第32話 ヒーローイベント

 期末テスト明けの翌土曜日。

 兄の車に乗ったサツキは、友人のユナと共に都内近郊のショッピングモールを訪れていた。


「お兄ちゃん、送ってくれてありがとう」

「帰りはバスで帰ってこいよ」

「はーい」

 兄にお礼を言い、車を降りる。


「ユナ、行こ」

「うん。お兄さん、ありがとうございます」

「いいってことよ」

 バチっとウィンクを決める兄を横目に、ショッピングモールへと足を踏み入れた。


 ここはヒューズショッピングモール。

 今、都内の若者に大人気の巨大商業施設だ。


 本日一時からヒーロー活動者向けに、『バトルスーツ博覧会』なるイベントが開催されると聞き、参加することにした。


 なんでも、イベント主催者である民間ヒーロー企業が用意したブレードやプラズマガンを自由に使っていいとか。

 参加条件はヒーロー資格を持っている事と、バトルスーツを持参すること。


 因みに今、サツキとユナは地味なジャージ姿だが、中に持参したバトルスーツを着込んでいる。

 言わば、小学生が朝から水着を着ている状態だ。


 民間の組織が開催する即席イベント。

 満足な更衣スペースが用意されているか分からない為、仕方がない。


(あっつい……)

 季節は晩冬。ショッピングモール内は過剰に暖房が効いており、バトルスーツの中はかなり蒸れる。


 襟元を摘んだサツキが、パタパタと扇いで風を通していると、


「ちょっと、サツキ。はしたないよ」

真横を歩くユナが慌てて注意してくる。


「いいじゃん別に。これくらい」

「よくないー」

「いいんですー」

「ダメですー」

 ワチャワチャと下らない言い合いをしながらサツキとユナが歩みを進めていくと、


「君たち。もしかして、イベントの参加者?」

いつの間にか一階片隅のイベントスペースに辿り着いていた。


「はい、ヒーロー軍学校の生徒です」

 話しかけてきたのはイベントの運営スタッフである民間ヒーローの男性。

 真っ青なバトルスーツを纏い、人の良さそうな笑みを浮かべている。


(民間ヒーローの人かぁ。直に話すのって実は初めてかも……)


「そうなんだ。それじゃあ、僕がフロアを案内するよ。武器の試用にはスタッフの同行が必要だからね」

「「よろしくお願いします!」」

 笑顔の男性にヒーロー資格代わりの学生証を提示して、イベントスペースに足を踏み入れた。

 すると、バトルスーツを着た多くの男女の姿が目に飛び込んできた。


 所狭しと並べられた武器! 武器! 武器!


 イベント参加者達がブレードやプラズマガンを手に取り、隅の試用スペースで試し斬りor試し撃ちを繰り返している。

 その数、およそ50人以上。


(この人たち全員ヒーローなんだ。なんか凄いかも……)

 思わず圧倒されるサツキの手を取り、ユナが笑顔で言った。


「ほら、サツキ。私たちも早く行こ!」


☆☆☆☆☆


(これが旧式のカタパルトブレードMIIか。悪くないな)

 目の前の壁に飾られたブレードを手に取り、じっくりと眺める。

 ここは『ヒーロー雑貨屋』という知る人ぞ知るバトルスーツ備品店。

 街の片隅にひっそりと店を構えており、その外観はさながら寂れた電気店だ。


「ふーん。これも悪くないなぁ」

 ブツブツと独り言を言いながら狭い店内を物色する。

 今はサツキ達をショッピングモールに送った帰りだ。


 目についた小物を手に取る。

 バトルスーツのグローブに装着できるというグリップ。

 ひっくり返して裏面を見ると、目が飛び出るような値段が書かれている。


 一指、3万円。片手で15万円。


(両手で30万かよ。たっか……)

 基本的にバトルスーツ関係の備品はアホほど高い。庶民がおいそれと手を出せる代物ではないのだ。


 故に俺の目的は商品の購入ではなく、あくまで物色。


「ぐへへ、次は何を奪ってやろうかなぁ」

 悪い笑みを浮かべた俺が、並べられた製品を順番に眺めていると、不意にカウンターの方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「何をグズグズしてるんだ! ケーブルだよ! ケーブル! 予約してただろ! 早くしろ!」

「す、すみません」

 続けて、店主である初老のオジサンの謝る声が聞こえてくる。

 何やら揉め事らしい。


(うわ、昼間から喧嘩だよ。嫌だねぇ……)


 その後も、

「包装なんていらねーよ! 雰囲気で分かるだろ!」

「す、すみません」

口早に店主を罵り続けた男。

 やがて、悪口を言うのにも疲れたのか、ドタドタと店を出て行く。


(おいおい。店主のオッサン、もうすぐ還暦だぞ? もう少し優しくしてやれよ……)

 ゲンナリとした俺が店の入口を見ると、ちょうど肩を怒らせた男性客が車に乗り込むのが見えた。

 チラリと見えたその顔に見覚えがあり、思わず声を出す。


「あれ? ケイソウさん?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る