第26話 強者の影II

「痛ぇ。頭が割れそうだ」

 酷い頭痛を覚えたライカンが顔を上げると、そこは地下の応接間だった。

 どれだけの間意識を失っていたのか皆目検討もつかない。


 戦闘で負った傷の痛みで全身が燃えるようだ。


(ちくしょう。あんな一方的にボコられたのは20年前にワルフと喧嘩した時以来だぜ……)

 大きく鼻を鳴らし、ゆっくり立ち上がる。

 時計を見ると、時刻は夜の9時だ。


「既にダイアを奪われてから5時間経過か。早急に取り返す方法を考えなければ」

 部屋の中を見回すと、十人以上の部下達が意識を失ったまま山積みにされていた。

 息子のヘンリーや娘のアンリーの姿はない。


(まさか、あいつらもやられたのか? 信じられん……二人とも上位のA級怪人だぞ?)

 鋭く目を細めたライカンが、状況の把握に努めていると、不意に外が騒がしくなった。

 遠くでサイレンの音が鳴っている。


「おい、お前ら起きろ! 敵襲だ!」

 焦ったライカンが大声で叫ぶと、周囲の仲間達が一斉に目を覚ました。


「なんだこの音は?」

「非常事態サイレン?」

「まさか……ヒーロー軍か!?」

 部下のうちの一人がそう呟いた直後、


バンッ。バンッ。バンッ。

不意に何かが爆ぜるような音が連続で聞こえてくる。

 遠くからだんだん近くへ。

 移動する発信源が隣の部屋に到達したと思った次の瞬間、


ズババババンッ。

手前の壁が向こう側から突き破られた。

 厚さ三十センチの鉄板が木端微塵となり、多くの鉄片が辺りに飛び散る。

 煽りを受けて巻き上げられた砂煙が収まった時、そこには巨大な大穴が口を開けていた。


 その奥で片足を高く振り上げた姿勢で一人の女性が固まっている。

 白髪白眼のチャラついた雰囲気の娘。


「やっと見つけたわ。暴君ライカン。私の楽しい遊び相手♪」

 そう言うと、頬が裂けそうなほど不気味な笑みを口元に浮かべた。

 その後ろで五十人近い大勢のヒーロー達が強張った表情をしている。


(まさかこいつ、全ての壁を蹴破ってきたのか?核シェルター並みの強度を誇る厚い鉄壁を?)

 信じられないという表情を浮かべたライカンだったが、次の瞬間、更なる事実に気づき、戰慄を覚えた。


 黒のショートパンツにダメージ入りの白Tシャツ。


(こ、こいつ……バトルスーツを着てやがらねぇ!?)


「テメェ! 何者だ!?」

 冷や汗を垂らしたライカンが叫ぶと同時に白髪女がニヤリと笑った。


「さあ、殺戮の時間よ。突入しなさい」


☆☆☆☆☆


 カーカーと頭上でカラスが鳴く。

 田畑が延々と続く長閑な田舎道。

 キッチリとスーツを着込んだティガーは、高級外車の後部座席にゆったりと腰掛けていた。


 その前後には同じような黒塗り車両の列が続いている。


 既にライカンとダマーラの戦いから三日。


『ウルフ族との戦争でヒーロー軍大勝利』

 世間は今、その吉報で持ちきりだ。

 ロイヤルスロープの最大戦力であるライカン一派は七剣神王の一人“ディパーチャー”の突入で壊滅している。

 なんでも、リーダーのライカンは初めから満身創痍で立つのもやっとだったとか。


 その状態で三十人近いヒーローを葬り去ったのだからS級の名は伊達ではないだろう。

 今現在は厳重に拘束され、『怪人監獄』に幽閉されている。


 これを機にヒーロー軍上層部は勝利声明を発表し、ロイヤルスロープの特定害悪組織認定を解除していた。

 表向きの理由は今回の作戦で大打撃を与え、目先の脅威では無くなった為。

 本当の理由はこれ以上の戦闘続行はヒーロー軍側としても厳しいと言ったところだろう。


「今回の戦争でヒーロー軍側も100人以上の死者を出しているからね。撤退の口実を与えてやればこんなものさ」


「流石ですティガー様。目の上のタンコブであったライカン派とヒーロー軍を戦わせ、最小限の被害で特定害悪組織認定を解除させるとは」

 頭の後ろで手を組んだティガーが薄い笑みを浮かべて呟くと、運転手を務める若い狼族の男が興奮げに叫んだ。


「しかし、どうすればああも思うがままに敵を操れるのですか?」

 若い運転手からの質問に得意顔で答える。


「重要なのは敵を窮地に追い込む事。そして、一筋の光明を差してやる事。人間、追い込まれると猫の手にも縋りたくなるものさ」


 今回の作戦で重要だった事は二つ。

 一つはヒーロー軍を窮地に追い込むこと。


 これはターゲットであるワルフ本人を囮にしたガーディアンズの奇襲作戦で成功した。

 看板ヒーローである“ミーティア”の失態でヒーロー軍の面目は丸潰れだ。


 そして、もう一つはライカン一派を弱らせておくこと。

 ライカン一派の居場所をヒーロー軍に教えて突入させたとしても、返り討ちにあったのでは仕方がない。


 そこで、少し考えたティガーはガーディアンズの非戦闘員部隊をライカン派とぶつける事にした。


 非戦闘員部隊にはダマーラを始めとする強力な怪人が多数在籍するが、非戦闘員契約を結んでいる為、戦闘を強制させる事はできない。


 彼らを戦わせる方法はただ一つ。

 これまた窮地に追い込むことだ。


 ライカンにダイア王子の潜伏場所を匿名で流して襲わせた。

 結果、ダマーラが追跡してコテンパンだ。

 あとはヒーロー軍に瀕死のライカン一派を差し出して一件落着。


「なるほど。コントロールしたい相手を窮地に追い込む事が作戦成功の秘訣なのですね?」

「うむ。君、なかなか飲み込みが良いね。見込みがあるよ」


「しかし、ヒーロー軍に直接電話したりして大丈夫なものですかね? 声から正体がバレそうな気もしますが……」

「それは心配には及ばない。僕にはとっておきの変声術があるからね」


「変声術ですか?」

「ああ。ちょうど今から次手玉に取る相手に電話するから聞いておくといいよ」

 ミラー越しにウィンクをしたティガーは、大仰な態度で受話器を耳に当てた。

 そのまま、鼻をつまんで甲高い声で話し出す。


「や゙あ゙諸゙君゙! 僕゙ば裏゙世゙界゙一゙の゙情゙報゙屋゙! 今゙日゙ば耳゙寄゙り゙の゙情゙報゙が゙あ゙る゙よ゙!」

「…………」

 静かに視線を逸らした運転手は、黙って車を走らせた。

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