第37話 強さへ

「危険ですので、関係者以外は後ろへ下がってくださーい」

 現場到着してからのヒーロー軍の動きはとにかく早かった。

 実働隊が逃走した反英雄アンチヒーローを追い始めると同時に、後続のサポート部隊がフロア内に規制線を張り出す。


 あっという間に壁際へ追いやられた俺は、意識を失ったサツキが担架で運ばれるのを遠目から眺めていた。


(サツキの奴、案外平気そうだったな)

 先程の会話を思い出し、フッと笑う。

 幸いにも妹の怪我は命に関わるものでは無さそうだ。

 ハイスペックの回復力を考慮して、全治二週間と言ったところか。

 それでもしばらくは、病院のベッドから離れられそうもないが。


 ショッピングモールの外には既に多くのマスコミが駆け付けている。

 現場はマズルフラッシュの嵐だ。


「これ以上この場に留まるのは危険か……」

 上半身に纏ったパーカーのチャックを今一度上げ直した俺は、静かにその場で踵を返した。

 万が一にでも下に着込んだ漆黒のバトルスーツが写真に収められたら面倒だ。


 眩いフラッシュを背負い、ショッピングをモール後にする。

 出口を潜る最中。

 チラリと背後を振り返ると、規制線の中に転がった金属性のワイヤーケーブルが目に入った。

 その珍しい武器選びに自然と口角が上がる。


(ドバック社が開発した戦闘用ケーブル01か。良いセンスだ)


☆☆☆☆☆


 ぱく。もぐ。もぐ。

 口いっぱいに新鮮な林檎を頬張る。


「なにこれ甘っ!」

 簡素な病院のベッドの上で上体を起こしたサツキは、その余りの美味しさに思わず感嘆の声を漏らした。


 ここは国家ヒーロー軍が運営する都内病院。

『ヒーローコーポレーション』。


 ヒーロー軍関係者のみが利用できる専用施設で、高度な医療設備が整っている。

 スタッフの接し方もかなり丁寧で、まるでVIPになったような気分だ。


 問題があるとすれば、驚くほど暇であることくらい。


「誰かお見舞いに来てくれないかな〜」

 ベッド上の机に突っ伏したサツキが、なんとはなしに個室のテレビをつけると、ちょうどショッピングモール襲撃事件に関するニュースがやっていた。


 テレビ局のスタジオで女子アナと金ピカのヒーローが軽快に言葉を交わしている。


『今回、実際に反英雄アンチヒーローと戦ってみてどうでしたか?』

『うーむ。奴と戦うのは二度目だったが、とにかくオーラが凄かったな。向かい合った瞬間、心臓を鷲掴みにされるような感覚に陥ったぜ』


『オーラですか?』

『ああ。強者特有の圧ってやつよ。危険度の高い怪人は皆一様に持っている』


『でも、クラウンさん……全然負けてなかったですよ?』

『そうか? まっ、俺様も紛れもなく強者だからなぁ。ガハハハハッ!!!』


(うわ、めちゃくちゃ調子乗ってるよ……)

 豪快に笑うクラウンの横で、


『そ、それでは、監視カメラに収められた戦闘映像をご覧下さい』

若干、引き気味のアナウンサーがV振りをした。

 それに合わせて、画面が切り替わる。


 続いて映し出されたのは、画質の粗い戦闘映像。

 ショッピングモール中央で反英雄アンチヒーローとレッドバロンが死闘を繰り広げていた。


「げっ。あの戦闘、カメラに映ってたの?」

 思わず身を乗り出すサツキの目の前で、レッドバロンが見る見る間に追い詰められて行く。

 終いには両手の大楯を吹き飛ばされてしまった。


 正に絶対絶命のピンチ。

 そこに純白のバトルスーツを纏った女性が飛びこんで来る。


 映像はヒューマンでも観やすいようにスロー再生されているが、それでも上手く実体が見えない。


 フレームレートの低い監視カメラでは、その動きを捉え切れないのか、時節、手足の先が白い線を引いて見えた。


(うわ、自分の戦う姿見るの初めてかも……)

 息を呑むサツキの前で、過去の自分が苛烈な激闘を演じる。

 相対する反英雄アンチヒーローのスピードが先程よりも明らかに上がった。


 まるで、画面の中心で白と黒の光が踊っているようだ。


 やがて、後方へ距離を取った反英雄が先端の尖った八本のワイヤーを射出する。

 サツキを地面に沈めるに至った必殺の一撃。

 当時は何が起こったか全く理解できなかったが、真上からの映像で初めてその異様な動きを目撃することになった。


「なにこれ……」

 信じられない映像に思わず声を漏らす。

 なんと、恐ろしい速度で白スーツの女性に迫っていたワイヤーが、その真横を通り過ぎた瞬間、弧を描いて曲がったのだ。

 さながら意思を持つ生き物のように。


 空中で綺麗にUターンすると、死角からガラ空きの背中に突き刺さる。

 正に初見殺し。


 プラズマフィールドでケーブルの勢いが減衰されていなければ完全に串刺しにされていただろう。


「西園寺さんなら初見でも対処できたかな」

 首を捻るサツキの眼前で、金色の尾を引いたクラウンが戦闘に割り込んできた。

 そのまま、反英雄アンチヒーローと正面から斬り結ぶ。


 常に光の尾を引きながら戦う二人を見て静かに目を細めた。


(大切なのはこのスピードだ。スピードさえ維持できれば、私も高い次元で戦える)


 その為に必要なのは、バトルスーツを壊さない事。


 自身の課題が明確になり、決意を新たにするサツキの耳に再びスタジオの二人の会話が聞こえてくる。


『しっかし、凄い戦いでしたね! 流石クラウンさんです!』

『あったりまえよ!』

『ズバリ! 今回の自身の活躍に点数をつけるとしたら何点でしょう?』

『ん〜〜〜、2億点!!!』

『ヨイショー!出た!2億点!!!』



(うわ、くだらな。チャンネル変えよ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る