

 次の瞬間、鋭く睨み合った両者が、至近距離で斬り結んだ。


 一合、二合、三合。

 その度に辺りが揺れるかのような錯覚に陥いる。

 それ程までに高次元の斬り合いだ。

 互いのブレードが残像で何本もあるように見えた。


(わぁ、こんな強い人初めて見たかも……)

 場違いの感動を覚えるサツキの眼前で、両者が一旦距離を取る。


 そして、次の瞬間、突如反英雄が身を翻した。


「え?」

 そのまま、一目散に出口へ向かって走り出す。

 それと同時にショッピングモールの各所から様々な武器を手にしたヒーロー達が突入して来た。


 そこで初めてヒーロー軍のサイレンが聞こえなくなっていることに気づく。


(あっ、もう到着してたんだ……)

 そう思った瞬間、ぐらりと視界が揺れた。

 緊張の糸が切れたからか、不意に全身から力が抜けていく。


「あ、あれ?」

 うまく体勢を維持できず、背中から倒れそうになるサツキの体を、


トン。

誰かが後ろから優しく受け止めてくれた。

 肩越しに背後を振り返り、その見知った顔に思わず安堵の息を漏らす。


「あれ? お兄ちゃん。何でここにいるの?」

 意識を失う直前、片眉を上げた兄が真剣な表情で答えた。


「強大な敵と戦う妹を助けに来たのさ。兄妹きょうだいだけにね」


(うわ、殴りたい……)

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