第31話 ジークリンズⅡ

「ヒーローの使用するブレードには必ずリキャストタイムが存在します。これはバトルスーツシステムに付属するライフバック機能によるエンチャントが原因で――」

 狭い会議室に怪人“ケイソウ”の声が滔々と響く。


 今日でジークリンズとの会議も4回目。

 既に緊張感も何もない。


(眠ぃ……)

 辛うじて意識を保った俺は、眠気覚ましに手元の資料に視線を落とした。


『対ヒーロー用兵器開発案』

 現在、ジークリンズとガーディアンズは協力して対ヒーロー用の殲滅兵器を開発しようと目論んでいる。

 その大まかな方向性を決める為、連日に渡って会議を行なっているが、一向に話が進まない。


 その際たる原因が、


「あのさぁ、ケイソウさん。さっきから何言ってるか全然分かんないんだよね。ガーディアンズの方々も困ってるし、もう少し分かりやすく説明できないかなぁ」

高圧的な物言いで話を遮ったこの男である。


 横一線に前髪を切り揃えたオカッパ頭が特徴的な青年。

 怪人“ファロー”。

 三十歳という若さでジークリンズの幹部まで上り詰めたエリート怪人だ。


「しかし、ファローさん。これ以上分かりやすくは……」

「はい、出た! 得意の言い訳! なに? 僕の理解力がないって言いたいの?」

「いえ、そう言うわけでは……」

「だったらさぁ。最初から分かりやすく説明してくれる? 時間の無駄でしょ?」

「……はい。すみません」


 ファローはその甘いマスクとは裏腹に、棘のあるキツい性格をしている。


「謝る相手は僕じゃなくてガーディアンズの方々でしょ?」

「ダマーラさん、レオンさん、すみません」

「毎度ウチのケイソウが迷惑かけます」


「いえいえ……」

 このやり取りは会議の度に行われており、既に恒例化していた。

 正に地獄の空気である。


「もう少し仲良くできないかにゃ〜」

「黙っとれ」

 茶化す様に小声で呟くレオンくんの頭をパシリと叩く。

 そんな俺たちの前で、


プルプル。

ファローのポケットで携帯電話が音を立てた。

 直後に、

「すみません。少しの間、席を外します」

頭を下げたファローが会議室を出て行く。

 何やら急ぎの用ができたようだ。


(まさか、またどっかの工場がヒーローに襲われでもしたか?)


 ジークリンズは日本各地に多数の兵器工場を持つ巨大組織だ。

 その為、ヒーロー軍からのマークも厳しく、日頃から諍いが絶えない。


「今日も大して話は進まなそうだな……」

 ファローが帰ってくるまで特にする事もない。

 手持ち無沙汰になった俺がレオンくんと適当に会話をしていると、


「先程はうちのファローが煩くしてすみませんでした」

不意に向かいのケイソウが話しかけてきた。


「あの人、感じ悪いでしょう? 実はあの見た目で戦闘特化のバッファロー型怪人なんですよ」

 唐突に振られた話題に、レオンくんと目を合わせる。


(いや、質問答えにくっ! てか、そんな簡単に幹部の情報バラして大丈夫か???)

 怪人組織における『幹部』は纏め役としての側面だけでなく、有事の最高戦力という側面もある。

 言わば、組織の顔役だ。

 それ故に組織間抗争では真っ先に命を狙われる存在。

 そんな幹部の一人であるファローのパーソナル情報を他の組織の人間に伝えるのはかなり危険な行為と言えるだろう。


「ああいう腕っ節が強いだけで頭空っぽの人が上に立つと困るんですよね。バトルスーツの事も全然分かってないし……」

 対ヒーロー用の兵器を作るにはバトルスーツに関する知識が必要不可欠だ。

 しかし、ファローのバトルスーツに対する知識はからっきし。

 ケイソウが文句を言いたくなる気持ちは分からなくもない。

 分からなくもないが――。


(実際、ケイソウさんの説明って分かりにくいんだよな……)

 そもそもの問題としてケイソウの説明が下手ということがある。

 それもそのはず。

 彼はバトルスーツの説明をする際にわざと難しい専門用語を多く使い、回りくどい言い回しをしているのだから。

 レオンくんなんかは完全に置いてけぼりで、説明中ずっとポカンとしている。

 ファローが理解できないのもある意味仕方ないと言えるだろう。


 その為、毎回俺が噛み砕いて説明し直さないとならない。

 その癖ケイソウはファローが席を外す度に、

『ウチのファローがすみません。ほんと頭空っぽで』と、悪びれる事もなく言ってくる。


(このオッサンもオッサンで拗らせ過ぎだろ……)

 ふわりと欠伸をする俺の前で、


「今日こそはファローの奴にガツンと言ってやろうかな」

何やらケイソウがイキリ出す。


「ほんと頼みますよ」

 面倒くさくなった俺が適当に相槌を打っていると、不意にドタドタと廊下を歩く足音が近づいてきた。


 次の瞬間、

「おい、ゴラ! ケイソウ! お前、また発注ミスしただろ!!!」

怒鳴り声と共に鬼の形相を浮かべたファローが会議室に乗り込んでくる。


「ひぃぃぃ!!!」

 その余りの迫力に悲鳴を上げるケイソウ。


「テメェ! 何度同じミスを繰り返したら気が済むんだ!!!」

「すみません! すみません!」

 ど迫力のファローに胸ぐらを掴まれ、平謝りする。


「ガツンと言ってやるとはいったい……」

 遠い目をして呟くレオンくんを横目に、手元のスマホに視線を落とす。


 本日のホットニュース。

『本日未明、港区のPR活動に参加していたヒーロー“テイルズ”が反英雄アンチヒーローの襲撃に遭い、重傷を負った。今週に入って反英雄アンチヒーローによる被害は三件目』


 偽アンチヒーローは一件目の事件以降、一日置きのペースで襲撃を繰り返していた。

 その被害者はヒーローだけに留まらず、政治家や富豪、怪人までもが襲われている。


(偽アンチヒーローよ。どうせ殺すならこの二人のどちらかを黙らせてくれ……)

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